第13話 告白
杏咲と沙樹のおかげで生徒会内でのわだかまりがひとまず晴れてスッキリした私は気分よく寮に帰ることができた。沙樹のことだから杏咲と結託して一芝居打った可能性は十分あるけれど、どちらにせよ物事がいい方に向かっているのはいいことだ。
ただ、結局他人の力を借りないと絢愛と仲直りできなかったのは心残りだけれど。
「ただいま」
「タマちゃんおかえりぃ!」
私と伊澄も以前と同じようにとはいかないまでも、問題なく会話はできている。ただ、昨日のあの様子を見る限り、伊澄の心境に変化があったのは確かのようだった。
今日も、伊澄が用意してくれたご飯は私の好物のハンバーグだった。少し苦手な野菜は少なめ。……いつもはもっと野菜食べろって言ってくるのに。
明らかにこちらの機嫌を取ろうとしている?
「ねぇねぇ、今日スーパーで和牛のミンチがお買い得だったからさ、今日のハンバーグはビーフだよ!」
「ビーフハンバーグ……」
想像するだけで唾液が湧いてくる。一体どういう風の吹き回しだろうか。訝りながらも、美味しそうなハンバーグの誘惑には勝てずに、私は大人しくテーブルの前に座った。
「「いただきます」」
いつものように二人で手を合わせて、真っ先にビーフハンバーグを一欠片口に含む。
「……美味しすぎる。伊澄、ほんとにどこかのシェフになった方がいいんじゃない?」
「えへへぇ、そうかな? 毎日作ってるおかげかな?」
「これでもどんどん上達してるんだからほんとに底が知れないよ……」
「いやまあ、愛は最高のスパイスっていうしね」
はぁ、いい加減彼女の真意をただすべきだろうか? 少し怖い気もするけれど、このまま私に対する気持ちがわからないまま接し続けるのも問題だと思う。
本当はこういうの私から聞くようなものじゃないんだけどなぁ……。
「あのさ、伊澄」
「んー?」
恐る恐る声をかけると、伊澄は「待ってました」とばかりにわざとらしく首を傾げてみせる。やっぱり聞かれるのを待っていたか。
「伊澄ってもしかして……タマのこと好きなの?」
「当たり前じゃない! ずっと大好きだよぉ?」
おぉ、ストレートにきたか……。一応確認しておこう。
「それは『LIKE』の方の好き? それとも──」
「もちろん『LOVE』の方の好きだよっ!」
「恋愛感情?」
「恋愛感情!」
そ、そうなのか……。
私は面と向かって好きだと言われたことはない。可愛いと言われたことは多々あるけれど、恋愛感情を向けられたことは皆無に等しい。つまり、どういう反応をしたらいいか分からなかった。
念願の恋人ができそうだというのに、以前の保護者としての伊澄のイメージが強いからか、「なんか違う感じ」がしてならなかった。保護者面されるのが嫌だと言っておきながらこれは都合良すぎるかもしれないけれど、いざそういう感情を向けられたらいろいろと心の中がとっ散らかるものだ。
「え、えっと……?」
「好きです。付き合ってください! てか、付き合おう?私たち」
「う、うーん……」
なんとなく、ここで即答してはいけない気がした。せめてもっと落ち着いて、正常な判断ができるようになったら……。
「ダメじゃないってことは、OKってこと?」
「いや……ちょっと考えさせてほしいな」
「えっなんで? タマちゃんあれほど恋人欲しがってたじゃない? 被保護者じゃなくて、恋人として扱ってほしいって、愚痴ってたじゃない?」
「で、でも……よりにもよって伊澄に告白されるなんて思ってなかったからっ!」
「私、一番タマちゃんのことを思ってるし、理解してるつもりなの。だから恋人にふさわしいと思う! ……自分で言うのもなんだけど」
確かに伊澄は一番私の身近にいた人だし、私のこともよく理解してくれていると思う。でも、「何か違う」のだ。詳しくは説明できないけれど。
これはわがまま? 私は大人になって、伊澄と付き合うべきなのだろうか? 本当にこういう結末でいいのだろうか?
「……ごめん、気持ちは嬉しいんだけど、すぐには答え出せないの」
「どうして? 他に好きな人いるの? 絆先輩とはもう別れたんでしょ?」
絆先輩とは正確には付き合ってすらいないのだけど。
「大事なことだから、落ち着いて考えたいの。だめかな?」
「……そっか、それなら仕方ないね」
伊澄はなんとか納得してくれたようだ。かなり不満そうではあったが。
しばらく無言で食事を続け、私が食器の後片付けをしていると、スマートフォンにメッセージアプリの通知が届いた。確認すると、心羽先輩からだった。そういえば連絡先交換していたんだった。少しだけドキリとする。
『ねーねと仲直りしたから、明日会えない?』
『わかりました。では放課後にいつものゲームセンターで』
素っ気ないものだ。私も心羽先輩もあまりコミュニケーションが得意な方ではないのもあるかもしれない。ひとまず私の方も絢愛や伊澄と仲直りできていたのでちょうどよかった。
生徒会でも寮でも、心が休まらない私にとって、心羽先輩と話している時間が唯一『自分』でいられる──ありのままの自分を表に出すことができる時間になっていた。心羽先輩も同じことを考えているのかもしれない。
心羽先輩は何の変哲もない『OK』のスタンプを送ってきて、それで会話は終了してしまう。心羽先輩とお話できるというだけでこんなにもワクワクしてしまうのに、その喜びを相手に伝えることができない。ネットの悪いところだ。
手早く宿題や明日の準備を終わらせるとそのままベッドに横になる。時計を見ると、それでも結構な時間になっていた。メッセージアプリに溜まっていた生徒会グループの通知を流し見で確認すると、私はそのまま目を閉じて眠ることにした。
☆☆☆
空が綺麗だ。
雲一つない青空が、視界いっぱいに広がっている。私はどうやら地面に仰向けに寝ているらしい。木も建物も視界に入らない、とても開けた場所なのだろう。一面の青空は、眺めていると吸い込まれそうで、少し怖い。視線を横に向けようとするが、何故か上手くいかない。
ただ、右手を動かしていると何か温かいものに触れた。
「……ねーね? そこにいるの?」
「心羽先輩?」
それは間違いなく心羽先輩の声だった。と同時に、私自身が心羽先輩という存在を待ち焦がれていたのだということに気づいた。
「ねーね、見て。綺麗な空よ」
「そうですね」
「この空のずっと先には、わたしたちの知らない世界があるのかな?」
「……」
私の言葉は心羽先輩には届いていないようだ。私のことを絆先輩だと思っている。
心羽先輩は今どんな顔をしているのだろう? 何を思ってそんなことを言っているのだろう? 確かめようにも私の視線は青空に固定されたままだ。すごくもどかしい。
「この世界が、わたしとねーねだけの世界ならいいのに……」
「そうですね」
すごく心羽先輩らしい。私も、二人にとっては邪魔な存在でしかないのかもしれない。それでもよかった。こうやって心羽先輩と話しているだけで、嫌なことは忘れて救われるような気がするのだから。
心羽先輩はいつも絆先輩が一番だった。どんな時でもブレない。それがとても清々しかった。
じゃあ私は? 私にとっての一番って誰なのだろう? それがはっきりしていないから、伊澄に告白された時に戸惑ってしまったんじゃないだろうか?
心羽先輩なら──彼女なら告白された時にははっきりとYES、NOが言えるに違いない。私と心羽先輩は似ているようでそこが決定的に違う。そこが心羽先輩が私よりも『大人』なところなのだろう。
「すぅ……すぅ……」
気がつくと、隣から心羽先輩の寝息が聞こえてきた。これだけ気持ちいい天気なのだから、眠くなっても仕方ないだろう。少しだけ可愛いと思った。
「……ん、ねーね」
寝ぼけているのか、心羽先輩は私の身体に腕を乗せてくる。
「もう……私は絆先輩じゃありませんよ?」
「ねーね……すき」
「だめだこりゃ……」
本当に心羽先輩は私のことを絆先輩だと思い込んでいるのだろうか? ──それはそれでアリな気もする。
そうこうしているうちに、心羽先輩のスキンシップはどんどん激しくなって、私の胸を触ったり、お腹のあたりをまさぐったりするようになった。
「えっ、ちょっと心羽先輩!?」
「……あーもう我慢できない!」
「ふぁっ!?」
心羽先輩は私の身体の上に馬乗りになってきた。
いや、この声は心羽先輩ではなく伊澄だ。いつの間にか青空は綺麗さっぱり消え去っていて、薄暗い部屋と、そこで私に馬乗りになっている伊澄の姿がぼんやりと見えるだけだった。
今までの出来事が夢だったのだとぼんやりと理解した時、初めてこの状況の異常さに気づいた。
「なにしてるの伊澄?」
「なにって……自分でもよく分からないけど……タマちゃんが悪いんだよ?」
「そんな、『シャミ子が悪いんだよ』みたいなこと言われても……」
「タマちゃんのバカアホ、朴念仁!」
「ボクニンジン?」
伊澄は寝ぼけて思考の追いつかない私に覆い被さるようにして、耳元で低くこんなことを囁いてきた。
「……で、さっき呼んでた『みうせんぱい』って誰?」
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