第14話 滅亡の果てに
皇弟リチャード殿下率いる帝国軍によるコッフェ王国併合は、特に武力衝突もなく完遂された。
そもそも王国軍が完全に機能不全を起こしていたからだ。
「……機能不全って言葉を別の意味に使うの久しぶりだわ」
国民たちは大喜びで帝国軍を迎え入れてくれて、領主たちは笑顔で帝国の傘下に下った。
私は帝国軍と一緒に帰還した聖女として疲弊した国民たちを回復させ、魔物を撃退し、本当に頑張った。
国民から「国を捨てて逃げた聖女」と言われないか不安だったけれど、なぜか国民の間で、王太子の暴言や婚約破棄後の王宮の私の扱いの顛末が広く知れ渡っていた。
そのおかげで、私は批判を受けることなく帰還を大歓迎してもらえた。
王宮に不満を持った活動家の元に、どこからか詳細なタレコミが入ったという噂もあるらしい。
最終的に聖女オールスターズ大集結して、SSS魔物の森を一気に焼き払うことに成功したのだけど、その時のことを語りだすと10万字以上の叙事詩になっちゃうから今回は割愛する。
私以外の23人の聖女たちは、私の帰還を『聖女モニカの凱旋』と呼び、泣いて喜んでくれた。
ーー聖女となる前に、故郷の村を失い天涯孤独となっていた私。
SSS魔物の森の前線基地で聖女として働いて、ようやく居場所を手に入れたと思えば全てを失って。
そして帝国でまた居場所を手に入れることができたけれど、私は母国コッフェ王国には、もう帰る場所なんていないと思っていた。
「そんな寂しいことおっしゃらないでください。聖女モニカの功績のおかげで、私たち『聖女』も国民から信用されてきたのです」
聖女の一人が泣きながら言った。私は嬉しさのあまり、彼女を強く抱きしめた。
—-
国民も領主たちも帝国に従い、結局最後まで抵抗していたのは王宮だけだった。
しかし王族の財産権や所領の一定補償、そして身柄の安全をリチャードが提案すると、彼らも籠城戦で玉砕はしたくないのだろう、渋々王宮を明け渡して降伏した。
国王夫妻や王族が去った後、リチャードと私そして帝国軍は検分のため、空っぽになった王宮へと入った。
私が婚約破棄されたダンスホールも、国王夫妻が苦笑いしていた玉座もそっくりそのままだ。
「猛きものも遂には滅びぬ……諸行無常……」
私が遠い異国の言葉を呟きながら感傷に浸っていると、突然物影から見慣れた男が転がり出てくる。
瞳に宿る爛々とした意志の強さだけは印象的だった、私を破滅に追い込んだきっかけの男。
「カウント・ストレリツィ卿じゃないですか」
「ははは!! 聖女モニカ、貴様は国を滅ぼす最悪の魔女!! 俺を惑わした女狐!!! 発情聖女!!!!」
「何いってんの」
「あの世で俺と夫婦になってこの国に詫びろ、モニカ!!!!」
彼は目を血走らせ、いよいよ極まった顔をして私たちの前に立ちはだかった。
丸腰で完全に錯乱状態の一人の男を前に、帝国軍の皆さんもどうしたものかと戸惑いながら、念のため防御壁を構築している。
「はは! 俺が恐ろしいか、聖女!! そんな君ももうこれまでだ!! 俺と王国を馬鹿にした責任をとって、君には爆ぜてもらう!!」
叫びながらストレリツィ卿が上着をめくる。そこには大量の火薬が取り付けられていた。
「ちょっと、危ないわよ」
「フハハ、皇弟率いる帝国軍を俺の命と共に木っ端微塵にしてやる!」
「やめなさいよ。あなたが死んだって何もいいことないでしょう」
「止めないぞ! もう辞めないぞ! 君が僕を馬鹿にしたのがいけないんだ!!!」
職場でいきなり壁ドンしてキスを迫ってきた狼藉者が何を言う。
呆れ半分、どうしたものか半分で立ちすくんでいると、不意に隣から凶悪な殺気を覚える。
リチャードが微笑んでいる。ーーあ、これヤバいやつ。
「貴公、一つ伺いたいのだがよろしいか」
皇弟殿下の声音で、リチャードがスラリと剣を抜く。ストレリツィ卿はそれだけでビクッと身を震わせた。
「へ、へへ……何を聞きたい、侵略者」
「我が聖女の名を何処で知った。軽々しく口にする許可を誰から得た」
「そんなこと」
「二度目はない。次に貴公が聖女の名を口にしようと息を吸えば、その喉元に貴公に似合いの瀟洒な穴を開けてやろう」
ぴた。ストレリツィ卿の喉元に剣の鋒(きっさき)が押し当てられる。
隣に立っていても動きが全くわからない早技だった。
「そ、そんなことをしていいのか? この爆薬が」
瞬間。リチャードが唇を軽く動かしただけで、剣を伝って水の奔流が噴き出し、ストレリツィ卿を一気に押し流す。ストレリツィ卿はおもちゃのように水圧で勢いよくシャンデリアまで吹っ飛び、そして落ちた。
ぐしゃり。
「リチャード、魔導苦手なんじゃなかったっけ」
「苦手だよ? けれどこんなので、剣を汚したくないでしょう」
「はは……」
リチャードが指をぱちんと鳴らすと、びしょ濡れのカウント・ストレリツィ卿はどこかにズルズルと引っ張られて消えていった。
「離せ!!! 俺は!! 王太子殿下から聖女を暗殺してこいと言われたんだ!! 離せ!!!」
ジタバタ。最後まで威勢だけは立派な男だった。
私は半ば呆れながら、ズルズルと引っ張られていく彼の姿を見送った。
「……なんだかんだ最後まで、あの人と王太子殿下仲良しだったのね」
「モニカさん」
「ん?」
「あれの事はもう1秒たりとも口にしないで。目にも入れないで。はい、終わり」
「……はい」
私はそのままリチャードに肩を掴まれ、さっさと奥へと連れて行かれてしまった。
ーー城の中は全部つぶさにチェックしたが、最後まで抵抗するような気骨と忠誠心あふれる忠臣はいなかった。王宮の帝国軍への引き渡しはスムーズに一昼夜で完了し、その後王宮は魔物退治の拠点として再利用されることとなった。
ーー王太子様?
私は見ていないけれど、なんか武器を持って暴れて、そのままどっかに行っちゃったみたい。
まあ別にどうでもいいわ。
彼だって、婚約破棄した発情聖女ごときに心配されるのも嫌でしょう?
「うん、モニカさんは知らなくていいと思うよ」
「え、何その含んだ言い方。怖いんだけど」
リチャードは私を見て目を細めて笑う。
「言わせないで。僕はモニカさんの前では、皇弟でもなければ支配者でもない、ただの一人の男でいたいんだ」
優しいはずの笑顔が、なぜか怖い。
ストレリツィ卿。命があるだけでも、あなたマシだったと思うわよ。
—-
その後、元王国領の統治を皇帝陛下に任されたのはリチャード。
皇弟殿下である彼は元王国領をしっかり自分の領地にしてしまったのだ。
かつて私が婚約破棄を突きつけられた因縁のダンスホールでは、盛大なパーティが開かれていた。
前線基地で一緒だった歓楽街の皆さんも騎士団のみんなも再会して、さながら同窓会会場のようになっているみたい。私も混ざりたかったけど、とりあえず今は我慢。
「ねえ、モニカさん」
貴族も平民も無礼講のパーティを見下ろす玉座から、リチャードが私に話しかけてくる。
「何?」
私は玉座の隣から、彼に耳を傾けた。
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで、私たちの会話はかき消されて誰にも聞かれない。
「ちゃんと楽しんでる? あまり今日食べてないでしょ」
「食べたくても食べられないわよ。だってこんな所で、こんなドレス着てるんだから」
「食べるの大好きなモニカさんが、そんなこと言うなんてね」
リチャードが笑う。
「後でドレスを脱いでゆっくりしたら、軽食を用意してもらおうか。二人だけの二次会だ」
「そうね……」
このパーティは王国併合記念かつ、新支配者である皇弟殿下の結婚祝賀パーティ。
そう。結婚。
私は回り回って、なんと皇弟殿下のお妃様ですよ。
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