ニガテなモノ。

1. ニガテなモノ

 昼下がりの教室。

 数字の羅列。

 カリカリとチョークで書く音が妙に心地良くて、

『わかんない…』

 いつの間にか目の前は真っ暗になっていた…。

『こなつ、また…?』

『だって、わかんないんだもんっ』

 昔は、幼馴染みが教えてくれたけど…。

 今は、もう…。

『出来たじゃんっ!』

 問題が解けたら頭撫でてくれて、

『みつるくん、ありがとうっ』

 いつも面倒見がよかったみつるくんは、もういない…。

 いつも笑顔で、最後まで一緒に問題を解いてくれた彼は…。

「の…」

 き、気持ち悪い…。

「ぅ…のっ」

 揺さぶられている…?

庄野しょうのっ」

 この声は、辰己たつきお兄ちゃん…。

 いや、中越なかこし先生だ。

 辰己お兄ちゃんは学校では私のことを苗字で呼ぶから、私も苗字で呼ぶ。

 辰己お兄ちゃんからそう呼べと言われてはないけど、何となくそう呼びなさいという雰囲気がある。

 先生っぽくないんだけどな…。

「は、はい…」

 目を擦りながら、かろうじて返事をした。

「庄野、正々堂々と居眠りするのはどうかと思うぞ…?」

 中越先生が、笑顔で目の前にいる。

「ん…?」

 擦り過ぎてぼんやりとしか見えてないけれど、距離感が近い気がした…。

「庄野…?」

 いや、近過ぎるっ!

 逃げようがないので、再び顔を伏せた。

『こなつ、補習決定だな』

 耳元で囁かれて、ビクッとなった。

「庄野っ!起きろっ!」

 私がよく眠っているように見えたらしく、クラスが湧いた。

 中越先生が、

「そんなに俺の授業、退屈か…?」

 頭を掻きながら、

「先生、凹むよ…?」

 私を見て、首を傾げる中越先生が小悪魔に見えて仕方ない。

 いや、悪魔か…。

 悪魔だと言い切れるのは、

「庄野、違う…」

 マンツーマンで指導。

 数学が好きなヒトならば、羨ましがるかも知れない。

 後は、

「中越センセイ、私も教えてほしい~」

 そのルックス…?

 見慣れてしまっているが、整った顔、筋肉も程よくついていて…。

 今なら、もれなく…。

「教えて欲しいなら、教えるよ…?」

 笑顔がついて、更に…?

「ただ、今やってるのって算数なんだよねっ」

 掛け算と割り算。

 教えてほしいと言った生徒に、中越先生は小学生のドリルを見せつける。

「庄野さん…」

 引き気味で女子高生が、私を憐れんで…。

「頑張って…」

 ココロを込めて言ってくれたのはいいんだけど、さ…。

 生活に困ってないよ。

 足せばいいし、引ければいいんだから…。

「はい。ありがとうございます…」

 適当に相槌うって、再び机に向かって問題を解く。

「はぁ…」

 違う。と言って、再び消しゴムで消される私の答え。

「こなつ、そろそろ思い出してもいいんじゃないか…?」

 掛け算を…?

 それとも、割り算を…?

「両方だよ。両方っ!」

 中越先生って、ドSですか…?

 いや、今は聞けない…。

 集中。集中…。

「やっぱり、巳鶴みつるのせいか…?」

 不意に顔を近付けるので、首を傾げて少し離れる。

「そう、かも…?」

 巳鶴くんは優しかった。

 中越先生みたいに、何がダメなのかわからないまま進めなかった…。

「そうか…」

 中越先生がそう呟いて、顔を逸らして溜め息を吐いた。

「うん…」

 生返事して、算数のドリルと向き合う。

「中越先生って、ドSですか…?」

 話題を変えたくて、やっぱり聞いてしまった…。

「なワケなかろう」

 私の答えに、赤ペンでマルが付いた。

「お疲れ様…」

 頭を軽く撫でて、笑顔を向けてくれるって事は…。

「ありがとうございました…」

 帰れるっ!

 そう思って、顔が緩んだ途端に、

「これで、終わりじゃないよ…?」

「え…?」

 どういう事ですか?

「今日は、中越家でご飯だぞ…?」

 はい…?

「聞いてないのか…?」

 お母さんからの連絡を見る暇がありませんでしたよ…。中越先生…。

 携帯電話を確認すると、メールが…。

『今日は辰己くんの家でご飯食べてください。外食は絶対、しちゃいけませんよ。母より』

 高校生にもなりましたし、コンビニ弁当でいいかと思うのですが…。

「こなつ、帰ろうか…?」

 早々に帰ろうとする中越先生に、

「ま、待ってっ!」

 バタバタと後片付けをしている最中、

「今日は餃子だよってさ…」

 その言葉を聞いた瞬間に、更に片付ける速度が上がった。

 中越家の餃子は、本当に美味しくて、昔は餃子だと聞くとよく駆けつけたものである。

 今、考えると…。

 迷惑な子供だったな…。ごめんなさい。中越先生のお母さん…。

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