第2話 入会の儀(後編)
(この人結構がっしりしてるなぁ)
水野はひときわ背の高い槙田を、ほぉ、と見上げた。槙田は優しそうな目で水野を見て、ニコッと微笑んだ。
「どうも初めまして。
槙田は腕を組んで
「そうだなぁ、将来の夢とまでは行かないかもだけど、僕は
槙田は「あ、ちょっと
「どう、水野さん。なんとなくこの同好会の性質というか、活動の内容は見えてきました?」
杯賀が水野を見やると、水野は槙田がやっていたのと同じように、顎をさすりつつ考えているようだったが、やがて、何かが腑に落ちた様子で顔を上げた。
「うーん、さっきの私の答えが五十点だったんですよね? ってことは、正解にはもう一つ要素が足りないってことかなと。先輩の話を踏まえると、さっきの答えに付け加えて、ここでは自分なりの思想? 大切にしている考え方? を持っていると、それを尊重してもらえるし、その考え方について皆に相談も出来ると。つまり、それぞれが好きなことをさせてもらえるし、それぞれが持っている考え方を大事にしてもらえる、受け入れてもらえる場所、そういう役割も兼ねている同好会、っていうことでしょうか?」
(なんか面接の口頭試問みたいだな)
そう感じて、水野が受験生みたく、少しかしこまって答えると、杯賀は歯を見せてうんうんと嬉しそうに首を縦に振った。
「そうそう、その解釈で大体あってると思う。おめでとう水野さん、それがうちの同好会の実態のほとんどです」
杯賀は水野の前に立ち、朗々とした声で、言葉を選んでいるのか、少しゆっくりとしゃべった。
「改めて自己紹介。俺は
杯賀は「そう言えば立たせたままですまない。どうぞ」と水野に、近くにあったパイプ椅子を勧めた。水野は勧められるまま、素直に着席した。
「……聞いての通り、ここにいる人たちってのは、周りとは少し違う考え方や生き方をしようとしたり、大事にしたりしている。俺たちは、どんな思想であろうとそれがお互いの道徳観に反しない限り意見はしない。仮に反していたとしても、意見することはあれ『なにかの信念のもとにある考え方を
杯賀はスッと水野に近寄り、耳元で
「昨日の君の行動に一度は反対しても、それが
杯賀は、「あ、今絶対俺らの影口吹き込んでる!」「いや、入ってくれたらお菓子あげるとか言ってるんじゃない?」「新入生入らないと予算
「見ての通り、俺は
(どうしようかな。特にどこにも入るつもりなかったんだけどな。でも、なんか面白そうではあるんだよな。入るだけ入ってみるか。最悪やめればいいし)
水野は「うーん」と自己紹介した先輩たちを見回した。そして、素直に今の気持ちを伝えてみることにした。
「ありがとうございます。正直、入ることに興味はあります。面白そうですし。ただ、皆さんはそれぞれご自分の夢や信念があって、好きなことを追及してらっしゃると思うんですけど、私にはそんな確固とした夢や信念が無くて。だから、どうしようかなって、迷ってます」
「お~」と、想定外の脈アリ反応に、その場にいた部員たちは顔を見合わせた。ただ一人窓の外を見やって考え込んでいた杯賀は、くるっと向き直り、水野にひとつ提案をした。
「そういえば昨日、抹茶が好きって言ってたよね? どうだろう、ここの同好会に入って、抹茶菓子を食べて、どれが美味しいか研究してみるってのは。茶道部の一種だと思えばいい。ここで俺たちと雑談したり本を読んだりしながら、抹茶菓子……この際抹茶でなくてもいい。水野さんが気になるお菓子を食べて、その美味しさを分析したり分類したりする。そうして過ごす中で、水野さんなりに大事にしたい考え方や、夢なんかを探したり育てたりする。何か追及したいことや議論したいことが他に見つかれば、そちらに方向転換すればいい」
杯賀がそこまで言ったところで、放課後にも関わらず『キーンコーンカーン……』と、チャイムが鳴った。それは、部活動の見学に行った新入生——まだ新しい高校生活への準備を必要とする期間にある——が、遅くまで学校に残ってしまわないよう、帰宅することを促すチャイムであった。
「今すぐ決断してくれとは言わないよ。もし今までの話を合算して、水野さんがこの同好会に自分の居場所を見出せそうと判断するのなら、是非、明日からもこの部屋に来てみてほしい。それでどうだろう?」
水野はじーっと杯賀の顔を見て、先までの話に納得出来るかを考えているようだった。が、やがて荷物をまとめて立ち上がった。
「わかりました、ありがとうございます。少し考えてみます」
水野は「来てくれてありがとう」という趣旨の言葉を幾つか背中に浴び、部屋を後にした。
~*~*~*~*~*~
放課後。
春眠を誘うような麗らかな春の陽気が、開け放った窓からゆらりと部屋に流れ込んでくる。杯賀は一人、窓辺で読書をして他の部員たちが来るのを待っていた。読んでいた本は『解錠師』。杯賀が図書室でその装丁とタイトルに目を引かれ、借りてきた小説だった。
コンコン
「はい、どうぞ~」
ドアをノックする音に、杯賀は顔を上げて返事をした。
ガチャン
ゆっくり開くドアの隙間から見えた顔に、杯賀は思わず口角を上げた。
「やあ、来てくれたんだね。ってことは、昨日の話には同意してもらえたって解釈でいいのかな。お入りよ、水野さん」
こうして、水野の高校生活が緩やかに、その歯車を回し始めたのだった。
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