第6話 シャープ・ミッス・インシスト

「なんか……確かに杯賀さんの意見は私としても、本当にすごく共感できるんですけど、何と言うか、少し違うような気もしていて」

「ほぅ、水野には少し違って聞こえたか。意見が違うのはいいことだ。ぜひその違和感を教えてくれないかい?」

 杯賀はゆったりと構え直し、優しく聞き返した。水野はしばらく手許てもとを見つめて頭を整理していたが、やがて杯賀に向かって、ゆっくりと話し始めた。

「えっと……たぶんその、勝ちに貪欲で仲間外れを作る人たちって、一部の少数だと思うんです。そして、その被害に遭う人も。それから、運動が苦手な人も、少数ではないにしても、決して多くもないと思うんです。むしろ運動が人並みに出来る人が大半だと思います。そうした場合、さっきのコンセプト①と②を破綻させずに、クラスマッチを普通に楽しめる人が、基本的には過半数を占めると思うんです。つまり、人間全員の意見を合わせることは出来ませんし、過半数に通用するコンセプトなら、いいんじゃないかなぁと。だから、無意義なのはあくまで少数に当てはまることで、過半数にとってはクラスマッチって有意義なものなんじゃないですかね? 勝てばなんでもいいって人もいるでしょうし」

 杯賀はうんうんと相槌を打ちながら聞いていたが、最後に大きく「ほーん」と相槌あいづちをうって顎に手を当て、背もたれに寄りかかった。杯賀が槙田を見ると、槙田も同じような反応で水野の意見を咀嚼そしゃくしている様子で、一点を見つめてパチパチとまばたきをしていた。

「……いい意見だ。俺も槙田も、一部の少数を嫌うあまり大多数の視点をないがしろにしていたかもしれん」

 杯賀は顎をトントンと叩きながら続けた。

「そう、確かに水野の意見は一理ある。大多数がコンセプト①と②を達成しているなら、クラスマッチを無意義と言ってしまっている俺の意見は少し厳しい考え方になるだろう。しかし同時に、そうして『大多数がコンセプトに沿っているならいいじゃん』という見方をしてしまうと、少数の嫌な思いをしている者たちが可哀そうというか報われないというか……とにかく、少数をないがしろにしているようにも見えてしまう、という弱点があるように俺は思える」

「はい、もちろんそれはそうです! そうなんですけど、当然私は嫌な思いをしてる一部の人たちを蔑ろにする気はないです!」

 慌てて説明する水野に、杯賀はまたうんうんと頷きながら言った。。

「うん、そうだね。水野は少数を切り捨てるような考え方はしないだろうなって思ってるよ、うん、そこは大丈夫。ごめんね、決して水野を批判してるわけじゃないからそこは安心して。ただ……」

 杯賀はいわゆる『落ち着いて』と人をなだめる時の仕草で両のてのひらを水野に見せると、フッと槙田に顔を向けた。

「……槙田、これってやっぱり『見て見ぬふりして自分の立場に甘んじてる大多数』の問題になっちゃうかな?」

 ずーっと眼をパチパチさせていた槙田は、ゆっくり杯賀の方を向くと、ゆっくりとしゃべった。

「……はい……今考えてたんですけど、大多数はコンセプトに沿ってるからクラスマッチはセーフらしい、という視点に立つと……あっ、水野さんの言ってくれたこの視点は鋭い視点で僕もいい意見だと思うよ。それで、その視点に立つとすると、やはりコンセプトを達成している大多数が、残りの少数もコンセプトを達成できるようにアクションを起こすのが責務せきむになってきちゃう気がしますね。例えば、悪意のある『お前は次の試合休憩してろよ、運動得意な俺が出るから』って行為を注意して辞めさせたり、運動が苦手な人がミスをしても全然OKって雰囲気を作ったり……そういった、『運動が不得意な者が嫌な思いをしない』ような配慮が、普通にコンセプトを達成できる大多数には、そして特に運動が得意な人たちには、求められてるんじゃないですかね?」

 杯賀はフフッと笑いながら言った。

「てことはやはり、運動が得意なくせに運動が不得意な者を除外しようとする輩はクズだ、という話になるか」

「わー、杯賀さん差別主義者だ~!」

「なんだって?」

 樹波の言葉に杯賀は一瞬怖い顔をして、ジッと樹波を睨んだが、すぐに『弱ったなぁ』という顔になり、ポリポリと頭を掻いた。その様子を見て、槙田が援護射撃をする。

「それを言ったら樹波さんだって、そうやってすぐ決めつける部分は差別主義的なんじゃないですか?」

 槙田の指摘に樹波は「エェ~心外だなぁ~」とケタケタ笑った。

「いや、樹波の指摘も一理ある。責務不履行すなわちクズと言ってしまうのは、確かに差別主義的な無意識から来るものかもしれん。……だがもし、少数の気持ちも考えず、ただ自分たちだけが楽しい思いをして『試合には勝ったんだからいいだろ?』とのさばってるような輩が居るとしたら、それは『他人への配慮がクズレベルに低い』、略して『クズ』と言ってもいいんじゃないか?」

「ちょ、杯賀さんそこまでクズにこだわりますか?言いたいことわかりますけど、そこまで行くと流石に屁理屈ですよ?」

 杯賀の「あ、バレた?」の一言に、三人の男子はケラケラと笑いあった。水野はイマイチ面白さのツボがわからず、とりあえず困った感満載の笑みを浮かべた。それを見た槙田が、オホン、とわざとらしい咳をする。

「もうほら、滑らかに脱線するもんだから水野さんが置いてかれちゃってますよ。一旦落とし込んじゃいましょう。『クラスマッチに意義はあるのか?』でいいですかね? このテーマに対しての結論は、『運動が人並みに出来る大多数の生徒には意義がある。しかし、クラスマッチのコンセプトを達成できていない少数の “運動が不得意な者たち” への配慮は必要で、そうした少数への配慮が出来ない “大多数” と “運動が得意な者” が居る限り、クラスマッチの有意義性は保証されない』という感じでしょうか?」

「うん、ぜーんぜん差別主義的じゃないし、いいと思う」

 樹波が杯賀の方をちらっと見て笑った。

「まだそれ引っ張るのかよ……うん、うん、そんな感じでいいんじゃないか? 一般的な結論にしちゃ長いけど、論文書いてるわけでもないし。流石さすが槙田、簡潔にまとまってていいと思う。水野、今言った槙田の話、なんとなくで全然いいんだけど、理解できました?」

 杯賀にそう聞かれた水野は、必死に頭を回転させた。

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