第11話 恋心

 私は、いたたまれなくなってきた。


「なんか言ってよ。言いにくいのを言ったんだから」

「いやー……身内のそういうの聞くのって想像以上にキッツイなって」

「だから言ったでしょうよ!!!!」


 困って叫ぶ私に彼は吹き出し、そして堰を切ったように笑い始めた。


「あはは、はは……なんだ、そういうことか! あー……そうか…」

「そうなのよ」

「ははは………うん。兄貴夫婦の話で笑えるなんて、ちょっと嬉しいかも」

「リチャード……」


 発情聖女(わたし)を見つけるために身分を隠し、隣国の魔物討伐最前線まで出ていたリチャードにとって、兄夫婦の問題は一ミリも笑えない深刻な問題だったはずだ。

 それなのに今では、お盛んすぎる二人にげんなりして、ドン引きして、そして笑うこともできる。


「よかったわね」


 私の言葉に、笑い泣きの涙をぬぐいながらリチャードが頷く。


「うん。モニカさんを連れてきて本当に良かった。……兄貴夫婦のことだけじゃなくて」

「魔物討伐のこと?」

「ううん」


 彼は柔らかく微笑んで首を振る。

 こうしていると本当に、毛並みのいい大型犬みたいで可愛い。けれど紅茶を飲む仕草やパンケーキを食べる様子はきちんと品があって育ちの良さを感じさせられる。


 祖国の王太子様はだったけど、リチャードは本当に……本物の王子様って感じだ。

 いやいや。

 年上の、皇弟殿下に、何を思ってしまっているんだろう、私は。



「僕、一応皇帝の弟でしょ? だから国ではこうして、気軽に打ち解けて話してくれる人なんていなかった。女の子なら尚更さ。僕の婚約者になろうとして、家の命運を背負って必死に色仕掛けをかけてくる子ばっかりだったからね」

「あー……まあ、そうなるわよね」

「もちろん、家のために僕を欲する気持ちはわかるよ。彼女たちも、仕事として僕に必死に好かれなければならないって、かわいそうだなと思ってた。けど、同情で恋には落ちられない」

「……リチャード……いや、多分その中の半分以上はガチ恋だったと思うけど」


 優しくて紳士的で、それでいて美形で、しかも剣の腕前に関しては前線基地で戦えるレベルの実力。そういえば前線基地や近くの歓楽街でも、彼は老若男女に大モテだった。


「そう? でもそんなの、なんだっていいや」

「なんだっていいって……」


 困った風に笑う彼に、私はハッとする。

 そうか。彼は性的なあれの気持ちが、0の人だった。それなら好かれても嬉しくないだろう。

 迂闊なことを言ってしまったと失言を恥じる私の前で、彼は静かに話を続ける。


「だから今、こうしてモニカさんがさ。僕のことをリチャードって呼んでくれて、気兼ねなく話してくれるの、すごく嬉しいんだ。モニカさん聖女としても頼りになるし、女の子としてもかっこいいし、」

 きらきらとしたファイアオパールの瞳で、眩しそうに目を細めて私を見つめるリチャード。


「僕、モニカさんのこと好きだよ」

「……」


 その時。

 急に、胸の奥が炎に炙られたように熱くなったのを感じる。ストーブの前のように顔が熱い。

 やっぱり彼は美しい皇弟殿下なんだ。こんな顔をしたら、誰だって恋に落ちてしまうだろう。

 私は熱くなった頬をぱたぱたと仰ぎながら、誤魔化し笑いを作って言った。


「ありがとう。私もリチャードのこと尊敬してるわ」

「本当?」


 彼は嬉しそうに前のめりになる。私は平静を装って頷いて返す。


「勿論。これからも聖女として、皇弟殿下のために尽くします」

「………聖女として?」

「え、……それ以外、何かある?」


 彼は私の聖女の異能を浴びても発情しない。0にいくら数をかけても0以外にはならない。だから彼のくれる好きが、私を好きな訳じゃないのはわかってる。


 世継ぎを残すという意味では、0な彼が皇帝だったら大変だっただろうけれど、彼は皇弟。

 もし皇帝夫妻に子供ができるのならば、彼は安心して生涯子供を持たずに過ごすことができる。

 それは性欲のない彼にとって良いことだ。

 そう思って笑顔で感謝を伝えたのだけれど、彼はただただ困惑した顔をしていた。


「……リチャード?」

「モニカさん、僕のこと何か勘違いしてない?」

「何を?」

「えっと……その。いや、モニカさんがそう思ってくれていた方が、今は都合はいいのか……うーん……」

「リチャード、どうしたの? 何か困ったことでも?」

「ううん! ただ、モニカさんとこれからも、仲良くしていきたいなって思っただけ」


 にこりと笑って、彼は私に手を差し出す。私も笑顔で大きな手をとって、強く握り返した。


「一緒に頑張りましょうね!」


 その手の大きさに胸の奥がずきりと甘く痛むのは、そっと気付かないフリをした。

 ああ、私は彼が好きになってしまったんだわ。

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