2. 大好きなモノ

「おかえり…」

 こちら、お隣の中越なかこしさんの家ですよね…?

「た、ただいま…」

 入るなり、見ず知らずの男子がいる。

「おぉ、ここにいたのか」

 しかも、辰己たつきお兄ちゃんは知っている。

 誰…?

庄野しょうの、ここにコイツがいるのは内緒だから、な…?」

 辰己お兄ちゃんはそう言うけれど、肝心のコイツが誰なのかわかんないです…。

「それ以前に、俺のこと誰だか気付いてないようですよ…?」

 首を傾げて、

「ねぇ。こなつちゃん?」

 はい…?

 何で、私の名前を知ってるんだろう…。

「本当だ。気付いてない顔だな…」

 マジか。と呟いて、頭を押さえる辰己お兄ちゃん。

「じゃあ、特に何もなかったと思ってくれ」

「はぁい」

 特に気にせず、テレビに目をやる。

「今、観るな」

 はぁっ?

「なっ…」

 何なのよっ!

 って、言いたかったけど。

「あーあぁ…観ちゃった…」

 大画面に映るもう一人の彼。

「ホンモノ…?」

「うん…」

 何で、中越家にいるのっ?

 芸能人が…。

「その凡人オーラ、スゴいね…」

 思わず、言ってしまった。

「うん…」

 否定しないんだね…。

 いつの間にか着替え終えた辰己お兄ちゃんが、見覚えのあるドリルをテーブルの上に置いた。

「こなつはご飯食べたら、補習の続きだぞ」

 嫌だ。と言いたい気持ちをグッと堪えるけど、だけれども、現実を叩きつけられると、悲しくなる…。

「その表情筋、羨ましい…」

 そう言うと、隣で黙々と問題を解き始めるタクトくん。

「お世辞、ありがとうございます…」

 あなたの方が、表情筋豊かですよ…?

「あ、そうだ…」

 すっかり忘れてた…。

 ソファーの隣に置いてある白いカラーボックスに近付く。

 そして、手を合わせて目を瞑る。

巳鶴みつるくん、お久しぶりです…』

 写真立てがいっぱい置いてある中に、幼い頃の私と巳鶴くんが並んで写っている夏祭りの写真があった。懐かしい…。

『こなつ、会いたかったよ…』

 気のせい、かな…?

 そう聞こえた気がした。

『あの時に俺、言いたかったことがあって…』

 いや、コレは気のせいじゃない…。

 声が聞こえた方向に顔を向けると、

『自分で決めてくれよ…』

 切なくて苦しそうな顔をして、

『そう言いたかっただけだっ』

 笑顔で消えた。

 と、同時にまりえさんが

「出来たわよっ」

 その言葉で、我に返った。

 昔から、見えないモノが見えたり、誰もいないのに声が聞こえたり…と、日常茶飯事で特に驚かない。

 けれど、巳鶴くんと会えたのは少し驚いた。でも、それ以上に嬉しかった…。

「はいっ」

 まりえさんから手渡れたお皿の上には、私の大好物が乗っかっていた。

「はいっ!」

 顔が緩みっぱなしの私に、

「こなつ、今日の補習はまだ終わってないから、なっ」

 辰己お兄ちゃんにほっぺたつねられても、今の私は無敵なのだ。

 ふふふ…。

「こなつちゃんにそんなことしないっ!」

 まりえさんの腕前は、料理だけではない…。

「相変わらず、だな…」

 タクトくんって、昔から知ってるような言い方するよね…。

「そうだね…」

 そう相槌を打つとタクトくんの顔が近付く。

「な、何…?」

 私の顔に、何か付いてますか…?

「本当に憶えてないんだな…」

 何、その切ない顔…。

『こなつのこと好きだから…』

 その表情で思い出した…。

『付き合ってくれない…?』

 中学生になってから芸能活動が忙しくあまり会えなくなっていたご近所に住む幼馴染みの拓斗たくとくんだった…。

『私は…』

 滅多に会えないから高校は一緒のところに行こうって巳鶴くんが提案して入った高校だった事すら今の今まで思い出せないでいた…。

『返事は、今すぐじゃなくていいから…』

 気まずくて、目を逸らした。

 その先には床にうずくまっている辰己お兄ちゃんがいる。

「お母さん…、一応、俺…、生身の人間なんですけど…」

 悶絶する辰己お兄ちゃんに、まりえさんは、

「こなつちゃんは娘みたいなものなのっ!」

 辰己お兄ちゃんの胸ぐらを掴んで、

「あんた、責任取れるの…?」

 低い声で囁く。

「取るよ」

 その答えが、意外で。

「は…?」

 思わず、声が出てしまった…。

「だから、一緒にお風呂入ろうな」

「入りませんっ」

 即答。

 これは昔からのやりとりで。

 そう言うだけで、一度も入った事はない…。

「辰己は、餃子の皮だけにしようか…?」

 餃子の皮を焼き始めようとしたまりえさんの手を止める辰己お兄ちゃん。

 なるほど…。

 ドS気質は母譲りなのかも知れない…。

 妙に納得をしたところで。

「拓斗くん、それ私の餃子なんだけど…」

 私のお皿から餃子を盗み食いしていたので、注意したら。

「美味しい…」

 美味しそうに食べてるから、許す。

「もうひとつ、いい…?」

「ダメッ」

 餃子を手掴みで食べようとする拓斗くんに、お箸で餃子を口元まで運んだ…。

「んっまいっ!」

 本当に美味しそうに食べてるから、許す。

「拓斗くん、やっぱり今から食べる…?」

 まりえさんがそう言うと、

「はいっ」

 今、無駄に芸能人オーラを出してないだろうか…?

 凄くキラキラして見える…。

 気のせい、かな…。

「こなつ、また…」

 あぁーんしてって言ってる拓斗くんの存在は無視して、

「美味しい…」

 まりえさんの餃子は、美味しい…。

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