第9話 本題の問題についても着手しなければ。
私は「何でも屋かよ!!」ってくらい、いろんな問題をとにかく解決した。
しかし私が問題解決すればするごとに、皇帝夫妻の心労が緩和されるのだとすれば、ありがたい。
そう。
この国に元々やってきた目的は、皇帝夫妻の不妊問題を解決することだった。
—-
国の魔物対応に追われながらも、私はちゃんとメインのお仕事である、皇帝夫妻の不妊問題へも取り掛かっていた。
主治医や二人の身の回りを統括する女官長とも話し合いながら問題点を一つ一つ洗い出していくうちに、一番の原因は結局、二人の精神的負担だと結論づけた。
「精神的負担ですね」
言い切る私。
「負担ですか、やっぱり」
と、女官長。
「皇帝陛下は本質的には支配者に向いていない方なので」
と、主治医。
三人で集まった部屋でお茶を口にしながら不妊対策会議を進める私たち。
渋い顔で主治医が言葉を続けた。
「魔導医学により夫妻のお体そのものには不妊対策が必要ないことは、聖女さんもすでにご存知ですよね?」
「はい」
私は頷く。
「お二人の既往歴や生活習慣といったものから判断する医学的見地からの見解に異論はありません。それに皇后陛下のご実家から宮殿にいらっしゃった女官長様のご見解も、おっしゃる通りだと思います」
「「はーーーーーーーー」」
主治医と女官長は二人で溜息をつく。
先帝陛下夫妻はすでに病没したこの宮殿において、二人が実質的な育ての親のような眼差しで皇帝夫婦のことを見守り続けているのだろう。
私は手元のお茶に目を落とす。
帝国の東端に位置する領地の、珍しい緑色のお茶だ。なんでも茶葉は帝国で愛飲されているものと同じだけれど、製法が違うのだとか。
世襲で安定して統治されている私の祖国コッフェの王様とは違い、皇帝は古来から多数の地域を併合支配し、統治している立場だ。
皇帝陛下は支配下にある各領国の、ある程度の自治権や文化存続を承認している。昔ながらの緑茶もこうして飲むことができるのも、そういうことだ。
しかし、だからこそ支配と被支配の関係が崩れないように絶えず意識し続けなければならない。
「併合して吸収して、はい終わり。じゃないですもんね」
併合してはい終わり、で終わるなら誰も悩まない。
「ええ。陛下が併合国の自治権や文化存続を求める限り、均質化されない国というものは常に帝国崩壊の火種を抱えているのと同じ。しかし陛下は均質化による統治より、多様性ある統治を模索しているのです」
「帝国の軍事力を用いれば植民地化することさえ容易いのに……」
「長い目で見て、帝国全体が富み栄えるために腐心していらっしゃるのです」
そんな彼の心労緩和の為に、聖女(わたし)ができること。
魔物対策でしょう、やっぱり!
魔物対策は帝国内各地で施政者を悩ませる課題だ。
これを皇帝の聖女である私・聖女モニカが解決して回ることは皇帝の権威にも繋がる。
皇帝に頼めば聖女が何とかしてくれるのならと、各地がこぞって皇帝に頼る。
明確な力関係が皇帝と領国の間に生まれる。
これで少しは、皇帝陛下の御心労が減ればいいのだけど。
「そして、次は皇妃様の問題よね」
彼女は元々は帝国内の小領地のお姫様。
元々貧しい小国だったけれど、帝国が併合して改革を続け、今では豊かな穀倉地帯となった国だ。
そんな皇妃様は実は、皇帝陛下とは恋愛結婚に近い形で皇妃になっていた。
「あー……宮廷内の女性の
私の言葉に、女官長が溜息をつく。
「ええ、
「
アレ。つまり女の嫉妬。女性社会の煮凝り。
宮廷内の女官や高貴な女性達からの批判や不満は未だに相当なものらしい。
認められるためにできることはなんでもなさっている気丈な皇妃様だけに、そんなクソみたいなストレスは秒速で散らせて差し上げたい。
子供が生まれれば誰も文句言わないだろうに、子供がいないからこそ虐められるのは胸糞が悪い。
「そっちがストレス与えるから余計に皇后陛下の不妊が続くんでしょうが! 絶対許さん」
というわけで私はまず、皇妃様の立場を底上げするための活動を開始した。
—-
具体的には。
まず皇妃様の名前で魔物遺児の保護施設を各地に作った。
そして私の行う魔物討伐以外の付随した社会奉仕活動を全て、皇后様の後ろ盾の名目で行ったのだ。
元々私は聖女でもあるし、同時に魔物によって故郷を焼かれた平民の娘だ。
魔物に辛い思いをしている人々の怒りや辛さは理解しやすい方だし、同時に聖女として政治的な場にも引っ張り出されていたので、王侯貴族や富裕層、政治家がどんな視点を持っているのかも察しやすい。
聖女だから得られた経験や情報を駆使して、私はとにかく社会奉仕活動に尽力した。
私の名声なんていらない。私は現場聖女だから。名声はそのまま皇妃様の名声になるように誘導した。
「皇妃様が指示した仮設住宅、本当に手早い対応で助かったな」
「魔物遺児のための学校や職業訓練校をお作りになったんですって?」
「聖女さんを派遣する手腕もさすがだよなあ」
「頼れる皇帝皇妃両陛下の守る国で、本当によかったわ……」
小国の姫でありながら公務での誠実な人柄と振舞いで、平民からは温かく受け入れられていた皇妃様。
そんな彼女の後ろ盾があれば私も新参聖女としてやりやすかったし、私が活躍すればするほど、同時に皇妃様も、どんどん名声を得ていくことができた。
何より。
どんな時も私の傍には護衛としてリチャードがついていてくれる。
「皇弟殿下はこんなところで、私のそばにいて公務はいいの?」
「ある意味これが公務、でもあるからね」
「まあ、確かに……皇帝陛下に代わって各地を慰問する皇弟殿下というのは、悪くないわね」
「でしょ?」
彼は本当に頼れる人だ。
聖女の異能で私や周りが発情しても、彼がうまくいなして場を収めてくれる。
そして彼はどんな時も発情にあてられない。
絶世の美女の踊り子が乱れ狂いながらポールダンスをしてきても。
幼い女の子が「お兄ちゃん、胸が痛いの」って涙目で訴えてきても。
ガチムチのお兄さんがシャツを胸筋で弾き飛ばしても。
89歳のおばあちゃんが「わしの春が来た!!!!!!!!!」と叫び出して飛びついても。
どんな時も彼は優しく誠実な騎士であり続けた。
涼しい顔してるけど皇弟殿下の精神修行はすごいなと思う。
—-
魔物災害避難地区の結界を張り続ける私に、人気の無い場所でリチャードがこっそりと耳打ちしてきた。
「モニカさん」
「…ん……な、に……?」
声がうまく出ないのが誤魔化せない。私の態度に、彼はふふ、と笑う。
「今ムラムラしてるでしょ」
「してない」
「してる。これ以上はダメ。帰るよ」
「はな……して……」
「離しません」
リチャードはキッパリと言い切り、私を抱き上げてさっさと本部へと戻っていく。足腰が立たなくなっていた私はされるがままの横抱きでぐったりする他ない。
熱に浮かされた目で彼の顔を見ると、彼は眉尻を下げて人の良さそうな顔で「お疲れ様」といってくれる。
本っ当に優しい人だな。いつも。
コッフェ王国のSSS魔物の森前線基地にいるときと違って、帝国では皇弟殿下であるリチャードの体に傷がつくことはほとんどなかった。
それでも一度だけ、魔物を切り裂いた時に飛んできた魔物の牙で腕を怪我したことがあった。
私が傷つかないように庇ってくれたのだ。
「リチャード!!」
私が咄嗟に異能で癒すと、傷が消えていくに従って、彼は少しぼうっとした顔を見せた。
お、発情来るか?
そう身構えた私の懸念をよそに、彼はすぐにふにゃりと笑って、
「ありがとう、やっぱりモニカさんはすごいね」
とお礼を言ってくれた。
他の人なら目が血走って吐息を荒げて、獣の眼差しで私を見てもおかしくないのに。
やっぱり、リチャードの性的欲求はゼロなんだろう。私は確信した。
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