第7話 ミッス・介入

 水野は槙田の言った結論を頭の中で噛み砕きつつ、答えた。

「えぇ……はい、なんとなく。えーと、つまり『クラスマッチでは、運動が不得意な人でも楽しめるように、みんなが気配りをすることが大事です』って話ですよね? 小学生みたいな解釈になっちゃいましたけど」

 三人の男子生徒は非常に優しく噛み砕かれた結論になごみつつ、「いい解釈だね」と小さく拍手を送った。水野も自身の解釈に改めて、何となく納得がいった感じがして、ふんふんと小さく頷いた。

(なんか、国語の授業のパネルディスカッションみたいだなこれ。でも、この結論が実現したら、私はもう少しクラスマッチを楽しめたのかな)

 水野はまたしても胸がキュッと——今回は前よりも軽いが——詰まるような感覚がして、左手で作ったこぶしを右手でグッと押さえた。

「ところで皆さんっていつもこんな感じで議論してるんですか? 『報われない者たち』ってそういう集まりなんですか?」

「いや、そんな毎度毎度議論してるわけじゃないよ? 相手を言い負かしたいとかバチバチの議論をしたければディベート部にお行きって感じかな。それに、これも正式な議論と比べれば素人レベルの話し合いの域は脱しないだろうし」

 槙田の説明に、杯賀が補足を加えるように口を出す。

「俺たちは、日ごろ自分たちが気づいた『これってなんでだろ?』をそのままにしないで、出来る範囲で話し合ってみてるだけだよ。例えば今回で言うと、『なんでクラスマッチに出なきゃいけないんだろうね?』とかさ」

 そこまで言った杯賀は、ギクッと何かを見つけた様子で目を見開き、またしても『弱ったなぁ』という表情をして、プイと壁の方を向いた。

「あくまで『報われない者たち』は雑談ベースの同好会であり、各々が協力し合いながらそれぞれのやりたいこと、言いたいことを自由な形で表現、昇華、発散するための集まりです。間違っても下級生の女の子をクラスマッチをサボらせるような集団じゃないと私は思ってるんだけど、そこらへん皆どうなのかしら?」

「「多田先生!?」」

 水野がビクッとして振り返ると、数段下の踊り場で多田が腕を組み、仁王立ちして四人がいる方を見上げていた。多田は水野のクラスの担任である。後に知ることになるが、教員 多田清実ただ きよみは、同好会『報われない者達』の顧問を担っていた。

「水野さん、『次の試合の時間になっても戻らなかった』って、木藤さんが心配して伝えに来てくれたの。もしかしてと思って来てみたら」

 水野は「すみません」と平謝りした。コツコツと階段を上ってきた多田は水野の横に立ち、槙田、樹波、杯賀を順々に見回す。槙田と杯賀は目を伏せ、樹波は能天気に笑って多田の方を見ていた。

「ちょっとだけ聞いてたけど、相変わらずあなたたちは小難しい話が好きなのねぇ〜。これはあくまで私の意見だけど、私は、あなたたちこそクラスマッチにだと思うわ」

 杯賀と槙田は反省の色を浮かべつつも、『ほぅ? 何を言い出したかと思えば “参加するべき” だと? その心は?』と言いたげに好奇心で目を光らせながら、顔を上げた。

「結論を言うなら、? ってことよ。私たちも『運動が得意な生徒による不得意な生徒の仲間外し』については認知してるし、注意喚起したこともあるけど、不甲斐ないことに、どうしても目が行き届かない部分はあるの。だからこそあなたたちのような、人の痛みがわかる生徒が参加して、仲間外しを目撃したら注意するとか、運動が不得意な生徒のミスを責めるような空気を叱るとか、そういうことを率先してやってくれたらなって。大多数の生徒がそれを出来ないのは、っていうところも大きいだろうし。それにやっぱり『気分転換とはいえ試合は試合、勝ち負けのためにやれることならなんでもする』って意見もあるくらいだからね。勿論、あなたたちにも生徒としての生活があるでしょうから、無理にとは言わないけどね」

『なるほど、確かに一理あるし、やれたらやります』という顔で、槙田と杯賀はコクコクと頷いた。





 ~幕間~


 ——ある二人のチャット履歴


『抹茶のリスト確認しました、ありがとう。基本的にこれに沿ってやっていきましょう。あと、めちゃくちゃ装飾凝られててびっくりしたよ。』[21:22]

『ありがとうございます。中学の時に美術部で、マステとかペンとか、色々あったので使ってみました。』[21:30]

『なるほど、じゃあどちらかというと得意分野なわけだ。』[21:31]

『大した腕でもありませんけど、多少は……』[21:32]

『その腕を見込んで、一つお願いしたいことがあります。ウチの広報担当やりませんか?担当って言ってもそんな難しい仕事とか大きい責任が降りかかるわけではなくて、俺と早旗が毎月出してるウチの同好会の活動報告書をデコってくれない?という話です。』[21:34]

『デコるって、マステ貼ったりちょっと絵を描いたりって感じですか?』[21:35]

『そうそう。なんなら落書き程度で全然大丈夫。毎月B6サイズで、報告書の表紙をデザインするだけ。用紙はこっちで用意するし、ほんと、遊びで絵を描く程度の気持ちでやってもらえたら、美的センスのビミョい俺と早旗としてはすごく助かる。』[21:36]

『わかりました。そんな大それたものは出来ないと思いますが、やってみます。』[21:38]

『ありがとう!得意を活かせる場はに越したことはないからな。早速これまでの表紙なんだけど……』[21:40]

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