第13話 王国に帰ろう。併合しよう。
心と体がめちゃくちゃになっていた衝動が少しおさまる。
え? 祖国が半分魔物にやられた? え??
「どういうことなの」
「そのままの意味だよ。前線基地が解散した後、新たに編成された王国魔物討伐隊が全く無能だったって話」
「本当に? 他の聖女はどこいったの?」
コッフェ王国は現在現役聖女を20人ほど任命していたはずだ。各地で働いていた彼女たち(たまに「聖女」という職業名の男性もいたけれど)がいるからこそ、王国は私を使い捨てで帝国に追い出したはずなのに。
「モニカさんは聖女たちにとっても、『聖女』だったんだよ」
「どういうこと……?」
「誰も寄り付かないSSSの魔物の森の前線基地で一人がむしゃらに頑張っていたモニカさんは聖女たちにとっても憧れの存在で、辛い労働に苦しむ彼女たちの心の拠り所だったんだ」
「初耳だわ」
「初耳だろうね。モニカさんは前線基地か、王宮の話しか耳に入らなかっただろうし」
驚く私を前に、リチャードは肩をすくめる。
「聖女の憧れの『聖女』であるモニカさんが王太子によりによって『発情聖女』なんて罵られて婚約破棄されて、しかもまた前線に追いやられたのだから、彼女たちは怒った。聖女としての能力はコッフェ王国のためでなく、国外逃亡する国民たちの避難や保護のために使い始めた」
「国外逃亡する国民、って、?」
「モニカさんが国外に行って、そして聖女たちが国を見限ったなら国民ももう国の終わりを察知するって話。国民は蜘蛛の子散らすように帝国との国境に逃げてきて、今では国境付近、すごい勢いで入国待ちの人達が溢れかえってるんだよ」
「そんな……」
最近は帝国内の魔物討伐や、皇帝夫妻のケアばかりで頭がいっぱいで、祖国のことをすっかり忘れていた。
体を昂らせていた熱が冷えていく。
私は布団から顔を上げた。
「帝国として救援は出しているの?」
「勿論。人道支援と治安維持の名目で、国境付近の人たちへの炊き出しや仮設住宅の建設、医師によるケアや騎士団による治安維持など、色々やってるよ」
「そう……ありがとう」
私はシーツに目を落とす。国外に出てしまった結果の重さが、私の心を押しつぶしていく。
「ごめんなさい。私が、国から出てしまったから」
「違うよ」
リチャードはすぐに否定する。
「それを言うなら、僕がモニカさんを帝国に引き連れたからだろう?」
「でも、」
「でもじゃない。そもそも王国はモニカさんを穏便に追い出したがっていた。僕が引き連れなくても、モニカさんが出ていかなくても、いずれモニカさんは追放されていた。ーーコッフェ王国の惨事はあの国の責任さ」
私は布団をめくって体を起こす。
「わかったわ。それなら、過去を後悔する前に今行動しなければ、よね」
熱が溜まってしんどいけれど、私は奥歯を噛み締めて平静を保つ。
彼は起き上がった私に驚いたように目を瞠り、そして痛ましそうに眉根を寄せた。
「無理しちゃだめだよ」
「ううん、平気。……リチャードが言いにきてくれたのも、理由があるのよね?」
「これから僕が君の祖国を支配しに行こうと思う」
「……それはまたその、急展開ねえ」
彼の真剣な双眸に、目を丸くした私の顔が映っている。
声音が、リチャードの皇弟殿下としての本気を告げていた。
「モニカさんが国をでたあと、コッフェ王国の後続隊は全然成果をあげられなくて、結果として国はめちゃくちゃになったのは話したよね」
「ええ」
「その後の話なんだけど……コッフェ王国の領主たちは独力では民も領地も守れず王宮に縋り付いている。王宮は武器を買い漁って魔物を討伐しようと必死になっている」
リチャードの言葉に、私はピンとくる。
「武器を集めているのを逆手に取って、帝国支配の理由にするわけね?」
「そう」
どこまでも人の良さそうな綺麗な双眸を細めて、皇弟殿下は薄く笑う。
「そう『武器を集めているのは、帝国に戦争を仕掛けようとしているからではないか』……他の周辺国はまだ、今のところそんな感じにしか受け止めてないし」
「確かに、武器集めてる本当の理由は、聖女手放しちゃったせいで魔物が溢れかえってるからです、なんて他国は知らないし、言えないしね……」
「帝国の救援を受けながら、いまだに魔物が大暴れしてること認めようとしてないんだよ」
「え?」
私は反射的に彼の顔を見上げる。苛立ちが、ふつりと腹に湧き上がる。
「何それ。……この後に及んで、帝国相手にもごまかせると思ってるわけ?」
「モニカさん追い出したプライドなんだろうね」
「プライド……」
「うちの帝国は実力主義。能力があるなら若手や身分が低い者の発言も許されるし、ある程度昇進することだってできる。それが支配の難しさにもつながっているんだけど、正直、コッフェ王国よりはマシかもね。うちの皇帝が非合理的なプライドに固執していたら、1秒で刺される」
「それもそれで、怖いけど」
コッフェ王国ーー母国は素直に「聖女ちょっと帰国させて」と言えない事情でもあるのだろうか。
まああるのだろう。
お願いしてしまえば帝国に、聖女なしにやっていけない国だと暴露することになる。
でもなあ。隠したからって困るのは平民なのに。
だんだん怒りが湧いてきた。私の顔を見て、彼は頷く。
「このままあっちがプライド捨てて帝国に頭下げてくるのを待っていたら国が本当にダメになる」
「……そうよね……」
「そんなわけで我が帝国で君の祖国の民を守るためにも支配しに行くんだけど」
「私に言ったってことは、つまり……そういうことね?」
「そう」
リチャードは私に手を差し伸べる。
私が手を取って立ち上がると、彼は改めて真剣に騎士の礼をとった。
「モニカさんに手伝って欲しい。王国の魔物との戦いに対抗できるのは、聖女の異能をもつあなただけだ」
「もちろんよ!」
性欲を無事に使命感で吹き飛ばした私は、力強くリチャードに頷いた。
「ありがとう」
リチャードの蕩けるような表情を向けられると、やっぱりちょっと……胸が痛いけど。
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