笑顔無き深夜勤務

甘木 銭

笑顔無き深夜勤務

 深夜のコンビニ、そのカウンターには二人の男が立っていた。


 一人は歳の頃三十前後だろうか。眠たそうに瞼を半分下ろしている。

 もう一人のつまらなそうな目と一文字に結ばれた口で仏頂面を体現している男は大学生のようだ。


「ヒマッスね」

「客も来ねえし、作業も大体終わっちゃったからなぁ」

「今日ヒマすぎません? いつもならもうちょい、ちらほら来たりするじゃないスか」

「いいじゃん、それでも時給は出るんだし」

「ヒマはヒマでつらいッスよ」

「俺にはありがてえけどなぁ」

「……さっきから何書いてるんすか?」

「あれ? お前知らなかったっけ?」

「知らないッス」

「何も言ってねえだろ……。なんで俺がこんな歳になってコンビニでバイトなんかしてるんだと思う?」

「ダメ人間だからじゃないんスか?」

「お前俺の事そんな目で見てたの!? え? 冗談だよな? 本気で思ってんの?」

「冗談ス」

「お前もうちょっと冗談っぽく言えよ……。表情1つ変わんねえから怖いんだよ」

「表情変わらないと、やっぱ笑えないッスかね」

「ん……まぁ場合によると思うけど、今のは笑えないわ」

「……ッスか」

「てか何の話だっけ?」

「小野田さんがクソ野郎って話ッス」

「やかましいわ! ……って、そう、俺がコンビニバイトなんかしてんのはな、芸人やってるからなんだよ」

「面白くないのに?」

「うるせえ! 舞台では面白いことやるんだよ!」

「冗談ス」

「じゃあ顔しかめるんじゃねぇ!!」

「表情変えろって言われたんで」

「それだとマジっぽさ増すんだよ」

「でも小野田さん、関西弁じゃないじゃないッスか」

「関西弁じゃねぇと芸人になれない訳じゃねえよ……」

「まあそうスね。じゃあライブとかやるんスか」

「まあ月に何回かだけどな。それだけじゃ生活できねえからバイトやってるけど」

「結構長いんスか」

「まあ、一応芸歴十年だよ」

「いや、ここのバイト」

「そこ気になるか?」

「さては先輩、ツッコミですね?」

「いやボケだけど……なんだよその目は? お前がボケるからだかんな!?」

「そうスかね」

「お前芸人できるよ」

「そうスか?」

「あー、もう、ほんと。俺よりボケ倒しやがって。……この前もオーディション落ちたし、もう俺芸人辞めようかなぁ」

「俺、芸人ッスよ」

「は!? いや、冗談だぞ!? 冗談だよな? ……なんで表情変わらねえんだよ!!」

「実は芸歴二年になります」

「お、おおう?」

「ずっと憧れてました。ガンギマリオセロのチュップスさん」

「なんで俺の芸名……てか、俺は今はルクルクカルラルだから……」

「なんでガセロ解散したんスか」

「なんで略称まで知ってんだよ」

「なんでツッコミやめたんスか!!」

「待て、押しが強い!!」

「なんで……」

「お前、俺のこと知ってたのか」

「はい」

「しかも詳しいな……なんで隠してた?」

「ファンが隣で仕事してたら、落ち着かないかと。でも辞めるとか言うんで……」

「もしかしてお前……元気付けようとしてたのか?」

「……ッス」

「不器用なヤツだなぁ……ってか、え? ファンなの?」

「ッス」

「俺のことクソ野郎とか面白くないとか言ってたけど」

「冗談スから」

「あ、そう。いつから……ってガセロ知ってんだから相当古いか……」

「中学生の時見て、芸人目指そうと思いました」

「てことは……俺が一年目か二年目くらいの時じゃねえか」

「本当は……チュップスさんはツッコミしてた時の方が好きだったんスけど……」

「一旦チュップスやめてくれ。小野田で頼む」

「小野田さんのボケあんま面白くないッスよ!」

「そこはちょっと本音だったんだな!?」

「俺、少しずつですけど、ライブとかも出てて……この前も、企画のオーディション受けて受かったんスよ!!」

「そうなのか……どこの?」

「ちっさい企画ですけど……春季笑招小ライブっていう……」

「それ俺が落ちたヤツだわ……」

「え」

「芸人辞めるかぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑顔無き深夜勤務 甘木 銭 @chicken_rabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ