道化師のレクイエム

新座遊

第1話(最終話)宮廷道化師の鎮魂曲

あるハンバーガー屋の開店イベントで、ピエロ風のコスプレをして集客のバイトをしていると、突然目の前に光の穴が浮き上がり、強引に引き寄せられてしまった。


「これだこれ。こういう奴を待っていたのだ。召喚士、よくやった」

中世の王様っぽい初老の男が、貧相な学者風の男に向かってそう言った。

「風体を優先して召喚しましたので、性能は不明ですが、まずはお試しください」

ここはどこだとか、なぜ俺を、とかのやり取りはそれなりに時間をかけて問答したが本題ではないので割愛する。俺は異世界の王様に召喚されたようであった。クラウン(道化師)として。

「説明するまでもなく、宮廷道化師は、あらゆる言動の自由を許されている。ただひとつ、王を楽しませることだけを本分としなさい」

「いやいや、まずもって、エンターテインメントのプロを召喚しなさいよ。俺じゃ無理だよ。単なる貧乏学生だし」

「おっ、さっそく馬鹿な発言だな。その調子でいいぞ」

「確かに宮廷道化師ってのは、愚者を演じたり実際に愚者であることで王様を楽しませる存在だと認識しているけどさ、馬鹿な発言ってのはどういうことだよ」

「王に向かってそのような乱暴な口調で喋ること自体が馬鹿だってことだ。道化師じゃなければ死罪に値する」

「道化師なら何を言ってもいいってわけか。やりたがる奴多いんじゃねえの」

「まあ確かにおるな、おっちょこちょいが。たいていは王の逆鱗に触れてすぐに首を刎ねられるがな」

「ダメじゃん、俺もダメじゃん」

「楽しませればどうということはない。その対価として言論の自由が与えられる。いや、言論の自由とは命がけで戦い取るものだと聞いているぞ。おぬしの世界では」

「俺だけじゃないのか、宮廷道化師として召喚される奴は」

「もちろんだ。前任者もそうだったぞ。おぬしの世界から呼んだコメディアンだった」

「聞きたくないけど、一応聞くけど、その前任者はどこに行ったの。もとの世界に戻ったの?」

「言いたくないけど、一応答えよう。首を刎ねて、根源の世界に戻った。まあそちらの世界でいうところの天国だな」

「逆鱗に触れて?」

「左様、面白くなかったからな」

「念のために聞いておくけど、何をしたら面白いと感じるのかな」

「一般的に、想像の範囲を超えた言動が笑いを引き起こすと言うな。常識外れな言葉とか的外れな展開とかね」

「俺にどうしろっていうんだよ。人権蹂躙だ」

「わはははは」

「何が可笑しいんだよ」

「人権、ぷっ。そんなものこの世界にあると思うのか。馬鹿な奴だな」

それから俺は立て続けに現代日本の常識的発言を繰り返した。自由、平等、友愛。立憲君主制、三権分離、資本主義、機会均等、云々かんぬん。

「わはははは、馬鹿だねえ。愚かだねえ。いやあ面白かったぞ。明日も頼むぞ」


与えられた寝床で考える。要するにこの世界の常識から外れたことを言えば笑ってもらえるようだ。そのネタが尽きさえしなければ生きながらえることもできよう。

何が非常識なのか判らない点だけが気がかりだが、いまのところ、現代日本の常識を語っていれば、それすなわち非常識、という感じではある。

よし、明日はあの話題で笑いを取ろう。戦略を練ってから目を閉じた。


「で、今日は何で笑わせてくれるのかな」

「学問の自由について語ろうと思う。俺の世界では、学問の自由が認められており、どのような権力者であれ、どのような研究をしても弾圧することはできない」

「・・・・・で」

「この世界では王権を損なうような学問を禁じてるだろう。そんなことをしていたら世界の発展は見込めないぞ」

「なるほど」王様は俺の顔をマジマジと見つめ、おもむろに手で首を叩いた。「死刑だな」

「ちょ、待ってくれ。常識外のことを言っただろう」

「嘘は面白くない。学問の自由なんか、嘘ではないか。何代か前の道化師から聞いて知っているぞ。まあそいつも死刑にしたがな」

「学問の自由が嘘って言うのか」

「指導教官の意思から外れた研究はできないというではないか。馬鹿馬鹿しい」

「それはないだろう、インチキだ。俺の世界のことを知っていたな」

「いや、そもそも、こちらの世界は実際に学問の自由があるからな。常識の範囲内のことを言われてもね」

召喚士が王様の言葉に頷いた。「左様ですな。異世界から道化師を召喚する術も学問の自由のお陰です。まあ道化師の質が伴わないのが玉に瑕ですかな」


的外れな展開で、俺は死んだ。











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