聖女様は『掛詞』がお好き

せてぃ

一番言いそうにない人が言うのが好き

「なぁ、イオよぉ。おれぁ、すげえことに気付いたかも知れねえ……」


 ……この人がぼくにこう言う話し方をしてくる時は、大抵どうしようもないことか、ろくでもないことのどちらかだ。ぼくはルディさんに気付かれないようにため息をつく。


「……なんですか?」

「ちょっとお前も手伝えや。まずは……」


 ニヤニヤ笑いながら肩を組んで来る。これでもこの人は天空神教会神殿騎士団分遣隊『聖女近衛騎士隊エアフォース』の戦隊長で、立派な騎士なのだ。浅黒い肌に彫りの深い顔。無精髭は騎士にあるまじきものだけれども、それでもこの人には似合っていて、黙っていれば間違いなく男前の部類だろう。可愛い、と言われる歳でもないのに言われてしまうぼくが憧れる男らしさが、ちゃんとある人なのだ。

 ただこの人は明らかに、不良な部類の大人だ。




「……以上が、新たな魔剣の情報です」


 本当にやるんですか?

 ぼくはルディさんに持ち掛けられた言葉を思い出しながら、横目でちらりとルディさんを見た。ちゃんと仕事をしているときのルディさんだが、いまは真面目を演じているようにしか見えない。


「そうですか。ありがとう。今回の件は有力そうですね」


 ぼくとルディさん、それにルディさんの向こうに立つクラウス・タジティ元神殿騎士長の三人が向き合っている女性は、執務机の向こうで事務的に言葉を告げた。ぼくたち『聖女近衛騎士隊』がお仕えする『聖女』の異名を持つ最高司祭、シホ・リリシア様だ。

 今年で一七歳になられたシホ様にお仕えしたのは二年前で、その頃のシホ様は、まだ幼さがあって、同じ歳のぼくから見ても可愛い子だった。

 でも、いまのシホ様は、この二年で大きく成長された。それは教会内外で極めて政治的な謀に触れ、魑魅魍魎たる神聖王国カレリアの貴族社会にも通じ、教会内部で確かな地位を築かれた結果としての成長で、その成長は容姿にも現れていた。二年前とは比べ物にならないほど、いまのシホ様は美しかった。

 ただ、同時に冷たさがあった。油断なく応対することが身についているからなのか、その表情、その言葉には、常に少し相手を遠ざけるような、突き放した温度が存在していた。そういう時のシホ様は正直、少し、怖い。


「ええ、そういうことです。じゃあ騎士長」


 本当にやるのか、この人。

 ぼくは気付かないふりをしながら、心の中で怯えていた。シホ様に怒られたりしないものか。


「魔剣には、


 言った。

 言ってしまった。

 クラウス元騎士長が一歩前に出て、それを言った。

 それはルディさんが面白がって用意した言葉で、クラウス騎士長はたぶん、よくわかっていないまま言っている。クラウス騎士長は強く、自身に厳しい方で、ルディさんのような悪ふざけはしない。たぶん、この言葉をルディさんが言わせた意味も、よくわかっていないか、もしくは言葉通りの意味しか想っていない。


『シホ様は、掛詞がお好きっぽいんだよ』

『掛詞……?』

『それがどんなにくだらなくても、ついつい大笑いしちまうっぽい。この間なんか、おれが言った冗談に、肩を振るわせて笑ってたからな』

『何を言ったんですか』

『お土産にはもみあげをくれ』

『……正気ですか?』

『ああ? てめえはおれを疑うのか?』

『いや、だって、シホ様ですよ?』

『だから、シホ様だって言ってんだろうが。……それで思い付いたんだよ。おれが言うより、騎士長が言った方が面白いって』

『何でそうなるんですか』

『意外な人が、唐突に言った方が面白いんだよ、こう言うのは。だからちょっと仕込むから、お前も手伝え』


 ……ルディさんにはそう言われて、シホ様の執務室に来た。

 用事はちゃんとした騎士団の公用で、魔剣捜索の定期報告だった。

 その機会に、この人は……!


「……わかりました。では、引き続き捜索を」


 シホ様の表情は、ぴくりともしなかった。

 怒っている。

 絶対に怒っている。

 ぼくは身を固くして踵を返し、執務室の出入口に向かって歩いた。背中に感じるシホ様の視線が痛い。扉までが異常なほど長く感じる。

 ぼくは緊張に固まった身体で、どうにか執務室を出た。いつの間にか止まっていた息を盛大に吐き出して振り返ると、ルディさんが執務室の扉を閉めたところだった。……いや、閉め切る前に、手を止めたところだった。

 細く開いた扉の隙間から、ルディさんが中を覗いていた。全く、この人は……

 すると、ルディさんが中を指差して笑い始めた。手招きで、ぼくに中を覗けという。

 ぼくは恐る恐る執務室の中を見た。

 そこに見えたのは、執務机に突っ伏す、陽光色の髪だった。いや、突っ伏しているわけではなかった。前のめりになっているのだ。


「……まけんには、まけん……」


 シホ様はお腹を抱え、そう言いながら笑っていた。堪えきれずに笑いが漏れて、自分で口にするほど面白くなっている様子だった。


「な? だから言っただろ?」

「ルディ、イオリア」


 いたずらっぽく笑うルディさんの後ろに、元騎士長が何か不満げに立った。


「いまの言葉で、我々の意志はシホ様に伝わっただろうか」

「もちろんですよ。負けない、という、強い意志がしっかり伝わったと思います」


 そう言いながら、ぼくに片目を瞑って見せるルディさんは、これ以上にないほど満足げだった。

 まあ、シホ様が心底笑ってくださったなら、いいかなあ。

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聖女様は『掛詞』がお好き せてぃ @sethy

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