第2話
昨日の時点でネットニュースになってると伝えたら佐々木は有名人だねと笑った。笑うたびに質量のない脳みそがプルプル揺れた。佐々木がお喋りな方だというのは今日初めて知った。僕がネットニュースをスクロールしているのを覗き込みながらなんだかんだ言っていた。
「鉄骨が落ちたって。名前は出てないけど、多分これが佐々木だろ。ニュースには男子中学生とだけ」
「鉄骨だったんだ。というか俺死んだの昨日なんだな。ごめん、昨日のプリントだった」
タブレット端末を手渡そうとして思い直し、そっとベッドの上に置く。佐々木も普通に受け取ろうとしていたのでお互い様だ。
「プリントはどうでもいいってば。というか、分からないものなんだ」
「一瞬で潰されたんじゃない? 気が付いたらこの状態だったもん。そういえば、ここまで長く話すの初めてじゃん」
「そうだね」
「柴田、普通に喋るんだね」
「あー……その、なんというか、びっくりしてるうちに慣れたというか、あと」
「うん」
「もしこの先学校に行っても、佐々木はいないわけで」
「うん」
「そう思ったら気が楽になった」
「あー、そういうのある。この先関係を作っていかなくていい相手は楽。陰キャの理論」
「そういうこと」
時刻は夜十時。佐々木は明日の朝になったらいなくなってたりするんだろうか、幽霊だし。それとも何か未練があったりするんだろうか。僕は血塗れだけど、どこかあっけらかんとした佐々木の横顔を見ていた。当の佐々木はベッドに置かれたタブレット端末を覗き込んでいる。彼は自分のニュースを三回読み返して、まあいいかと雑誌の上に座り直した。
「未練とかがあるわけじゃないよ、きっと」
佐々木の言葉に、僕は心の中を見透かされた気がしてどきりとした。
「俺はさ、元々二十歳で死ぬ予定を立ててたんだよね」
そうあっさりと言う佐々木の横顔は時が止まったようだった。いや、この表現はこの場合正しい。彼の時間はすでに静止した。
「消化試合って思うような人生しか待ってないのは分かってたから、大学入って半分過ごして幕引きってぐらいが適度に未練のあるいい人生かなと」
「未練がある方がいいんだ?」
「そりゃ、しがみつく価値を見出してる方がいいでしょ。ただ実際死ぬと、ああこんなもんだってなった」
佐々木はそこまで言って一度黙った。こんなものと彼が言う死をまだ僕はよくわかっていない。けれど体験した本人が言うんだ、そんなものなんだろう。
「あれがやりたかったなあとか、どっかに行きたかったなあとか、そういうのが出てこないんだよね。あるもんだと思ってたけど」
「海外とかは? 好きな子と遊びたいとか?」
「いや、別に。俺の人生、おまけに一日貰っても何もしなかったんだろうな」
僕もだろうなと言いかけて、黙る。そんなん見てわかるだろうし、死んだ人に共感を示すってのも嫌がられやしないだろうかと思った。佐々木は多分気にしないんだろうけど。
死んだらはいおしまいって方が楽だし、変に落ち込まなくていいなあと佐々木は笑う。また脳みそが揺れる。それを見ながら、僕もそうはなりたくないなんて失礼なことを考えていた。
僕たちは明日を生きなかった 雨屋蛸介 @Takosuke_Ameya
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