第4話 皇弟殿下と帝国へ

 そんなわけで、国境からはVIP待遇の馬車で帝都まで向かうことになってしまった。


 婚約破棄!!

 (自主)追放!!!

 そして不敬罪!!!!


 すわ断罪!!!!!!


 ーーとなるかと思い、最期手記(ジセイノク)をしたためようとした私だったが、リチャード殿下の軽いノリでそのまま私は不問扱いとなり、それどころかリチャード王子と一緒(タイマン)の馬車で王都に向かうことになった。


「いやー。なんで気づかないんだろうってずっと思ってたんだけど。でも大成功」

「気付く訳ないでしょうざます。わたくしめはまさか、その辺で魔物ズバズバ斬ってぐびぐび安酒(ビール)煽ってる御兄ちゃんが、こここ皇帝陛下の弟だなんて、そんな」

「はは。動揺のあまりに敬語めちゃくちゃだよモニカさん」

「だ、だって……」

「これまで通り、ざっくばらんにリチャードって呼んでよ。せめて二人の時はさ」

「う、うん……リチャード殿下がそれでいいのなら」

「リチャード。はい、復唱して?」

「リチャードさん」

「リ、チャー、ド」

「……リチャード」

「うんうん、それでいい」

 

 リチャードはゆったりと足を組み、私を面白そうに眺めている。

 ツンツンだった赤毛はきちんと湯浴みして整えればサラサラのヴァーミリオンブロンドになり、薄汚れていた肌は滑らかに整い、いかにも皇子様といった風に垢抜けている。


 着古した(そういえばいつも同じ服を着てたな、この人)傭兵服は詰襟に群青色の眩い軍装に着替えて、靴の先までぴっかぴか。


 すらっとした鼻梁の横には二重の幅が広い双眸が形よく収まっていて、瞳の色は国家予算が傾きそうな宝石の輝き。


 確か王宮博物館で見たことがある宝石で、なんて言ったっけ、こういう黄色くてピカピカした宝石ーーそうそう、ファイアオパール!


「青ざめたり思い詰めた顔したり笑ったり、一人で大変そう」

「誰のせいだと思ってるのよ」

「僕だね」

「……いや、そうはっきり認められると、その……はい、八つ当たりです。ごめんなさい」

「まあまあ。今日の正午には皇都に着くよ。兄貴夫婦も歓迎会やりながら待ってくれてるってさ」

「待って!? 皇帝皇妃両陛下揃って歓迎会って、それって」

「だからモニカさんも綺麗な服きてもらったでしょ?」


 リチャードが言うとおり、私は今までの聖女の制服・修道服から着替えて真新しいドレスを纏っている。


 しかしそのドレスのデザインも見たことがないもので、修道服を物凄く豪華にアレンジしたような、まさに聖女といった衣装だ。

 修道服はそもそも労働着だ。

 それなのに、シルクにレースに刺繍にパールに、ここまで飾ったら修道服とはいえないのでは?


「知らなかったなー。モニカさんが薄ピンクの髪だったなんて。銀髪だと思ってた」

「まあ、普段はウィンプルの中に押し込んでたからね」

「修道服も凛々しくてかっこよかったけど、そういう聖女っぽい服もすごく似合うね」

「ありがと」


 生え際だけちらりと見える程度なら銀髪に見えるけれど、髪の毛全体を陽の光の下で見れば淡く桃色がかっている、そんな私の髪色。


 生まれた時は銀髪だったのだけれど、聖女として異能を酷使していくうちにどんどん淡く、毛先の方から色が染まってる。


 だからこそ淫乱ピンクだの、腹黒ピンクだの、陰口叩かれたこともあるけど。私にとって髪の桃色は、頑張って働いてきた誇りの色だ。


 馬車の車窓からそよそよと流入してくる風に靡く私の髪をじっと見ていた彼は、不意に、私に質問してしてきた。


「ねえ、もしかして王都で婚約破棄された時は髪出してたの?」

「? そうよ。だって普通のドレス姿だったもの」

「へーーーーーーーー。僕が知らなかったモニカさんの髪、みんなが見てたんだ。へー」


 台本を棒読みするかのような独り言を呟きながら、リチャードは組んだ足の爪先を揺らす。どこか苛立っている様子だ。

 なんで。この頭の色が、何か嫌だったの。



 こんな風に二人で他愛のない雑談をしているうちに、馬車はどんどん帝都へと向かっていく。


 国境近辺は青青しい山脈の谷間を抜けていく道だったけれど、突然パッと平地が広がり、紅花畑が、遠く地平線まで続いていくのが一望できた。


「綺麗……」


 絶景に目を奪われる私の隣で、彼はどことなく誇らしく景色を見やる。


「そっちの国では、うちの国の恐ろしさばかりが喧伝されていたけどね。それはまあ仕方がないことなんだけど、国中どこでもイカメしい戦乱をやってるわけじゃないよ」


 農家の人たちが、私たちの馬車の列を見て手を止めて、帽子をおろして挨拶をする。その自然な仕草になぜか、とても平和で穏やかな統治を感じたのだった。


ーーー


 帝都に入った瞬間から、あまりに凄まじいことが起こりすぎて私はもはやほとんど何も覚えていない。

 母国の何倍もの規模の大通りに馬車、盛大な音楽隊の歓迎。

 帝国民の皆さんからの熱狂の歓声に、舞い散る花吹雪。


 そして馬車から両手を振って声援に応えるリチャード王弟殿下。

 隣で同じように手を振ることを求められる聖女私ことモニカ。


 なんなの!? 

 いっちゃ悪いけど、地元で私をありがたがってくれたのなんて、前線基地の頼れる騎士団の皆さんと歓楽街の皆さんくらいだったんだけど!?


「熱量の違いについていけない……」


 扱いの差にくらくらしている私に、隣でリチャードが快活に笑う。


「君は能力を過小評価されてきただけさ。たった一ヶ月離れるだけで前線基地が疲弊しきって、魔物の脅威にすっかり恐怖した歓楽街の人たちもどんどん店じまいを決めたくなっちゃうくらいなんだから」

「聖女として防御壁を張ったり、騎士団員に肉体強化をかけたり、回復させたりしてただけよ? 私ができること、多分中級聖女10人もいたらルーティンでこなせると思うんだけど」

「10人分の力があることは認めるんだね、一応」


 そして案内された宮殿で、皇帝夫妻は私を大歓迎で出迎えてくれた。

 皇帝夫妻の年齢は30歳前後、皇帝陛下はリチャード様と同じヴァーミリオンブロンドの長髪に逞しい男性的な体つきをした男性で、皇妃殿下は柔らかな黒髪巻毛を長く伸ばしたしっとりと色っぽい女性。


「ようこそ我が帝国に来てくれた、聖女モニカ。歓迎しよう」

「義弟のやんちゃに付き合ってくれてたんですって? 本当に苦労をかけたわね」

「もったいないお言葉ありがとうございます、皇帝陛下、皇妃殿下……」


 二人は気さくに私をハグして挨拶した。

 この国の文化ではハグとチークキスが挨拶らしい。挨拶一つ、そして容貌一つをとっても文化の違いを強く感じる。

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