聖女様は『掛詞』がお好き
せてぃ
一番言いそうにない人が言うのが好き
「なぁ、イオよぉ。おれぁ、すげえことに気付いたかも知れねえ……」
……この人がぼくにこう言う話し方をしてくる時は、大抵どうしようもないことか、ろくでもないことのどちらかだ。ぼくはルディさんに気付かれないようにため息をつく。
「……なんですか?」
「ちょっとお前も手伝えや。まずは……」
ニヤニヤ笑いながら肩を組んで来る。これでもこの人は天空神教会神殿騎士団分遣隊『
ただこの人は明らかに、不良な部類の大人だ。
「……以上が、新たな魔剣の情報です」
本当にやるんですか?
ぼくはルディさんに持ち掛けられた言葉を思い出しながら、横目でちらりとルディさんを見た。ちゃんと仕事をしているときのルディさんだが、いまは真面目を演じているようにしか見えない。
「そうですか。ありがとう。今回の件は有力そうですね」
ぼくとルディさん、それにルディさんの向こうに立つクラウス・タジティ元神殿騎士長の三人が向き合っている女性は、執務机の向こうで事務的に言葉を告げた。ぼくたち『聖女近衛騎士隊』がお仕えする『聖女』の異名を持つ最高司祭、シホ・リリシア様だ。
今年で一七歳になられたシホ様にお仕えしたのは二年前で、その頃のシホ様は、まだ幼さがあって、同じ歳のぼくから見ても可愛い子だった。
でも、いまのシホ様は、この二年で大きく成長された。それは教会内外で極めて政治的な謀に触れ、魑魅魍魎たる神聖王国カレリアの貴族社会にも通じ、教会内部で確かな地位を築かれた結果としての成長で、その成長は容姿にも現れていた。二年前とは比べ物にならないほど、いまのシホ様は美しかった。
ただ、同時に冷たさがあった。油断なく応対することが身についているからなのか、その表情、その言葉には、常に少し相手を遠ざけるような、突き放した温度が存在していた。そういう時のシホ様は正直、少し、怖い。
「ええ、そういうことです。じゃあ騎士長」
本当にやるのか、この人。
ぼくは気付かないふりをしながら、心の中で怯えていた。シホ様に怒られたりしないものか。
「魔剣には、負けん」
言った。
言ってしまった。
クラウス元騎士長が一歩前に出て、それを言った。
それはルディさんが面白がって用意した言葉で、クラウス騎士長はたぶん、よくわかっていないまま言っている。クラウス騎士長は強く、自身に厳しい方で、ルディさんのような悪ふざけはしない。たぶん、この言葉をルディさんが言わせた意味も、よくわかっていないか、もしくは言葉通りの意味しか想っていない。
『シホ様は、掛詞がお好きっぽいんだよ』
『掛詞……?』
『それがどんなにくだらなくても、ついつい大笑いしちまうっぽい。この間なんか、おれが言った冗談に、肩を振るわせて笑ってたからな』
『何を言ったんですか』
『お土産にはもみあげをくれ』
『……正気ですか?』
『ああ? てめえはおれを疑うのか?』
『いや、だって、シホ様ですよ?』
『だから、シホ様だって言ってんだろうが。……それで思い付いたんだよ。おれが言うより、騎士長が言った方が面白いって』
『何でそうなるんですか』
『意外な人が、唐突に言った方が面白いんだよ、こう言うのは。だからちょっと仕込むから、お前も手伝え』
……ルディさんにはそう言われて、シホ様の執務室に来た。
用事はちゃんとした騎士団の公用で、魔剣捜索の定期報告だった。
その機会に、この人は……!
「……わかりました。では、引き続き捜索を」
シホ様の表情は、ぴくりともしなかった。
怒っている。
絶対に怒っている。
ぼくは身を固くして踵を返し、執務室の出入口に向かって歩いた。背中に感じるシホ様の視線が痛い。扉までが異常なほど長く感じる。
ぼくは緊張に固まった身体で、どうにか執務室を出た。いつの間にか止まっていた息を盛大に吐き出して振り返ると、ルディさんが執務室の扉を閉めたところだった。……いや、閉め切る前に、手を止めたところだった。
細く開いた扉の隙間から、ルディさんが中を覗いていた。全く、この人は……
すると、ルディさんが中を指差して笑い始めた。手招きで、ぼくに中を覗けという。
ぼくは恐る恐る執務室の中を見た。
そこに見えたのは、執務机に突っ伏す、陽光色の髪だった。いや、突っ伏しているわけではなかった。前のめりになっているのだ。
「……まけんには、まけん……」
シホ様はお腹を抱え、そう言いながら笑っていた。堪えきれずに笑いが漏れて、自分で口にするほど面白くなっている様子だった。
「な? だから言っただろ?」
「ルディ、イオリア」
いたずらっぽく笑うルディさんの後ろに、元騎士長が何か不満げに立った。
「いまの言葉で、我々の意志はシホ様に伝わっただろうか」
「もちろんですよ。負けない、という、強い意志がしっかり伝わったと思います」
そう言いながら、ぼくに片目を瞑って見せるルディさんは、これ以上にないほど満足げだった。
まあ、シホ様が心底笑ってくださったなら、いいかなあ。
聖女様は『掛詞』がお好き せてぃ @sethy
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