第6話 両陛下の問題解決だけじゃなかったんですか。

 私を大歓迎してくださった皇帝夫妻は、宮廷の近くに私の住まいとして聖女の神殿を整えてくださった。


 それからというもの神殿で私は日夜、この国の困りごとについて皇帝夫妻やリチャード、重鎮の皆様から相談される日々を過ごすことになった。


 今日も早速、会議の間にぞろぞろと大臣と官僚の皆さんを引き連れたリチャードがやってきた。


「今日のご相談は農林水産大臣のヴェルネル公爵からだよ。僕のおじさんでもあるね。さ、どうぞ」


 リチャードは軽いノリで紹介するが、そういう人じゃないでしょう、この人。


「聖女様! 南方領域の魔物による被害についてご意見お伺いしたく存じます!」


 農林水産大臣と官僚の皆さんから、にこやかに地図や資料を出されて期待に満ちた目で見られても、私は、ただただ、たじろいでしまう。だって聖女職とは言っても平民ですわよ!?


 引いた私の肩を捕まえるように、リチャードがポンと手を添えてくる。

 私は泣きそうな顔で振り返った。


「あのさー……私、こういうのやるの向いてないんだってば」


 周りの大臣に聞こえないようにコソコソとタメ語で弱音を吐く。

 なぜ兄貴夫婦の不妊問題がこうなる。ねえ。皇弟殿下殿。


「聖女様でしょ? 僕を助けると思って頑張ってよ」

「いや、その……」

「南方領域。ここはべべリス火山の噴火による灰の影響で土地が耕作に向いていなくて、土地が貧しくてね」


 私の困惑を無視して、真面目な顔になったリチャードは机の上に広げた地図に目を落とす。

 ファイアオパールの瞳に睫毛が影を落とす。


「それでも領民は工夫を重ねて、漁業や食肉の生産で生活を安定させていたのだけれど、5年前くらいから魔物が急速に広まってね。大切な産業の食肉用の牛がどんどん食べられている」

「……」


 地図を指しながら私に説明するリチャード。

 普段の彼とは違う少し低くて真面目な声は、真剣な領民への思いが込められていた。


「それは……大変、ですね」


 私は彼の言葉に耳を傾け、吸い寄せられるように地図へと目を向ける。

 困っている人がいるのなら確かに、苦手とか無理なんて言っていられない。これは聖女の仕事だ。


「仕方ないですね」


 私は腹をくくり、書類へと目を向け、5年前から行っている領主の対応、国の対応についてさらさらと目を通す。


「聖女様が書物を読んでおられる…」

「今日はどんな答えが……」


 錚々たる顔ぶれが固唾を呑んで、私如きが書類を読み取る時間を大切にとってくれている。

 気がつけば彼らの視線も時間も忘れて、私は問題点探しに没入していた。


 ーーそして。私は一つ、引っかかるものを見つけた。


「6年前の冬の祭典で、この山の麓の神木を切りましたね?」

「神木を……ああ。それが、何か」

「現在この大陸ではシャッスレイ教が信仰されていますが、この南方領域は元々土着信仰で土地神、そうですね…大魚や鯰や龍あたりを信仰していたのではないでしょうか」

「そういえば、そのような話も……しかし、それと魔物に何の関係が」


 私の言葉が想定外だったのだろう。彼の表情からして、この質問に対する答えもよく知らないようだ。

 本を掲げ、私は話を続ける。


「南方領域の歴史を拝読しました。帝国建国以前の300年ほど前、南方領域は消えた小国の領地でした。その小国の記述としても、南方領域の具体的な記述はありません」

「記述がない、と……?」

「ええ。記述がないということは、当時の支配者にとって『記述すべき事柄』がなかったということ。そうですよね、土地が痩せたただの平和な寒村です! なんて、記述することはないのですから」


 彼らは困惑した顔で私を見ている。

 しかし私の後ろで肩を掴んでいるリチャードの目があるからか、直接的に「何言ってんだこのバカ」とは言われない。


「こんな話があります。南方諸島イスウェ国といえば今では『イスウェ』という言葉自体が魔力石の代名詞とされているほど、魔力石の主要産出国家です。しかしあの国は150年前までは国ですらない、ただの近隣小国にオマケで管理されていた漁村だった。老婆が畑に落ちていた魔力石に気づくまで、文献で紡がれる歴史のない、凡庸な空気の島だった……」


 私はそのまま話を続けた。


「結論から言うと、切ってしまった神木が対魔物結界だったのでしょう。土着信仰時代に紡がれた結界だから、今の時代を生きる私たちでは認知できない方法で紡がれていたのだと思います」

「ばかな。神木が魔物発生の原因なら、神木を切った冬祭りの時点で魔物が大量発生したはずだ。それなのにじわじわと、しかも海から、なんて」

「カラス避けのような呪術で結界を張っていたのでは」

「カラス避け?」

「私の故郷の農村では、カラスが農作物を襲わないように、仕留めたカラスを見せしめに農地のあちこちに吊るしていました」

「うわ、野蛮」


 大臣が口を押さえる。

 だーかーら、私は所詮平民の聖女なんですって。

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