第14話 待ち合わせ

「えっ、あっ、あぅ……」


 まずい、どうしよう……。

 告白されたばかりなのに、伊澄に心羽先輩と仲良くなったことを知られたら何されるかわからない。そもそも私と心羽先輩は伊澄が想像しているような関係ではないし、昨日返事をはぐらかしたのは伊澄の気持ちも汲んだからなのだけど、今の伊澄はそれを説明したところで理解してくれるだろうか……?


「なあに? 言いにくい関係ってこと?」

「ち、違くて……」


 なんとか伊澄の下から抜け出そうともがいてみたものの、私の力ではビクともしない。


「私、ずっとタマちゃんのそばにいたよね? 辛い時も楽しい時も、タマちゃんのお世話ずっとしてたよね……?」

「うん……」


 思い返せばそうだ。二人の共同生活とはいえ、私はほとんどのことを伊澄に任せっきりにしていた。生徒会が忙しいなんて言い訳にすぎない。事実、生徒会でも一人部屋の菊花寮で暮らしている絢愛や沙樹などは身の回りの事は自分でしている。

 いや、むしろ伊澄の方がすすんでやってくれている。……まるで、私を彼女なしでは生きていけない存在にでもしたいかのように。


「タマちゃんだって分かってるはずだよぉ? 私がいないと何もできないって」

「それは……やったことないから分からないけど……」


 伊澄は、「なんで分からないの」と言わんばかりに、大げさなため息をついた。私の腰をがっしりとホールドしている伊澄の脚がギュッと締め付けてくる。


「あのね、私入学した時からずっとタマちゃんのこと狙ってたの。純粋で可愛くて、仕方がなかったから」

「そう……なんだ」


 両親から蝶よ花よと育てられた私は、確かに世間知らずなところもあったし、いろいろと素直すぎるところがあったのも事実だ。でも、星花で3年間過ごすうちに少しずつ大人になってきたはずだ。……それとも、それは『成長したつもり』であって、結局私はいつまでたっても誰かの助けなしでは生きられない人間だったのだろうか。


「誰よりもタマちゃんを理解して、タマちゃんのためにいろいろやってきたのに……私よりもその『みうせんぱい』が好きなの?」

「そ、そういうわけじゃ──」

「──だったら!」


 いきなり伊澄の声のトーンが上がったので、私はびっくりしてしまった。薄暗くて表情はよく分からないが、彼女も必死なのだということが伝わってきた。


「……だったら、今すぐ私を選んで? そうじゃないと私……っ!」


 伊澄が、私の身体を痛いくらい強く抱きしめる。

 息が苦しいけれど、これを拒むことは私にはできそうにない。


「……痛いよ伊澄」

「ごめん、でも今決めてほしい。じゃないと私、ここでタマちゃんに酷いことしちゃうかも」

「えっ……うっ」


 経験はないが、付き合う相手を選ぶということは、将来を左右するとても大事な事だ。例えばここで伊澄を選んでしまえば、他の人を選ぶという選択肢はひとまず消えてしまう。逆もまた然り。一旦付き合ってみてから別れるということも有り得るし、実際付き合って別れてを繰り返して理想の相手を探すという人もいると聞いたことがあるけど、私はそんな不誠実なことはできない。

 一度決めた相手は何があっても大切にしたいし、別れたくない。きっと、別れたらもう友達にすら戻れないだろうし。だからこんなにも悩んでいるというのに。


「……どうしても決められない?」

「うん、でも信じて欲しい。タマは心羽先輩とはほんとにそういう関係じゃないから……」

「じゃあなんで私を選んでくれないの……」

「そんな簡単に決めちゃいけないことだと思う。生半可な気持ちで受け入れたら伊澄も、悲しませちゃうことになると思うから……」


「どのくらい待てばいい?」

「えっ?」

「教えてタマちゃん。私はあとどのくらい待てばいいの?」


 伊澄はとても悲しそうに、私になんだか甘えたような声で尋ねてくる。可哀想だと思うけれど、こればかりは私にも分からない。


「……ごめん」


 謝りながら伊澄の身体を押すと、彼女は意外とすんなり私の上から退いてくれた。乱れたパジャマを直していると、伊澄は私のベッドの上で放心したようにぺたんと座り込んでいる。


「伊澄……?」

「あはは、ごめんね私どうかしてた……でも」

「……?」

「なんのためにこの3年間一緒に過ごしてきたのかなって」


 その時ボソリと伊澄が呟いた言葉はしばらく私の頭の中でぐるぐるとしていた。



 ☆☆☆



 翌日、生徒会を早めに切り上げた私は、いつものゲームセンターに向かった。

 文化祭の準備は、後輩たちが有能すぎることもあって滞りなく進んでいる。むしろ、私たち上級生がいない方が早いかもしれない。つくづく茉莉のリーダーシップには驚かされるし、杏咲も優芽花も蘭菜も花音も、それぞれ自分の役割を把握して効率よく仕事をこなしていく。これは来年の生徒会は相当優秀なものになるだろう。……と、考えていたら肩をポンポンと叩かれた。


「ひゃわぁっ!?」

「うわっ!」


 驚いて振り向いた私は、同じく驚いた表情の心羽先輩と目が合った。


「ちょっと、必要以上にびっくりしないでくれる?」

「ご、ごめんなさいちょっと考え事してて……」


 小さくため息をついた心羽先輩は、腕組みをしながら壁にもたれかかった。


「ふーん、なに? 悩み事? ケンカは終わって仲直りしたんでしょう?」

「生徒会役員には色々考えなきゃいけないことがあるんですよ」

「まるで生徒会に入っていないわたしは悩み事ないみたいな言い方ね……」

「べ、べつにそういう意味で言ったわけじゃ……!」


 心羽先輩がジトッとした目つきになったので、慌てて顔の前で両手をブンブンさせていると、先輩はクスッと笑った。


「あなた、本当に面白いね」

「もう、からかわないでくださいよ」

「褒めてるんだけど?」

「褒められてるような気がしません!」


 私たちは顔を見合わせて、また笑った。本当に心羽先輩と一緒にいると楽しい──というか、自然体でいられるから楽だというか。とにかく生徒会やクラス、ルームメイトといる時には感じなかった新鮮みのようなものが感じられて私は好きだった。



「あっ、そういえば昨晩、夢に心羽先輩が出てきたんです」

「……奇遇ね。わたしも夢に玲希が出てきたよ」

「ほ、ほんとですか!?」


 まさか、心羽先輩が私のことをそこまで意識してるとは思ってなかった。

 心羽先輩はこくりと頷くと、虚空を見つめながら思い返すように呟く。


「うん……わたし、夢の中のことはねーねのこと以外あまり覚えていないんだけど、なんか玲希のことはよく覚えてるんだよね……不思議ね」

「えぇっ、夢の中のタマはどんなことしてました?」


 私の夢の中の心羽先輩はちょっとえっちなことしてきたので、尋ねることに少し怖さはあるけれど、好奇心には勝てなかった。心羽先輩が私のことをどんな人だと思ってるのか気になった。


「……一緒にUFOキャッチャーして遊んだわ」


 なんとなく嘘だと思った。心羽先輩は何か隠している──というか、都合が悪いからはぐらかしたというか。……ということは先輩もやっぱり。

 そう思った瞬間にドキリとした。そういう夢を見るということはつまり『そういうこと』なんじゃないのか。もしかしたら心羽先輩に今告白したらOKして貰えるんじゃないか。いや、でも勘違いだった時は恥ずかしすぎるし……!

 同時に私は、自分が心羽先輩のことを密かに意識していたことに気づいた。伊澄にはあれほど否定したけれど、やっぱり私は年上に憧れているらしい。それが今ハッキリした。その瞬間、またしても私の恋愛センサーがビンビン振れ始めた。


「心羽先輩……」

「えっ、どうしたのそんな顔して。なにか期待してた……?」

「い、いいえ。でも……」


 心羽先輩はふふっと意味深な笑みを浮かべる。


「わたしね……」

「?」

「ううんなんでもない。思い違いかもしれないし」


 私は心羽先輩の意図を図りかねていた。でも、なんとなく先輩がこの話題を避けたがっているのは分かった。だとしたらあまり聞き出そうとしないほうがいいかもしれない。


「そ、そうですか?」

「うん。そうそう、今日はそんな話をしに来たんじゃないの」

「えっ?」

「ねぇ玲希。文化祭の当日ってヒマ?」

「当日……ですか?」


 正直、生徒会は文化祭の準備は忙しいものの当日はそこまで忙しくはない。恋人のいる茉莉たちとは違って、巡る相手がいるわけでもないし。


「ヒマといえばヒマですけど」

「そう、よかった。それなら一緒に周らない?」

「へっ?」

「ねーねったら、わたしを差し置いて他の人と周るんだって。一人でいるのも癪だし、どうかなって? ねーねもいつも一緒にいるわたしが他の誰かといたら少しくらいヤキモチ妬くでしょ?」

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