報われない者たち

八咫鑑

第一編 始考

第一章 入会

第1話 入会の儀(前編)

まえがき


この物語をY・T、N・M、

そしてN・K(Y)、


それから、

すべての “報われない” 者たちに捧げる。


——それがお前の在り方、可能性であるならば、俺はその存在のすべてを肯定し、障害を排し、寄り添い、見守り、一切の支援を惜しまないだろう。それこそが俺の望む在り方、可能性なのだから。 杯賀 千敦 ——






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「あら、あなた昨日の子ね! 早速来てくれたのね、ありがとう! お姉さん嬉しいわ~!」

「お、よく来たな」

 水野が部屋に入ると、先日会った笹夜と杯賀を含め、五人の人間が各々、歓迎の言葉を水野にかけた。

 五人は座布団やら椅子やら、それぞれ自由なスタンスで広めの机を囲むようにして座っている。

 昨日の入学式の後、杯賀と名乗る三年生に勧誘を受けたものの、そのまま家に戻った水野は、一日考えた結果、この『報われない者たち』という同好会だかサークルだかの見学に行くことを決めたのだった。


「じゃあ、ひとまず自己紹介してもらってもいいかしら? お姉さんたち、あなたのこと教えて欲しいわぁ」

 水野の記憶では『笹夜』と呼ばれていた女子生徒が、そう水野に声を掛けた。

「はい、一年三組の水野舞湖みずの まいこと言います。先日、杯賀さんと笹夜さんに……誘われて、来てみました。正直、何をする同好会かあまりよく分かってません、すみません。よろしくお願いします」

 パチパチパチパチ〜と、暖かい拍手が水野に送られた。

「ありがとう、水野さん。では、俺たちも自己紹介しよう。そうだなぁ、普段ここでどんなことをしてるか……あ、それぞれの将来の夢とかも踏まえて、是非水野さんに教えてあげてくれ」

 杯賀は少しだけ口角を上げ、部員それぞれを見回す。

「じゃあ……トップバッター、笹夜お願いします」

 部員からの「あ、なんかずるい!」「言い出しっぺ一番じゃないのか!」「サボった!」などの小さな非難の声を歯牙しがにもかけず、杯賀は笹夜に向かって片眉を上げ、自己紹介を促した。


 笹夜は杯賀の言動に慣れている様子で、何も不平を言わずに自己紹介を始めた。

「はい、私は笹夜妃与ささよ ひよ、三年生です。『妃与さん』って呼んでね、あなたのことは舞湖ちゃんって呼ぶわ、よろしく」

 笹夜は器用に、そして可憐に、水野にウインクしてみせた。

(わー、色白で綺麗な人だなぁ。)

「私はね、将来的にの。だからここでは日々、花魁おいらんについて調べたり、みんなと議論したりしながら、立派な花魁おいらんになれるように研鑽を積んでるわ。って言っても、結局はみんなとだべってるだけだし、花魁おいらんになるための明確な基準はないから、とりあえず古代ギリシャの高学歴娼婦の形態を目指してるってとこかしら」

 水野は『!』と『?』マークを大量に頭の上に並べ、唖然あぜんとして笹夜の言葉を聞いていた。

(やっぱ昨日のは聞き間違いじゃなかったのね!? 花魁? 娼婦? 何で古代ギリシャが出てきた?)

 その様子を見て、杯賀がわざとらしく眉をひそめた。

「おいおい笹夜、いきなり花魁とか娼婦とかの言葉使っちゃうから、水野さんびっくりしちゃってるじゃない、もう」

「あんたが赤裸々せきららに将来の夢語れって言うから正直に喋ったんでしょうが!」

 と笹夜は杯賀に向かってこぶしを振り上げた。

「え、あの、ここってそういう、花魁の養成とかを推奨する感じの同好会なんですか?」

 水野はおっかなびっくり、さも返答をミスれば自分が花魁にさせられるかもと怖がりながら、そう聞いた。杯賀はゆっくり大きく首を横に振り、明確に「違う」と意思表示をした。

「まぁ、他の人の話も聞いてみようよ。次、早旗さはたお願いできる?」

 プンスカと腕を組んでむくれる笹夜をなだめつつ、杯賀は早旗に話を振った。


 早旗は「はーい」と手をあげ、手をスリスリしつつ自己紹介を始めた。

「俺は早旗太一さはた たいち、妃与ちゃんや杯賀と同じく三年生。普段は手品や話術、心理学の本読んだり、それをみんなに披露したり、そういうことやってます。将来の夢って言うような大それたものは、みんなほどはないんだけど、強いて言うならマジシャンとかバラエティの大物司会者とか、エンターテイナーってところかな。手品系の一芸とか、読んできた心理学とか話術の本が役に立つなら、敏腕営業マンとかでも良い。とにかく、将来的に自分の手や口の器用さを最大限に活かしたくて。とまあそんな感じです。よろしく〜」

(なるほど、手品や話術か。この先輩はいろいろ器用な人なんだろうか)

「……じゃあ、マジックの練習とか、手先口先? の器用さを鍛えるような活動を普段してるってことですか?」

「うーん、それも少し違うなぁ」

 杯賀は表情で、首を横に振った。

「ありがとう早旗。じゃあ次は相良あいら!お願いできる?」


 相良と呼ばれた男子生徒は、「はい、大丈夫です!」と返事をすると、先ほどからごちゃごちゃといじっていた手元のを水野の方に向かせ、手を離した。

 人形はお盆を持った日本人形で、水野の方に向かってカタカタと歩き出す。そのお盆の上にはお茶の入った紙コップが乗っており、日本人形の歩調に合わせてカタカタと音を立てた。

「おー!」

 初めて見るからくり駆動のお茶運び人形に、水野は感嘆の声を上げた。すぐ目の前に来た日本人形のお盆から紙コップを取り、水野は「ありがとう」と人形に小さくお礼を言った。

「初めまして、俺は相良仙人あいら せんと。二年生です。普段はこの部屋で、からくりの機械を作ったり、本読んで勉強したりしてます。その日本人形は、お茶運びのからくり人形。その名も『お茶々ちゃちゃちゃん三世』……ごめんね、まだ移動距離が調整できなくて」

 水野は先ほどから、足にぶつかってなおカチャカチャと体を動かし、進み続けようとするお茶々ちゃんに、納得を含んだ温かい眼差しを送った。

「……えーと、そう。僕の将来の夢は、今世のレオナルド・ダ・ヴィンチになること。まぁ嚙み砕くなら、からくり機構の発明家兼技師とでも言ったところかな。電子的な機械はそこまで好きではなくて、どちらかというとアナログなものが好き。からくり駆動の人形とか、ペタゴラスイッチとか、そういうのを作る職人になりたいんだ。とまぁ、杯賀さん、こんな感じでいいですかね?」

「うん、ありがとう相良。簡潔でわかりやすい自己紹介だったと思うよ」

 杯賀が水野の方を見やると、水野はまたしても考え込むようにして眉をひそめていた。だが、その表情は暗いものではなく、笹夜の自己紹介を聞いていた頃に比べれば、かなり不信感が抜けているように見えた。

 水野は現段階での結論が出たようで、顔を上げてひたと杯賀を見据えた。

「じゃあこの同好会は、先輩御三方おさんかたの話を踏まえると、自分の好きなことを好きなように追及、研鑽けんさんできる場所、という感じですか?」

 杯賀はさらに口角を上げると、またしても愉快そうに首を横に振った。

「うーん、五十点! でも惜しいところまで来たねぇ。じゃあ次、槙田まきた行ってみよう」

「わかりました」と、槙田と呼ばれた男子生徒が立ち上がった。

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