第二章 クラスマッチ
第3話 私のミッス
入学して数週間。ある程度クラスの人間関係が出来上がって来る頃合い。
「水野さんそっち行ったよ!」
「あ、はい!」
水野はフラフラと後ろに下がりながら両手を上に突き出し、両の人差し指と親指で三角窓を作った。三角窓から
「んんっ!」
ボールは水野の左手の平七割、右手の平三割くらいの位置でパンッと弾み、まっすぐに相手のコートに飛んで行ってくれれば良かったのだが、残念ながら、隣で試合をしているコートの方へと飛んで行ってしまった。
ピーーー、と試合終了の合図のホイッスルが鳴り、相手のコートに居た女子たちがワーキャー騒いで喜び合う。水野は「すみません」と隣のコートの女子たちや審判にペコペコしながらボールを拾い、自分のコートに戻った。
「ごめんなさい、私ミスしちゃって」
水野はか細い声で周りに寄ってきたクラスの女子たちに謝った。
「いいっていいって! 水野さんバレー初めてなんでしょ? 初心者にあのボールは難しかったよ~」
胸元に『
「そう、なのかな。でも私のせいで……」
「スポーツにそういうのはつきものだから、気にしないの! さ、休憩しよ~」
木藤は水野に手招きをした。水野は
「……私、教室に水筒忘れてきちゃったみたい。取りに行ってくるね」
「え、でも試合前に飲んでなかったっけ?」
後ろからかけられた木藤の声が聞こえないふりをして、水野は足早に体育館を後にした。
水野が参加していたのはクラスマッチ。
今回選択肢にあった競技は、男子は野球orバスケ、女子はバレーorサッカーで、水野が選んだ競技はバレーボールだった。
水野は体育館と校舎を
水野は無意識に左手をぽりぽりと掻き、静まりすぎて不気味にも思える廊下を進んだ。正直、どこに行く宛もなかった。水筒を忘れたというのは根っからの嘘で、木藤以外のチームメンバーからの視線に耐えられず、逃げて来ただけだった。水野はそのまま、廊下の奥にある階段の方まで足を延ばした。
(確かに負けたのは、結局は私のせいだけど、でも私が運動苦手なのは最初に言っておいたし、責められてもどうしようもないんだよなぁ。そもそも三か月に一回のペースで、運動能力で生徒を競わせるってどうなんだろう? 運動が得意な生徒はいいかもしれないけど、私みたいな運動が苦手な生徒にはツラすぎる)
水野はそう
(かと言ってじゃあ対抗策で、って勉強大会を開くのも、それはそれで考えが浅い気がするなぁ。運動を強制させられるってのが嫌なのかなぁ。でも『運動してもしなくてもいいですよ』ってやったらクラスマッチの意味がなくなるような……ん?)
水野は立ち止まって耳を澄ました。
(んん? みんな出てるはずなのに……サボりかな?)
どうせすることもないし、多少時間を潰せるかもしれない。そう思った水野は、音がする方を目指して、足音を忍ばせて階段を上った。二階分ほど登ったが、話し声はまだ上の方から聞こえてくる様だった。
(屋上の方かな?)
だんだん大きくなってくる話し声に、水野はより一層息をひそめ、前よりも慎重に足を運んだ。
「……なるほど? じゃあ槙田は身体障害者こそが完全な人間であり、善い人間たりうると思ってるわけだ?」
「はい。そうなります」
(あれ? なんか聞いたことある声と名前だ)
水野が手すりの陰から、屋上に通じる階段の先を見上げると、三人ほどの男子生徒が椅子を並べて何やら話し込んでいる様子だった。そして三人中二人は、水野の見知った人間だった。
「“完全な人間”ってどういうことよ? 目の前に私っていう物理的欠損者がいるわけだけど、どこか完全なところがあるかい?」
「広義でとれば
「樹波お前、自分がイレギュラーだってわかって言ってるだろ。一応先輩なんだから槙田を困らせるなよ。もう少し大人しく槙田の話を聞こうじゃないか。それで、槙田。障害者の持つ完全性とはどういうものなんだ?」
(杯賀さんと槙田さんと……樹波さんって誰だろう?)
水野は階段の隅に腰を下ろし、三人の会話をラジオにすることにした。会話に入っていくのが難しそうな話題だし、槙田と杯賀の人柄なんかを知るのにはちょうどいい機会だと思ったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます