第12話 「モニカさん、故郷の国が燃えてるよ。」

 慌ただしく半年の時が流れーーついに皇后殿下がご懐妊されました!やった!


 私は毎日皇后殿下の部屋でご体調を守るための異能を使い続けた。

 そして同時に合間をぬって、各地へ異能で聖別した聖水やお守りを作り続けた。


 以前はあちこち自分の足で回っていたけれど、皇后殿下をお守りするために宮殿に篭り切りだ。

 精霊石を使えば現地と遠隔(リモート)で繋がって指示が出せるから便利だ。

 帝国は聖女がいないけれど、魔導士さんは厚く保護されているから連携すればなんだってできるのだ。

 

 まあ、聖女として異能を使えば使うほど、全部私の体に代償として返ってくるのだけどね?

 性欲として。


—-



「……」

「聖女様、大丈夫ですか?」


 聖女用に与えられた聖水作成作業の手が止まった私を心配するように、女性神官が声をかけてくる。


「大丈夫です。ところでご存知ですか? 聖水の瓶ってこう、縦に長くて上がちょっと丸くなったフォルムの方が、売れるんですって……ふふふ…」

「聖女様?」

「すみません……今、頭がどうにかなっちゃってて……」


 私は純潔を保ってきた聖女なので、だいたい性欲が増幅しようが大した影響はない。体の奥から熱くなって、くらくらして、目に映るもの全部が卑猥なものに見えてくるだけで。下ネタだけはいくらでも歓楽街のお姉さんたちから仕入れてしまったので、下ネタのバリエーションだけ無駄に豊富なのだ。


「聖水がちゃぷちゃぷしてる……ふふ……」

「聖女様……」

「すみません、やっぱり限界です」


 私は強がろうとして、やっぱり止める。クラクラしてもう限界だった。


「ちょっと休んできます」

「はい、その方がいいと思います」


 性欲が昂りすぎてどうにもこうにもならなくなって、少し休憩をとって私は部屋に籠ることにした。

 外側から鍵がかかる専用の部屋に入り、私はベッドに丸くなる。

 とにかく無心になって、欲望を睡眠欲に変換するのだ。


 変換しようとしてるのに。


 ガチャリ。


 30分くらいした頃だろうか、外から鍵が勝手に開けられる。

 そういう不埒なことをできるのはこの世に一人しかいない。


 赤毛にファイアオパールの綺麗な目をした大型犬のような、愛嬌たっぷり容姿端麗な皇弟殿下が入ってきた。

 聖女の寝室に入ってくるとはいい度胸だ。


「あらら、モニカさん大丈夫?」

「大丈夫じゃないから籠ってるんだけど……で、……リチャード、どうしたの?」


 私は布団にくるまって、目だけを出して対応する。

 彼は私の態度を見て色々察したらしく、部屋に常駐しているメイドよりこちらに近づかないまま話しかけてきた。


「モニカさん、最近働きすぎだよね」

「大丈夫。SSSの魔物の森で血塗れになりながら働いていた頃よりずっとマシよ」

「そうは言っても働きすぎ。女性神官が心配してたよ? なんか幻覚でも見えてるんじゃないかって」

「面目ない」

「……やっぱり、そろそろ潮時だよね」


 彼が静かな声で呟く。


「何が?」


 彼は甲冑の音を鳴らし、私に近づいてくる。


「え、待って、今来ないで」

「来させて」


 リチャードは有無を言わせない。彼は私のベッドの前に立つと、騎士の仕草で片膝を折る。

 布団からはみ出したピンク色に染まった髪をひとふさ手にとり、恭しく毛先に口付けた。


「あ……」


 神経の通わない髪の先。

 それなのに、彼の柔らかな唇が押し当てられた瞬間、ぞくぞくと体に電流が流れる。

 体が震える。なぜだか、泣きそうになる。


「……なんなの……リチャード……」


 胸の奥から溢れ出しそうな堪え難い衝動を、布団をきつく握りしめて堪える。さっきまで下ネタが右から左に飛ぶだけだったのに、そんな余裕が、あっという間に壊れてしまう。


「髪の毛、桜色だったのに今ではもう薔薇みたいな色だね」


 耳から入った低い声が、ざらざらと体の奥まで響いていく。布団が触れている肌まで、甘く鳥肌が立ってぞくぞくする。頭が真っ白になる。


「これだけ頑張ってくれたんだね」


 彼は一体何を考えて、こんな酷いことをしているのだろうか。

 優しくて甘くて、とても紳士的で、そんなあなたは平気だろうけれど、私は平気じゃない。

 だって私は、


「ねえ。モニカさん、」

「何」

「目を合わせてよ」

「嫌だ」

「布団めくるよ」

「……」


 渋々、頑張って私は彼の顔を見た。


 彼は私をじっと見ていた。

 燃えるような赤毛と炎の瞳に、私は焦げてしまいそうに体が熱くなる。

 やめてほしい。私が、どんな状態なのか、知っているだろうに。

 ーーあなたを困らせてしまうような衝動が、あなたへの敬愛を、全く別のものに変えてしまいそうになる。

 あなたに向けてはいけない、あなたを困らせるだけの、どうしようもない劣情に。


 敬愛を恋心に変えてしまう、肉体の情動なんて悪だ。

 ああ、いっそ私、魔導医師にお願いして去勢してもらおうかな……いや、それで解決するのか?

 去勢したら性欲は消えるのか? 去勢した猫って急に大人しくなるよね? いけるか?


 そんなことを思っている私に、彼は静かに口を開いた。


「突然だけどモニカさんの祖国、魔物に半分くらいやられちゃってるんだよね」

「え」


 おいおい。

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