人気者のウラ側

むーこ

人気者のウラ側

なるほどこれが初恋か、と自分の心を満たす心地好い温かさに感嘆した。


相手は私が携わるTV番組にゲストとして出演した男性ファッションモデルのジュン君。向かうところ敵無しという程の人気ぶりで近寄り難いイメージなのに、右も左も分からない新人ADである私に優しく接してくれた。

これ上手くいけば『人気芸能人とADの秘密の恋愛』なんてこともあり得るな。そんな空想をしては自分で「ねーよ」とツッコみ、しかしまた空想を膨らませる。すると顔がニヤけてしまっていたようで先輩ADから「何ちゅー顔しとん」とたしなめられてしまった。


「お前ジュンと仕事すると顔がすごいことなるのよ」


「えーだってイケメンで優しいんですもん。JUMONの『理想のタイプランキング』で1位に輝くだけありますよ」


イケメン俳優やアイドルを扱った雑誌に掲載されていた企画を思い出しながらそう返すと先輩から鼻で笑われた。


「世間知らずの学生上がりに1個教えとこう。俺もジュン君には良くしてもらってるからあんま言いたくないけど、ああいう人には"ウラ"があるんだよ。会員制の高級クラブでヤクやってるとか、プライベートですげー態度が悪いとか、ファンやスタッフから好みの女の子持ち帰りしてるとか」


耳を疑うような話を列挙する先輩に、私は釘を刺されたような気持ちになった。ADとして沢山のTV関係者や芸能人と接していると、人気芸能人について少なからずそういう噂を聞くからだ。

もしかすればジュン君にもそういう"ウラ"と呼べる部分があるのかもしれないが、しかし好意を抱く人間としては彼が清廉であることを信じたい。私は過去に持ち上がった芸能人の黒い噂を語り始めた先輩を「やめときましょうよ」と制止しつつ、ジュン君の言動を思い返し"ウラ"が無いことを信じようとした。




それからあまり月日を経たずして、私はジュン君の"ウラ"を知ってしまった。

ドラマの打ち上げで訪れた居酒屋で、トイレに行くと言って千鳥足で広間を出たまま戻らないジュン君の様子を見に廊下をうろついていた時。男子トイレの前を通りかかった瞬間、閉めきられた扉の向こうでジュンの声が聞こえてきた。


「おっぱい大きいねー」


ああそうなんだ、考えたくも無かったけどジュン君もそういう人なんだ。店内で捕まえたおっぱいの大きな女の子と男子トイレでよろしくやっているジュン君が嫌でも思い浮かぶ。

結局人気者には"ウラ"があるんだ。膨らませた風船が1本の針に割られるが如く弾け散ってしまった恋心をどう取り繕って宴席に戻ろうかと考えていると、突如男子トイレの扉が開いた。中から出てきたのは筋肉質の若い男性。生まれつきなのか顔の右目頭から鼻筋にかけてと右腕が赤黒く染まっている。

男性は顔を険しくしてトイレから出ようとしているが、後ろから何かに引っ張られているようで全然出られない。着ている黒Tシャツの胸部には白い粉。


「おっぱい行かんといてー!」


男子トイレの奥からジュン君の声が聞こえてきた。男性が振り返り「声が大きい!」と返す。

なるほど"おっぱい"ではなく"雄っぱい"だったか。通りがかりの女の子を捕まえてよろしくやるジュン君はどこにもいなかったのだと安心したのも束の間、私は「いやダメだろ!」と叫んで男子トイレに近づいた。

通りがかりの女の子を捕まえてよろしくやるジュン君はいなくても通りがかりの男の子を捕まえてよろしくやろうとするジュン君はいるのだ。それもかなりガタイの良い、華奢なジュン君をプチッと潰してしまいそうな男の子を。

仮に物理的にプチッと潰されなくてもSNSで告発されれば社会的にプチッと潰されてしまう。新聞の芸能面がジュン君の謝罪会見で埋め尽くされ事務所に何千軒という抗議の電話がかかってくる最悪の未来を頭の隅に浮かべつつ、私は男性から無理矢理ジュン君を引き剥がし、男性に対し頭を下げた。


「ウチの者が大変な粗相をしてしまい申し訳ございません!」


頭を下げつつ男性のTシャツについた白い粉を見る。それは人の顔の形をしており、ジュン君がファンデーションのついた顔を男性の胸部にめり込ませたことが容易く想像できた。


「慰謝料はお支払いさせて頂きますし、汚してしまった服のクリーニング代も別にお出し致します!なのでどうか今回の件はご内密にして頂けませんでしょうか…!」


下げた頭の上で「そうだそうだ」と何に対して言っているのかわからないジュン君の声が聞こえる。お前のせいで私は謝ってんだよ。

いくら請求されるかわかったものじゃないが、事務所さんからお預かりしたタレントを守り通さなくては。その一心で頭を下げ続けていると、男性から「頭を上げて下さい」と声をかけられた。恐る恐る頭を上げると、目の前には気をつけの姿勢で立たされているジュン君の姿。


「ジュニ、お姉さんがお前の為に謝ってくれてるよ。ごめんなさいは?」


「ごめんなしゃい」


男性に促され、フラフラの頭をペコリと下げるジュン君。男性の声音が優しいこととやけに親しげなことに私は拍子抜けし、目を見開いて2人を見比べた。


「あの、面識おありで?」


「あ…友達です。飲み会の場所が重なっちゃったみたいで」


友達の雄っぱい狙うなよ。なおも男性に寄りかかり「雄っぱい」と呟くジュン君に心の中でツッコむ。男性は優しくジュン君を抱き寄せている。


「ジュン君ってもしかしてプライベートでもそんな感じですか?」


「むしろこの姿しか見ないですね、プライベートでは」


それなら少し対応を考えた方が良いのでは。男性のことが心配になりつつも、とりあえずジュン君の"ウラ"が性格の悪そうなものでないことに安心した。同時にジュン君への認識が『雄っぱいが好きな人』というものになった。




飲み会の後、ジュン君は二次会の誘いを断ってさっさと帰っていった。別の部屋で飲み会をしていたあの男性も二次会を断ったらしくジュン君に合流していた。

その時、ジュン君が男性の手に自身の手を絡めていて「雄っぱいが好きなんじゃなくてあの人が好きなんだな」と思った。

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人気者のウラ側 むーこ @KuromutaHatsuro

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