第2話 トラウマパーティの後で。
「だけど困ったことになったわね……」
酷い恥辱を一心に受けたトラウマパーティから一週間後。
私は聖女にあてがわれた自室で一人頭を悩ませていた。
正直なところ、王太子殿下にあんな風に言われても気にする程ではない。所詮平民の私が雲の上の存在である王侯貴族に淫乱だの発情聖女だの思われようとも、はあそうですか、でしかない。だってもう他人だし。
ただ問題は今後である。
私がこれまで清らかな身でいられたのも、私の見た目と聖女としての能力に魅力を感じてくださった、あの王太子殿下の後ろ盾あってのものだ(カウント・ストレリツィみたいな男もいたけどさ)。
今後も聖女として生きていくのは、個人的にはやぶさかではない。
この国──コッフェ王国は大陸の西端、半島に位置した縦長の国家で、最西部の海沿いの森は全てSSSレベルの凶悪な魔物の住処となっていて、逆側の東側は帝国に隣接している。
ベルクトリアス帝国は次々と小国を侵略して領土を広げている恐ろしい国だが、ありがたいことに今のところはコッフェ王国とは友好的な関係を維持している。
ベルクトリアス帝国には聖女がおらず、我が国を支配したところでSSSレベルの魔物を制圧することはできないからだ。
また、コッフェ王国は別大陸との貿易の要所でもあるので、征服するよりもコッフェ王国に他国との貿易交渉任せといた方がいいよね~とも思ってもらえているのだ。ありがたい話だ、本当に。
──閑話休題、話がそれた。
とにかく私は、SSSレベルの凶悪な魔物と日夜戦う騎士団の皆さんを尊敬していたし、彼らの力になる聖女という職業にやりがいを感じていた。
それに聖女の異能の副作用である「癒された対象が性欲を催す」というのも、案外悪い効果でも無い。
SSSの魔物の森の近くには、騎士団むけの歓楽街が山ほどある。
催淫効果のおかげで、歓楽街はちょっとした聖女特需が起きていて、すごい勢いで経済が回っているのだ。
成金に土地を奪われた小作人、夫を失った未亡人、親を失った子、老いや怪我で仕事を続けられなくなった人。
そんな人たちの生活を掬い上げる社会福祉制度なんてある訳がない。
そうなると自然と歓楽街はセーフティネットとなり、騎士団もまた、腕に自信がある男たちの雇用先として大切な受け皿になっているのだ。
私はそこで聖女として働いて、みんなを助けられることは幸せに感じていたのだ。
◆◆◆
というわけで、魔物討伐前線基地に私が戻ると、それを聞きつけた歓楽街の皆さんがぞろぞろと婚約解消の慰めに訪れてくれた。
歓楽街のいつもの飲み屋を貸し切って、みんなで残念会パーティが始まる。
みんな、やいのやいのと茶化しながら、私の苦労を笑い話に昇華してくれた。
「聖女ちゃんは確実に処女なのに、王太子殿下って見る目無いなあ」
「まあでも、結婚する前に気づいてよかったよ」
「うんうん。聖女ちゃん可愛いからまた次があるって!」
歓楽街の町内会の皆さん、娼婦酌婦の皆さん、そして前線基地の騎士団員さん。みんなでわいわいとお酒を飲んでいると、気持ちがすっかり楽になってきた。
やっぱり私は王妃様なんて向いてなかったのよ。当然だわ。
「でも……聖女ちゃんがいなくなって気づいたよ。この街はもう、終わりだ」
「え?」
最初はわいわいと賑やかに戻ってきたことを喜んでくれていたみんなだったけれど。
お酒とご飯が進むにつれて、段々と真剣な目をして私を説得し始めたのだ。
「あんたもう、この国離れたらどうだ?」
「え? でも、みんなは……」
私の言葉にみんなが顔を見合わせる。その表情には深刻さが滲み出ていた。
「実は私たち、もうここを離れようと思っていて」
「えっ?!」
「聖女ちゃんが一時的に王都に戻ってた時に悟ったんだ。この森はもう、聖女ちゃんなしに制御できないってね」
「私はまたここで頑張るよ? だから……」
「聖女ちゃん。もし君がこれから病気になったり、怪我をしたり、まあとにかく……働けなくなったら、きっと魔物はあっという間に前線基地も歓楽街も飲み込むだろう。君一人の力に、みんなは頼りきりなんだ」
「……そうだけど……」
みんな、真剣な眼差しで私を見つめている。
その眼差しにはもう何らかの決意が固まっているように感じて、私は胸がギュッとする。
続きを聞きたくない。そう思ってしまう私を前に、みんなは言葉を続けた。
「土台無理がある魔物討伐を、君はよく頑張った。……だからもう、自由になっていいと思うんだ」
ーー何度も何度も傷つき死戦を彷徨いながらも、勇敢に魔物に立ち向かい続けた歴戦の傭兵さん。
「そうよ。あたしたちだってたくさん儲けさせてもらったから、別の土地で普通の女として働いていけるわ」
ーー夫を失って泣きながら歓楽街に来たけれど、一生懸命働いて笑顔で頑張っていた娼婦さん。
「聖女ちゃんも普通の女の子になって。死ぬとか生きるとか、そんなギリギリじゃ無い場所でさ」
ーー貴族の屋敷で虐待されて、命からがら前線基地に逃げてきていた優しい傭兵さん。
「王太子にそんな思いさせられたんなら、もう守らなくていいのよ」
ーー私が婚約すると伝えた時、泣いて喜んでくれた女騎士さん。
「みんな……」
涙がぼろぼろ溢れて、私は何も言えなくなってしまった。
前線基地で仲良く頑張ってきた仲間、そんなみんなが優しく私を前線から解放してくれている。
私は気づいてしまった。みんなのために頑張る聖女がやりがい、なんて嘘だ。
私はみんなと一緒に元気に魔物討伐して、お酒を飲んで笑う、このあったかい場所が帰る場所だったんだ──。
そんな時、騎士団員の一人が飲み干したジョッキをどん、と置いた。
「ねえ聖女さん。よかったらうちの国に遊びに来ない?」
「え……?」
赤毛を短く切った彼は、前線基地で最も戦果を挙げてた騎士団員の一人だ。ヤボったい古着と鎧を着ているけれど、背筋が伸びて笑顔が明るくて、老若男女みんなに慕われている良い人だ。
名前は知らない。前線基地と歓楽街では、本名を言い合わないのが約束だから。
「僕、本当の事言うとこの国の人間じゃないんだ」
「え、そうなんだ」
そう。
騎士団といえば他国では、「騎士道精神あふれる貴族の子息が入団している」ってイメージかもしれない。
けれど実の所、前線基地で戦いたいなんて願い出る貴族子息なんてそう多くない。そのため騎士団員には実力主義で雇われた傭兵も結構多いのだ。
国外出身の傭兵でも、実力さえあればそれなりの報酬を得られる貴重な職場だ。
「外国の方だったのね。どちら御出身なの?」
「帝国」
「てっ」
私は言葉を失う。
動揺は私だけではないようで、場にいるみんなが石になったように固まっている。
「あー、みんなドン引きしてるでしょ?」
彼は人懐っこくケラケラと笑って、再びビールが注がれたジョッキを美味しそうに傾ける。
「聖女さんの能力に興味があって、来てたんだ。ほら、帝国って聖女いないでしょ?」
「まあ、……そうね」
「もしこの国を出るのなら、帝国に一緒に来て、兄貴夫婦をなんとかしてくれないかな」
「なんとかって、何?」
「世継ぎ作らなきゃいけないんだけど、仕事のストレスで二人とも全然出来なくってさぁ。魔導医師の診察でも、二人の生殖能力は確かめられているから、問題はストレス性不能と生理不順だけってわけ」
「なるほどねぇ……」
私は腕組みして考える。
「確かに、生殖能力が損なわれているのなら魔導医師がなんとかできる事もあるわ。子宮外妊娠できる魔導子宮を形成したり、本人の倫理的にOKならホムンクルス作ったりとか。でも魔導の力で命を授かるのは夫婦共に命を落とすレベルで魔力負担が大きいものね。お兄さんご夫婦のためにも、そりゃあ私が必要だわ……」
「飲み込みが早くて助かるよ」
彼は人懐こい金色の瞳を細めて笑う。
「んじゃあ、明日にはここを発とうか」
「えっ早くない!?」
「えー。みんなの新天地での繁栄と、僕と聖女さんと兄貴夫婦の成功と幸せを祈って~」
勝手に乾杯の音頭を取り始める彼。周りのみんなも酔っ払った勢いで、立ち上がって笑顔でジョッキを掲げた。
「ほらほら、聖女さんも」
「えっ、あっ、う、うん」
私もジョッキを抱え上げる。そしてみんなで景気良くジョッキを打ち鳴らした。
「「「「「「乾杯!!!」」」」」」
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