婚約破棄だ、発情聖女。
まえばる蒔乃
第1話 婚約から5分で破棄
「君と婚約破棄する。この発情聖女め」
今夜は王太子殿下との婚約を発表する特別なパーティだった。
待って待って。私、5分くらいしか婚約してなくない?
混乱する私は何も言えない。他の人も何も言えないのか、ホールはしんと静まりかえっている。
ぽん…とうっかり音を立てたらしいピアノの音さえ、天井に反響して大きく響き渡る。
玉座から一段下がった席で、青筋を立てた王太子殿下が、切り揃えられた金髪をばさり、とかきあげて私を指さした。
「私は聞いていなかったぞ。聖女という存在が周りの人間たちを催淫する能力があるなどと!!」
「え、ええと……」
「魔物討伐で屈強な騎士団の男たちと一緒に前線で聖女としての力を振るい続け、それで周りが催さないわけなかろう。そしてそこで、間違いがない訳がないだろう!!!!」
「あー……」
王太子殿下が言ってるのは、半分アタリで、半分違っている。
「確かに殿下。聖女のもつ超回復能力は、生物の生存本能に強く作用し自己治癒力を高めて癒す異能です。その結果確かに、代償と言いますか、副反応でその、性的に昂ることはあると言われています」
「認めたな! 非処女の癖して私の妃になろうとするなんて言語道断! 婚約破棄だ!」
「お待ちください。私は下半身の規律正しい騎士団の皆様にしっかり貞操を守られておりました。彼らがそのような過ちを許すはずがありません」
「うるさい! 私はわかる、その声は明らかに男を知った声だ! 汚らわしい!」
ざわざわと場がざわつく。
全体的に、王太子殿下の酷い物言いに引いている人が大多数だが、同時に私を庇ってくれる人こそいない。
なぜならばここにいるのは王侯貴族だけで、平民は私だけ。
聖女としての功績を認められ、1時間ほど前に公爵家と養子縁組のサインを交わし、承認を得ただけの存在だ。
彼ら彼女らの視線は、
「確かに王太子殿下は無茶苦茶なことを言ってるけど、平民だしなあ……」
「平民に王妃になられるくらいなら、王太子殿下に同意しておいた方がマシだわ」
という空気一色だ。辛い。
そんなパーティで着飾った貴族たちの中、ニタニタと汚い笑みを浮かべている猫背の男と目が合った。
歯も磨いてない唇がニチャァと開いて、私に「ざ・ま・あ・み・ろ」と告げる。
こいつか〜。
その猫背男はカウント・ストレリツィ卿。
性根がねじ曲がった被害妄想が強すぎる割に言うことばかりがでかい男で、よく
「でかいチャンスを掴んで俺はいつか成り上がる」
なんて言っているくせに、やれ「前線で戦うのは嫌だ」だの「皆が俺をチームから外す!いじめだ!」だの言ってくる男だ。
前線で戦いたくないなら補給隊でもいいと他の人が言えば怒るし、かといって何をいっても怒るから単独でできる仕事を任せたらハブられたとか言うし。しんどくない?
それでも私は、前線で戦う騎士はみんな仲間だと思って、みんなと同じように親切にしていた。
ストレリツィ卿も一応、例えばそれでもちゃんと仕事に来たり(逃げ腰だったけれど)、彼なりには必死に頑張ってるんだなー、きっと対人スキルがないだけでいい人なのだろうなーと受け止めていたのだ。
しかし。私が甘かった。
彼は何を思ったのか、いきなり私に壁ドンしてキスを求めてきたのだ。
「なあ、好きなんだろ? 俺のことが好きなんだろ? じゃあキスさせろよ」
「やめてくださいストレリツィ卿。一応、私今王太子と婚約の話が進んでますので……」
「お、俺のことを馬鹿にしやがって!! 平民の癖に!! 訴えてやる!!!」
「あ、あー……」
こんな顛末があったので、絶対なんか報復してくるだろうなと思ったらこれだよ。
そして王太子殿下もすっかりカウント・ストレリツィ卿の言葉を信じ込んでしまっていた。
王太子殿下は王位継承権ダントツ1位。
男兄弟もいないため、今後は年功序列的にすとんと玉座に座れる男だった。
良くも悪くも温室育ち、苦労知らず、清らかなものしか見たことの無い深窓の令嬢みたいな男。
そんな王太子を心変わりさせるには、私の聖女としての能力の
「……そうですね。元々、王太子殿下との婚約など、私には不相応でしたし」
私はため息をついて、そして全体をぐるりと見回す。
そして王太子殿下と、彼の後ろで疲れた顔をした国王夫妻を見つめた。
実の父のように可愛がってくださった国王陛下。平民の私を必死で王妃教育してくださった王妃様。二人の困った顔を見ていると、私の胸はずきんと痛む。
二人も善人だったのだ。王太子教育は、ちょーっと、甘いけど……
私は王太子殿下に向き直った。
「かしこまりました。婚約破棄承ります」
「ほら見たことか! やっぱり爛れた肉欲の宴を開いていたんだ! お前は!」
「……私は潔白ですが、この場を白けさせてしまったこと、王太子殿下のお気持ちを傷つけてしまったこと、全て私の咎です。追放処分も受け入れさせていただきます」
「はあ? 追放なんてしてやる訳ないだろう」
王太子様は砕けた言葉遣いで言い捨てます。
「お前は今後とも、平民の発情聖女として我が国を魔物の脅威から守ってくれ。以上」
おいおい。私は今後もこの国を守り続けなきゃいけないのかよ。
私は居た堪れない気持ちのままパーティを去り、そして王宮に与えられていた聖女専用部屋に戻って、ちょっと泣いた。
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