第15話 絶対零度

 というわけで、文化祭当日は心羽先輩と行動を共にすることになってしまった。心羽先輩のことを意識してしまった矢先にこれなので、否が応でも勘違いしたくなってくる。

 いいのかな? あの、お姉ちゃんLOVEな心羽先輩の心に私が入り込む隙が果たしてあるのか。あったとして、私は上手く入り込めるのか。そもそも入り込んでいいものなのだろうか。


 元々キャパシティの少ない私の脳内はパンク寸前だった。



 結局、断ることができずに、そのまま時間だけが過ぎていく。落ち着きを取り戻した伊澄とも目立った衝突はなく、生徒会の活動も順調そのもので、気がつくと文化祭の前日になっていた。


 早めに準備を済ませた生徒会一同は、早くもミスコンの話題で盛り上がっている。


「今回こそは我ら生徒会が中等部一番の美少女集団である所以を見せつけなきゃね!」

「頼みましたよ羚衣優先輩!」

「えぇ……あまり期待されても……」

「大丈夫、大丈夫ですよ! せんぱいが世界で一番可愛いのは事実なんですから、あとはいつも通りしていれば……」

「メイクも衣装も全力でやりますんで! 当日は二時間前には会場入りしておいてくださいね」

「二時間前!?」

「普段から人間離れした可愛さを備えている羚衣優先輩がガチでおめかししたらいったいどんなバケモノが誕生してしまうんすかね……ゴクリ」


 いつにも増してテンションの高い生徒会長の絢愛、なにやらミスコンに参加させられることになって困惑気味の羚衣優、そして羚衣優をなんとしても優勝させようと張り切っている二年生組がわちゃわちゃと生徒会室を盛り上げている。



「寂しそうな顔をしてどうしたのかなタマちゃん? キミもミスコンに出たかったのかな?」

「う、ううん! そういう訳じゃないけど……なんか若いっていいなぁって思って」


 蚊帳の外でニコニコと傍観していた沙樹に話しかけられ、とっさに訳の分からないことを口走ってしまう。案の定、沙樹はふふふっと可笑しそうに笑った。


「タマちゃんだって、あの子たちと一つしか変わらないじゃないか。それに、ああいうのは心の持ちようさ。何歳になっても子どもみたいにはしゃげる子は素敵だと僕は思うね」


 これが私と同い年の中学生のコメントだろうか? まるで、何百年も生きているかのような貫禄のようなものを感じて、私は思わず沙樹の顔をまじまじと眺めてしまった。相変わらずこの副会長はいつも通りの笑顔を顔面に貼り付けており、何を考えているのか分からない。


「沙樹……」

「おやおや、どうしたのかなタマちゃん? 僕の顔になにかついていたかな? 見惚れるならもっと可愛い子がいるだろう?」

「そうじゃないの。ただ、沙樹はすごいなと思って……」

「ははは、そんな事ないさ。僕はただ『それっぽいこと』を適当に言っているだけだよ。真剣に考えずに聞き流してくれて構わない」

「ううん、すごいよ。タマだって、『あっ確かに!』って納得できるような事しか言わないもん!」

「それはきっと、タマちゃんが素直で優しいからだね」


 意味深なコメントをすると、沙樹は自然な動作で絢愛の隣に移動して、すっと会話に入っていく。コミュニケーション能力も空気を読む能力も、沙樹の方が私なんかよりも百倍優れている。私が沙樹に勝っている事なんてほとんどないんじゃないか。そう考えると惨めだ。神様は何故私のような出来損ないを作ったのか、気になる。


「うーん……」


 ネガティブになって悩むと頭が痛くなってきた。いつものことだ。準備が終わったのなら今日はもう早めに帰って明日に備えないとな。



「ごめんみんな。タマはもう帰るね」

「うん、お疲れ様! 明日のミスコン、たまきんもちゃんとれいれいに投票するのよ?」

「タマなんかが投票しなくても圧勝でしょう?」

「チッチッチッ、舐めてたら足元すくわれるんだよ? 星花には芸能人とかアイドルとか読モとかたくさんいるんだから!」

「それは高校生の話でしょ?」

「高校生にいるってことは中等部にもそのタマゴがいる可能性高いってことでしょうが。私も生徒一人一人の個人情報まで把握してないから、とんでもない美少女が潜んでいる可能性も……」

「どうだろう……?」


 帰ろうとしたら絢愛に捕まってしまった。この流れだと明日はミスコンには絶対に顔を出さないといけない流れになりそうだ。

 少なくとも私の知る限り、中等部に羚衣優以上に可愛い子はいなかった気がする。確かに高等部は現役アイドルだの子役上がりの女優だの、そうそうたる経歴のやばい人達がいるけれど。


「あっ、それともたまきん、文化祭一緒に周る相手でもいるの? だから忙しいとか?」

「いやっ、べっ、べつにそんなんじゃないから!」


 慌てて明らかに不自然な返しになってしまった。これ以上追及されてもボロしかでる気がしないので、私は逃げるように生徒会室を後にした。

 全く、油断も隙もあったもんじゃない。文化祭誰かと一緒に周るなんて言ったら色ボケしたウチの生徒会の連中はどういう絡み方してくるか分かったものじゃなかった。まだ確定したわけじゃないのに、心羽先輩と付き合っているなんて噂が立った暁には、まず先輩に迷惑がかかるし、伊澄あたりが私に危害を加えてくる可能性も十分に考えられる。


「怖っ……」


 想像しただけでゾッとした。これで表立って行動しづらくなった。困ったことになってしまった。



 うーん……明日は高等部中心に周ることにするかぁ……

 私は高等部には正直あまり行ったことがない。心羽先輩ならもしかしたら案内してくれるかもしれない。うん、我ながらナイスアイデアだ。


「ふふっ……楽しみ」

「タマちゃん、今日はいやにご機嫌だね? どったの?」

「ふぇっ? えっ、と、あはは……」


 声に出ていたらしい。同室の伊澄に絡まれてしまったので、とっさに苦笑いで誤魔化す。と、彼女は怪訝な表情をした。


「変なの……」

「だって、明日は文化祭だよ? タマたちが精一杯準備した年に一度の祭典! そりゃあテンション上がるよ!」

「ふーん、そういうもんかねぇ……まあ私は関係ないかな」

「冷たっ!」


 だが、そういえばと伊澄が続けた言葉で、今度は私の心臓が氷漬けになってしまった。


「ねータマちゃん。文化祭は誰かと一緒に周るの?」

「えっ?」


 墓穴を掘ってしまった。私が変な方に話題を持っていくから!


「もし暇なら、私と色々見て回ろうよ」

「え、えっと……ごめん明日は忙しくて周ってる余裕はないかな……」

「そっかぁ、そうだよね。タマちゃん生徒会だもんね」

「う、うん……」


 罪悪感が募るが、なんとか逃げることができた。でもこれで絢愛たちと伊澄、二人の保護者の目から逃れながら文化祭を周らなきゃいけなくなった。星花女子学園は中高合わせればかなりの生徒数を誇るマンモス校だから、何とかなりそうな気もするけれど。

 結局、絢愛や伊澄たち保護者との確執は改善されてはいないらしい。


 もういっそ心羽先輩と付き合っていることにしたい。そうすれば「早くいい人作れ」みたいなプレッシャーからは解放されるし、さすがに伊澄も先輩相手に喧嘩をふっかけることもないだろう。もっとも、私がどうにかされる可能性はあるけれど。

 何にせよ、心羽先輩の真意を確かめないことには動きようがない。だいいち私自身もまだ心羽先輩に対して好意を抱いているのかハッキリしていない。自分で自分のことがよく分からないことが一番モヤモヤする。


 明日、明日確かめるんだ。


 そう誓って、私はいつもよりも早く布団に入ることにした。

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