第3話 駅
駅で滉平と分かれて、僕は最寄りの無人駅までの電車に乗る。下校もこの時間を逃すと一時間ほど電車が来ない。いつも滉平の部活を待つのはこの時間がジャストだからという理由もあった。
――そういえば、朝の人。明日もいるのかな。
日中、ずっと滉平と過ごしていたから忘れていたが、朝の男性のことを思い出した。車窓から見える景色が徐々に畑に変わっていくのを見たからだろうか。
車内にその姿はなく、もうひとつの車両かな、とか、一緒のダイヤルの電車に乗っているわけがないのに探してしまう。
最寄りに着いても、他に降りる人はいなかった。
「会えるわけ、ないよね」
――ジュースでも買って帰ろう。
少しだけ寂しい。カバンから財布を取り出しながら歩くと、まさかだ。自動販売機と見つめあっている朝の男性がいた。
横顔もシュッとしていて、なんてかっこいいんだ、と見とれてしまう。滉平とはまた違った耽美な様子だ。
彼はしばらく自動販売機を見つめたあと、二本の指でボタンを同時に押した。
どちらを買うか迷っている時にやるタイプの人のようで、見た目のクールさとのギャップに少し笑ってしまった。
「あ……今朝の」
「あ、ごめんなさい……」
「いやいや、いいよ。恥ずかしいところを見られちゃったな」
男性はベンチに腰掛け、僕に手招きをした。
「朝はごめんね。君、篠塚高校だよね、その制服」
「えっ……はい」
男性はトマトジュースを飲みながら話しかけてくる。そうだ、と、トマトジュースをベンチに置くと、みずからお金を取り出し、何がいい?と聞いてきた。
――いや、え? 話をするの……? なんで?
「そんな、大丈夫です! 自分で買いますから……」
「俺とお話することは大丈夫なんだね」
「えぇ!?」
ふふ、とイタズラに微笑むその表情もまたやさしさをどこかに潜ませているようで。吸い込まれそうになる。
男性はトマトジュースの隣にあったフルーツオレを買うと、僕に差し出した。
「ありがとうございます……」
口を開けるとプシュ、と音が鳴る。
ひとくち飲むと、肌寒い中での冷たい飲み物が一段と冷えを感じさせた。
「それ、好きなんだよね。ひとくちくれる?」
「ひとくちというか、……僕のお金じゃないですし」
「ひとくちでいいから」
なかば強引にも缶を奪われ、彼は本当にひとくちだけ口に含むと、男らしい喉仏を鳴らしてから僕に缶を渡した。
「うん、やっぱりおいしい。俺、
そうか、だから読書家なんだ。と答え合わせをしているより、無人駅のベンチに男ふたりで腰かけてジュースを飲んでいる状況がわからない。それに会話をするのだって今朝が初めてだった。
「今日からこっちに勤めることになったんだ。明日からも会えるね」
――会えるね、って……。
嬉しいとか、わからない。だってこの人が何を考えているのかまったく想像できないし、この状況にドキドキしている自分がいるのも理解できなかった。
「ねぇ、こっち向いて」
「はい?」
頬に冷たい手のひらが触れる。そこから熱が伝うように広がり、すぐ近くにある尚嗣さんの顔を見ていられなくてぎゅっと目を閉じた。
――なにこれ……、なんで?
「……ふふ、かわいいね」
「えっ!」
目を開くと、綻んだ笑顔がそこにあった。そういえば、滉平にもかわいいって言われたな、今日。なんて考える。
「か、からかうのはやめてください」
「からかってないよ、本当にそう思っただけ。キスしそうになった」
「キッ……」
一周して、何か思い詰めてるのではないかと感じた。だがこの人の笑顔や言動はきっと芯から来ているものなのだと本能がそう言っていた。素直、というか、正直に生きている感じがした。
「それじゃ……僕は帰りますね」
なんだか気まずくて腰をあげる。と、がっと腕を掴まれた。
「待って、名前は?」
「えっと……尾上葵です」
「ありがとう」
「……?」
尚嗣さんはふっと微笑んで手をひらひらと振った。なんだか気恥ずかしくて、僕はぎこちなくお辞儀をしてその場を後にした。
――なんだ、これ。心臓が、はやい。
自然と足早になる。
こんな感情は初めてで、なんと呼ぶのだろう。滉平なら知っているのだろうか。
「――もしもし、……滉平?」
「なんだ、葵か。どうした?」
「……苦しい」
「は? おま、どこにいるんだよ」
電話の向こうでガタガタと音がする。ちがうんだ、滉平。そういう、苦しいじゃない。ちがうんだ。
僕は無言で電話を切り、あと少しの家まで走った。
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