第13話 こちらの皆/あちらの笹夜

「先生ありがとうございます~!」

「あら、こういうのも顧問の役目よ。まぁ三人とも悪い人たちじゃないから、水野さんもそのうち許してあげてね」

 あ、そうだ、と何かを思い出した風に多田はポンと手を合わせた。

「そうそう、今日ね、ごめんなさいなんだけど、私もうすぐ帰らないといけないのよ〜。それでね、あと十五分くらいでここ閉めたいんだけど、みんな協力してもらえないかしら?」

「はい、わかりました! ご協力いたします!」

 水野は、いの一番に元気に答えた。多田はありがとう、と水野に笑いかけながら他の三人を見やる。

「わかりました。十分以内に引き上げます。私が今鍵を持っているので、部屋を閉めた後職員室まで持っていきます」

「ありがとう杯賀君、助かるわ〜! じゃ、あとよろしくね~」

 多田は慣れた手つきで猫でもあやすようにするっと水野を引っぺがすと、すたすたと職員室へ戻っていった。

「よし、そうと決まればさっさと帰ろうぜ」

 早旗が全体にそう声をかけ、四人は帰り支度を始めた。

「多田先生やっぱ優しいな~」

 水野が、優しく扱ってくれる多田先生に心を打たれながらバッグを背負っていると、杯賀が声をかけてきた。

「俺と早旗は相良の片づけを手伝ってから帰るから、水野は先に帰っていいぞ」

「え、私も手伝いましょうか?」

 杯賀の肩越しに、早旗と相良がごちゃごちゃに絡まった針金や紐と格闘しているのが見える。

「いや、大丈夫だ。いじり倒した挙句、片付けに付き合わせたとなったら、いよいよ多田先生に何言われるかわからんからな」

「そうですね、私としては詰められるお三方さんかたを見てみたい気持ちもありますが」

 挑戦的な目でこちらを見上げる水野を見て、杯賀はまたしても口角を上げる。

「勘弁しておくれ。じゃ、気を付けて、また明日。お疲れ様」

「お疲れ様でした! 早旗さんと相良先輩もお疲れ様です~!」

「おう、お疲れ舞湖ちゃん~……だからコードクリップでも買えって何度も言わせんなって」

「水野ちゃんお疲れ!……だから部費で落としてくれたらいつでも買うって言ってるじゃないですかぁ」

 仲のいい二人のやり取りを聞きながら杯賀にお辞儀をして、水野は靴箱へ向かった。

 水野が帰るのを見送ってから、杯賀は部屋のドアを閉める。くるっと振り返ってドアを背にした杯賀は、早旗と相良に声をかけた。

「二人ともちょっといいか。さっきのことなんだが、ちょっと協力してほしいことがあってな」



 ~*~*~*~*~



「美代ちゃんただいま~」

「道也さんお帰りなさーい、妃与もお帰り」

 笹夜は「ただいま」とぼそりと言うと、カウンターに置かれてあった自分の夕食を近くにあったトレーに載せた。

「上で食べるね」

 美代にも道也にも目すら合わせず、笹夜は自室がある二階へと、階段を上って行った。

 笹夜の母、美代は、家の一階を改装してバーを経営していた。二階部分は居住スペースとなっており、笹夜は実母の美代と、血のつながっていない父、道也の三人でその家に暮らしているのだった。

 二階へ上がる笹夜の背中を見送って、道也は吐き捨てるようにして言った。

「愛想のねぇ奴だ」

「まぁ、そういう歳頃なんじゃないの?」

 美代は冷蔵庫から出した麦茶をグラスに注ぐと、道也の席の前に置いた。

「それか、あんた妃与に変なことしたんじゃないでしょうねぇ?」

「ま〜さか、んなわけないだろ? 俺はいつだって美代ちゃん一筋さ」

 そう言うと道也は美代にキスをした

「ンンん……もう、ダメだって、早く夕飯食べてお店開けないと」

「ちょっとくらい遅れたっていいだろ? 妃与も上行っちゃったしさ、ほら……」

「…………」

 飲み物を取りに、カウンターのすぐ脇まで戻ってきていた笹夜は、くるりと踵を返すと、色ボケで騒がしい店内とは裏腹に静かな階段を、電気をつけないまま忍び足で上がっていった。

(水筒の残りで足りるかしら)

 笹夜は自室に戻ると、制服をベッドに投げつけるようにして、バサバサッと脱ぎ捨てた。リュックから水筒を取り出して耳の横で振ると、ちゃぽちゃぽと音がした。

(よし、一食分ならなんとかこれで足りるわね)

 笹夜は下着姿のまま椅子に座った。下から微かに響いてくる喘ぎ声か何かをかき消そうと、笹夜は卓上にあったラジオを付けた。

「ラ~ラララララ~~ラ ラ~ラララララ~ラ♪」

 東南アジア系の民謡みんよう音楽とでも言うのだろうか。聞きなれないメロディで『インド雑貨専門店』などで流れていそうな音楽が流れた。

(これはFMというよりAMの選曲だろうか……まぁなんにせよ、カレーを食べるにはぴったりの曲だわ)

 そう思いながら笹夜はカレーを口に運んだ。

「はっハフっあつっ……もっと水が欲しいって、私もあの二人と変わらない、か」

 笹夜は水筒を勢いよく傾け、ゴクリと喉を鳴らしてぬるい茶を飲むと、勢いよく次のさじを口に運んだ。カレーは辛口だった。


 ~*~*~*~*~*~


「おい妃与。忘れてただろ、麦茶持ってきたぞ」

 道也が笹夜の部屋に入ると、笹夜は窓枠に手をついて立ち、後ろから扇風機の風を体に当てて、カレーで火照った体を冷ましている所だった。

 バッと振り向いた笹夜は、すぐ脇のベッドにあったタオルケットを素早くつかむと、体全体を隠すように手繰たぐり寄せた。笹夜は制服を脱いだまま、まだ着替えを済ませていなかった。

「そこに置いて早く出て行ってください」

 道也はグラスの麦茶を笹夜の机の上に置いた。カレー皿は綺麗に平らげられており、横には空の水筒が転がっている。

「……なぁ妃与、お前、俺に対する態度が良くないんじゃないのか?」

 いつもはすぐに退散するはずの道也が、今日はどうしてか机の端に腰をもたせ掛けると、笹夜の構えたタオルケットの凹凸おうとつをまじまじと眺めた。

「……セクハラです。母に言いつけますよ? 出て行ってください」

「おいおい、俺はまだ何もしちゃいないし、俺からは何もするつもりはないよ。書面上はお前の父親だぜ? 美代ちゃんはもうお店開けたよ。今頃早めの客が入りだしたころじゃないかな」

 道也はぐるりと笹夜の部屋を見回すと、脇に置かれてあったバッグを見つけ、手を伸ばした。

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