第5話 皇弟殿下の潜入戦果。
歓迎の宴で私はこれまでの経歴について尋ねられた。
テーブルに並んだ料理は帝国の各支配圏の郷土料理をふんだんに取り入れたもので、酒も遠い友好国から仕入れたらしい一級品だ。
場末の酒場で、よくわからない肉の串を食べながら混ざり物の多いビールを煽っていた身としては、胃がびっくりしないか不安になる程高級食材の世界だ。
並べられたカトラリーを前に、
「テーブルマナーなんてわからない……」
と怯える私に、隣に座ってくれたリチャードがこっそり「僕のまねをしたらいいよ」と教えてくれる。
その優しい微笑みに涙が出そうだった。天使かよ。
高級すぎて口の中が七色に光りそうな絶品料理を堪能していると、早速、皇帝陛下が私に話を切り出した。
「それで、君はこれまでどんな仕事をしていたのかい?」
「あの……率直にお伝えすると、もしかしたら貴賓の皆様の気分を害するかもしれないのですが……」
私はちらりと、他の錚々たる顔ぶれを見やる。
誰がどんな立場かはわからないが、とにかく国の要人ばかりだろう。故郷では発情聖女として引かれてしまったことを思い出して、口にするのが憚られる。
そんな私に、皇妃殿下が優しく声をかけてくださった。
「大丈夫よ。大体は私もリチャードから聞いているから。ここに貴方の仕事を非難する人はいません。皇妃として保証いたします」
「皇妃殿下……ありがとうございます」
私は勇気を出して、自分が行ってきた仕事について語った。
SSS魔物の森の拡大を抑えるための半永久的防御壁構築、騎士団員への肉体強化、予備簡易防御壁構築、肉体欠損保護幻影、複数負傷者に対して行う選別的同時回復異能。心的外傷保護異能による社会復帰軟化対応。
その他少し言いにくかったけど伝えたのは、歓楽街住人に対する一時的避妊処理や、アルコール中毒症状緩和処理、暴力に対する自動発動防御壁構築、食料の防腐処理、老化による肉体苦痛の緩和、回復処理といった、本来の聖女の役目以外に行っていたこと。
質問に答えていくたびに、少しずつ場の空気が変わっていく。
かちゃかちゃと鳴っていたカトラリーの音が止み、みんなの視線が私に注目する。
談笑も消え、ものすごい目線が私に集まっていた。
「あ……あの……申し訳ありません。やっぱり、こういうことを高貴な方々の前でお話しすると、不快ですよね」
「何ということだ」
私の言葉に重ねるように、皇帝陛下がうめくような声を出す。そして怖いくらい真剣な眼差しで、私の隣ーー弟であるリチャードを睨め付けた。
「これだけの大聖女を本当に、お前は穏便に連れてきたのか?」
「本当ですよ兄上。あちらの国では聖女の恩恵に慣れすぎて、彼女の異常さに気づいていないのですから。彼女がどんなに強すぎる異能を持ち、清廉な精神を持っていようとも、あちらの国では彼女の使い道を「王太子の妃にして子を孕んでもらおう」くらいしか思いつきません。そして多少気になる代償があるならば、それだけで即厄介払いされる」
「……金塊に唾を吐き、ドブに捨てるようなことを、……あの国は……」
え、待って。待ってよ。
どんな大きな話になっているの??
渦中真っ只中の私がついていけない中で、今まで見せたことのない冷ややかな顔をして、リチャードがつらつらと言葉を続けていく。
「聖女の異能などそもそも無償だとでも思っているのです、あちらの国では。これまでの聖女が勤勉かつ己の能力を低く見積もらされすぎていたので、聖女を含めた国民全てが、聖女の扱いはこんなもので当然だと思っている。だから私は身分を隠してでも、聖女がどのような能力者なのか、我が帝国に勧誘できないのか探っていたのです」
彼の言葉は冷たいながらも、どこか怒りすら混じっているように感じた。
彼はどうして、私ーー聖女のために、こんなに怒ってくれるのだろう?
居た堪れないような、恥ずかしいような、何だかよくわからない気持ちに襲われる。
「これは、我が国でも彼女の扱いについて熟考していかなければならないな」
皇帝陛下が溜息をつく。
彼に合わせて、重鎮の人々も互いにしきりに頷き合っている。
「私、どうなっちゃうのかしら……」
私が絞り出した独り言に、隣でリチャードがにこやかに笑って応えた。
「大丈夫。帝国をあげて、モニカさんを守るから」
あのー皇弟殿下さま。ちょっとその笑顔、優しいんですけど怖いです。
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