第10話 皇弟殿下の疑念
その後。
私が八面六臂に活躍すると、賢い貴族女性たちは、こぞって皇妃陛下の社会福祉活動に賛同し始めた。
賛同するだけで家柄も自分も株が上がるんだから安いもの。
そうして皇后陛下にギスギスと反発する人たちは次第に手のひらを返したり、空気のように発言権を失っていった。
よかったよかった。
私あんまり、女の園の戦いみたいなの得意じゃないから、これで落ち着くなら万々歳だ。
そして、私がこの国にきて三ヶ月。
数年ぶりに皇后陛下の月のものが回復し、そしてその……激務の結果下半身が不健康だった皇帝陛下も、無事に役目を最後まで果たすことができるようになった。
二人は元々恋愛結婚に近い。
とても仲睦まじい夫婦なわけだから、心労が和らいで体調が整ったとなれば、
もうそれは、
まあ、私なんかは必要ないわけで。
これ以上言わせないで。
—-
ある日、神殿の花園で散歩をしていると、公務を抜け出したリチャードがやってきた。
皇帝陛下と一緒にちょっとした記念パーティに参加していたらしく、儀礼用の濃紺の軍服をパリッと身につけ、短い赤髪をオールバックにまとめてとても男前だ。
「今日はいつにも増して格好良いね、リチャード」
「どうも」
ファイアオパールの瞳が、色に似合わないじっとりとした湿度で私を見据える。珍しい顔だ。
「……どうしたの?」
「モニカさんと話がしたい」
「え? ああ、はい」
立ち話もなんなので、私は四阿(あずまや)に入って腰を下ろす。
空気を読んだ神官さんが、私たちのところにティーセットを持ってきてくれた。
甘い薔薇の香りがする紅茶に、お芋を蒸したフカフカのパンケーキ。体に良さそうな味がする。
リチャードは紅茶をじっと見つめ、そしてじっとりとした目で私を見た。
なんだか、魔物退治の時より深刻な顔をしているように見えるのは気のせいか。
「ねえモニカさん。兄貴、最近元気になったよね」
「ええ、そうね」
皇帝陛下は本当にお元気になった。お盛んにもなった。あとは半年ほど、経過を待ってみるつもりだ。それまでにご懐妊されるなら万歳。ご懐妊が難しければ、また別の対策を考える。
ちら、とリチャードを見ればぞっとするほど昏い目をしている。
「リチャード……何かあったの? なんだか今日、いつもと全然空気違うんだけど」
「あのさ、モニカさん」
「はい」
「兄貴は治った。それなのに、どうして今でも、モニカさんを神殿から王宮にちょくちょく呼び寄せてるの?」
「それは……」
「しかも夜に」
理由はある。
しかし皇帝陛下の実弟であるリチャードに言いたくない。言いにくい。
「ねえ、モニカさん。僕は真剣に聞いているんだよ」
「っ」
私が目を逸らすと、彼はずい、と顔を近づけてくる。
ちょっとドキッとしてしまう。やめてほしい。だって一応、あなたは皇弟殿下なのだから。
顔が熱くなっていく私とは反対に、彼の顔はどんどん怖い顔になっていく。
真っ赤な髪にファイアオパールの瞳、どちらも炎のような色。
私も彼の美貌に煽られるように顔がちりちり熱くなる。
「何、言いにくいの?」
怖い。
「えー、あー……身内のそういうこと、聞きたくないだろうなって」
「言ってよ。モニカさんにモーションかけてたら、モニカさんと義姉さんの代わりに兄貴を」
すらり、と鋭い音を立てて剣を抜き始めるリチャードに、私は青ざめて叫ぶ。
「剣しまってしまって!!!!! 違うから!」
「じゃあ何」
拗ねた子どもか。拗ねた子どもか。2回言いたいくらい、どう見てもこれは拗ねた子どもだ。
綺麗な顔をした拗ねた子どもだ。(3回目)。
私は腹を括り、彼に言葉を選びながら説明した。
「あのね……その。変なサイクルが出来上がってしまったわけよ」
「変なサイクルって?」
「えっと…あの……」
私は言葉を選びながらリチャードに説明した。
1・仕事の激務で疲労困憊した皇帝陛下を聖女の異能で癒す(代償として陛下の性欲増強)。
2・1により性欲増強した陛下、夜通しご活躍遊ばされる。
3・そのまま朝から元気に仕事。
4・激務。夜には疲労困憊。皇帝陛下を癒す(代償として陛下の性欲増強)
5・1〜4の繰り返し
6・その結果、皇后陛下のことも聖女の異能で癒すことになり、以下1〜4ループ
「……ということ」
「…………」
ああ、なんで私は綺麗な花園の四阿(あずまや)で、んな話をしなきゃいけないの。
リチャードは呆気に取られた様子で、ぽかんと、アホみたいな顔になってしまっている。
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