僕たちは明日を生きなかった

雨屋蛸介

第1話

 佐々木は平日に毎日プリントを持って来て昨日の分を回収していく、そんな役回りをしていた。特に長く話し込んだこともない。たまに今日の給食不味かったから来なくて良かったよなんて、先生が聞いたらひっくり返りそうなことを言っていた。

 その佐々木が今日は窓からやってきた。熟れたザクロよろしく頭をぱっくり割った状態で。僕は言葉が見つからずハロウィンは終わったよなんて言った。背中がじっとりと濡れていた。


「うん、知ってる。死んだんだ」


 夜のニュースには載るんじゃないかなと佐々木はこともなげに言う。脳みそをチラ見セするスタイルで二階の窓の外に浮遊する同級生は、今日もどこかぼんやりしていた。


「えっと、待ってね。今の佐々木は、その、幽霊?」


「多分。良かったよ、柴田が霊感あって」


「僕霊感あったんだって今知ったよ」


「そう。俺ね、さっき工事現場の前で死んだんだ。事故だね」


「それは……」


 僕は言葉をまた詰まらせる。中学生の僕の中に人が死んだときの対応マニュアルはインストールされていない。死んだ人まさに本人にかける言葉なんてなおさらだ。佐々木はいいんだよと言う。


「いいんだ。でもなんか、やっぱ家は寄りにくくて、あと謝らなきゃなあって」


「何を」


「プリント。血塗れになっちゃったしこの姿じゃ触れなかった」


「いいよ、プリントとか。真面目に解いてないよ僕も」


「あっそ」


「というか、どうすんのさ」


「どうするって言ってもなあ」


 とりあえず入りなよと僕は初めて佐々木を自分の部屋まで招き入れた。今の佐々木に質量がないのは救いだった。僕の部屋はとんでもなく乱雑で、しかし佐々木は積み上がった漫画雑誌の上に胡坐をかくことも出来た。あとお茶でもなんて言わなくていいのも良かった。引きこもりが二人分のグラスを使うのはどう考えたっておかしい。

 さて、招き入れたはいいがノープランだった。それは佐々木も同じだろう。親しいわけでもない僕らは薄暗くなっていく部屋の中でじっと黙ったままだった。

 沈黙を破ったのは階下の電話のコール音、そして母の悲鳴じみた声だった。


「大輝! 大輝ちょっと! 来なさい! 大輝聞こえてるの!?」


 聞こえてるよとかすれた声は母にいまいち届かなかったらしく、どたどたと階段を揺らす音がした。


「大輝! いつもプリント持って来てくれる」


「佐々木」


「そう、その佐々木君が、事故で……」


 母はそこで言葉を詰まらせ、その後を嗚咽に引き継いだ。僕は佐々木の方を見た。佐々木は肩をすくめる仕草をした。なんだその珍しい動物を見る目は、人の母親に向けるものか。


「いや、あんまり話したりもしてないのになと」


 母は佐々木に気が付くことなく、つっかえた声で制服の手入れを命じて部屋を出て行った。クラスメイトの親同士で話し合うことがあるとかなんとか聞こえたが、大人の話なので聞かなかったことにする。僕は児童書の山を崩しながら佐々木に近付いた。


「……お葬式さあ、出た方がいい?」


「嫌ならいいよ。まだ別れの儀式って感じでもないでしょ」


「確かに。ねえ佐々木」


「何」


「泊まってく?」


「助かる」


 にやっと佐々木が笑った。その顔は初めて見たなあと、血塗れの顔を見ながら考えた。

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