第14話 シオ・7 ~あなたを思い出す~


1.


「夕星さまも、だいぶこちらの暮らしに慣れられたでしょう? ご不自由がないように、少し周りの者を増やそうと思うけれど、どう? 夕星さまは静かな環境がお好きでしょう? 人が増えるのは嫌がられるかな?」


「知りませんよ」


 ミトはこれ以上ないというほど、素っ気ない口調で答える。


「私の意見でよろしければ、特に人手を増やす必要は感じませんが。今いる者で、十分間に合っております」

は聞いていないわよ」


 シオは、ミトの言葉の語尾に言葉を被せるように反駁はんばくする。


「夕星さまはお優しいかただから、周りにいるあんたたちに不満があったって、そんなことを言うわけがないでしょう。その辺りを汲んだ上で、胸の内を探ってこいって言っているの」


 余りにヅケヅケとした遠慮のない言葉に、ミトは怒りと悔しさで顔を赤くする。

 すぐに何事かを言い返そうとして口を開きかけ……だが、不意に考え直したように口を閉ざした。

 幼さの残る顔に、意地の悪い表情が浮かぶ。


「シオさまのご命令は余りに複雑で、私のような不肖の者には、とても果たせそうにございません」


 ミトは、余裕のある皮肉な笑いをシオに向けた。


「ご自身で、夕星さまに伺われれば良いではありませんか」


 常に主のことを観察し、その望むところを言葉で指図される前に察し叶える、という役目をずっとこなしてきたためか、ミトは人の感情の機微を見ることに長けていた。

 何故かはわからないが、シオが夕星に会うことを避けている……恐れてすらいることに、だいぶ前から気付いていた。

 案の定、ミトがそう言うと、シオは言葉に詰まる。

 意地悪げに自分に向けられているミトの眼差しを跳ねのけるように、シオは殊更素っ気ない口調で言った。


「わかった。あんたが言う通り、あんたみたいな無能に頼むようなことじゃなかったわね。忘れてくれていいわ」


 ミトは再び顔を赤くした。

 怒りに満ちたミトの茶色の瞳と、シオの冷たい感情を浮かべた蒼い瞳がぶつかり合い、無言の圧を生む。



 部屋の雰囲気に緊張が漂いかけた瞬間、侍女が夕星から送られたレムリアの花を美しく生けて持ってきた。


「シオさま、見事なお花ですよ。盛りのものとこれからが見頃の三分咲きのもの、蕾のものを合わせていらして」


「奥ゆかしいかたですね」と、侍女は付け加える。

 室内に入った瞬間に、場の空気が悪いことを察したこともあるだろうが、言葉にはそれだけではない真心がこもっていた。


 その言葉に誘われたように、シオは室内に置かれた花に目を向ける。

 レムリアは色がくっきりとしており、大きさの割には存在感がある花だ。

 花の違いなど気にしたこともないシオには、それくらいのことしかわからない。


「……思い出す、って言われていましたよ」


 呟くようなミトの声が、耳に忍び込んできた。

 シオは振り返る。


「思い出す? 何を」


 ミトはシオの視線を避けるように俯いたまま、しばらく黙っていた。それから小さな声を下に落とす。


「あなたのことを……」

「私を? 思い出す?」


 シオは驚く。


 そんなわけがない。

 喉まで出かかった言葉を、シオはかろうじて飲み込んだ。


 夕星が自分のことをはずがない。


 何故なら。

 夕星は幼いころ、この屋敷にシオの婚約者になるべく引き取られたが、結局、シオとは一度も顔を合わすことはなく、十二のときに僧院に連れて行かれたからだ。


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