第8話 解決と連行

「さぁ、そうと決まればさっさと解散して、みんなクラスマッチ行ってきなさい。槙田君は樹波君の付き添い、一応お願いできるかしら」

 槙田の「分かりました」という返事を皮切りに、男子三人はそれぞれが動かしていた机や椅子を元の場所にガチャガチャと片付け始めた。多田は椅子に置いていた手を水野の肩に置き変え、ポンポンと叩いた。

「水野さん、前の試合でミスをしてしまったって木藤さんから聞いたわ。気を落とさないで。スポーツは、どの順番であれ、結局最後にミスをしてしまった人のミスが、勝敗を分けるの。そうなれば、あとは誰が最後にミスをしてしまうかってだけの問題。誰が最後にミスをしようと、チームの負けは変わらない。あなたがミスをしなくても、他の誰かがミスをしていたでしょう。だから、水野さんは自分のミスを気にする必要はないと、私は思うの。私が “最後のミス” を被ってやったんだぞ、みんな感謝しろ! くらいの強い気持ちで居ていいと思う。この話が100%正しいとは言わないけど、でもそういう考え方もあるって、覚えておいて」

 水野は椅子に座ったまま、小さくコクリと頷いた。完全に無くなったわけではないが、心なしか気分のもやが晴れやかな方に向かっている気がした。「じゃあ私は日誌書かないといけないから」と、多田は背を向けたまま手を振って、職員室へと階段を下りて行った。

「槙田、樹波をよろしくな」

「はい、わかりました」と律儀に返事をして、槙田は樹波に連れ添って階段を下りて行った。水野は座っていた椅子を元の壁際に戻した。杯賀は水野を待っていたようで「お待たせしました」と言う水野と共に階段を下りた。しばらく流れる無言の時間に少し気まずさのような、何かしゃべらなくちゃ、というような気持ちを感じ、水野は無意識に左手をムニムニと揉んだ。

「なぁ水野、気になってたんだけど、お前左手腫れてないか?」

「え?」

 水野が左手を顔の前まで持ってきてよく見てみると、確かに左親指の付け根辺りが、小さくはあるが、ぷくりと赤く腫れていた。

「あ、ほんとだ」

「来た時からずっと、左手を掻いたり揉んだりしてたから、もしかしてと思ってな。バレーボールと言っていたっけ? トスの当たりどころでも悪かったんじゃない?」

「……そうかもしれないです」

 心当たりしかない水野は「はぁ」と分かりやすく、だが怪我にしては重々しいため息をついた。

「まぁ運動してればそれくらいの怪我はするさ。……保健室の場所わかる?」

「あっ、まだ知らないです保健室の場所! ここからどう行ったらいいですか?」

「そんなに遠くも難しくもない。ここをまっすぐ行って……」

「あ、杯賀じゃーん」

「よう杯賀!」

「おまえ~、彼女とぅっサボりかよ?」

 杯賀の後ろから体格のいい男子生徒が駆け寄ってきて、ガシッと杯賀と肩を組んだ。杯賀はよろけつつも立て直し、そいつを見て、チラッと後ろも振り返った。

「あぁ、岩下と……溝戸と長岡か、よぅ。この子は彼女じゃなくて同好会の後輩だ。男女の二人組を見てすぐに恋仲と決めつけるのは邪道だぞ」

 水野が振り返ると、杯賀の知人らしい男子が二人、立っていた。岩下と呼ばれた、杯賀と肩を組んでいる男子が言う。

「ちょうどいいわ、お前どうせいつものサボりだろ? さっきのピーポー聞こえた? 坂田がデッドボールで搬送されてさー、今一人足りねえのよ。頼む、次の試合入ってくんね?」

 岩下は杯賀の前に回り込み、「頼む!」と、両肩をグッと掴んで頼み込んだ。

「すまんが断るよ。多田先生から公認ももらってるし」

「その多田先生から許可貰ってんだよ。拒否権ねぇし、連行な! みぞっち、左腕頼むわ。俺右腕担当~」

 そう言って岩下は杯賀の右腕をガッと掴んだ。溝戸はササっとすばしこく、杯賀の右から前に回り込んだ。杯賀は何かを悟った様子で、観念したかのように静かに言った。

「あ、おい、ロズウェル事件の宇宙人じゃねぇんだぞ」

 溝戸は杯賀の左腕をガッと掴み、岩下と一緒にズルズルと杯賀を後ろ向きに引きずって歩き始めた。ずっと後ろで見ていた長岡が三人の脇をスッとすり抜け、水野の元まで来た。

「ごめんね、杯賀借りていくよ」

「あ、はい、どうぞ」

「どうぞ!? おい水野っ!」

 岩下と溝戸と長岡は、抵抗する杯賀をたやすくねじ伏せながら、杯賀をどのポジションに入れるかガヤガヤと議論を始めた。

「杯賀細いけど意外と運動得意だろ? サード辺りでいいかな」

「や、サードは佐竹が上手いからさ、やらせるならみぞっちと交代でセカンドを……」

 さっきまで自信満々に議論をしていた杯賀が、あまりにもあっけなく体育会系の男子たちに引きずられていくので、水野はおかしくなってつい笑いそうになってしまった。

「わかった、歩く、自分で歩くって。あー、もう。水野、そこまっすぐ行って階段下りたら、右手が保健室! ちょ、おまえら力強いって。」

 引きずられながらも必死に保健室の場所を教えるシュールな絵面に堪えられず、水野はバレないように後ろを向き、手で口を押えて必死に笑いを押し殺した。

 男子四人のわらわらとした声が遠ざかり、ようやく笑いが治まった水野は、ふぅと一息つき、保健室に向かった。廊下を進みながら今の出来事を思い返し、水野はふと不思議なことに気が付いた。

(杯賀さん、あれだけクラスマッチ嫌がってたのに、引きずられてくのまんざらでもなさそうだったなぁ)

 連られて、保健室の場所を指差す杯賀の雄姿ゆうしを思い出した水野はフフ、と口元をゆるませたまま、てくてくと廊下を進んで行くのだった。

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