スタンドアップ・ボーイズ! フォースステップ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! フォースステップ

     ◆


 夏になろうかという頃、俺と悪友たるダルグスレーンの姿はハッキンゲームの観客席にあった。

 ハッキンゲームは二足歩行ロボットであるスタンドアッパーで様々な競技を行う、通年のイベントである。参加者は基本的に民間人、アマチュアだ。

 スタンドアッパーの普及がだいぶ進んだ影響もあり、年々、エントリーするのが難しくなってるとも聞く。

「つまらんなぁ」

 紙コップに注がれたビールを飲みながら、ダルグスレーンが呟く。

 俺たちが見ているのは、四台のスタンドアッパーが並んでいる小さなステージで、しかし四台が四台、ほとんど動かない。

 動いているの腕だ。

 客席もざわついているだけで、熱狂というよりは落ち着かず、そわそわしていると言っていい。

「こういうののほうが俺は好きだな」

 正直な意見を述べておくが、くだらんよ、とダルグスレーンは取りつく島もない。もちろん、彼を改宗させる気など少しもないので、俺としても別に奴の態度も言葉も、一切、構わない。

 ブザーが鳴らされ、司会者が「回答をどうぞ!」と拡声器で叫ぶと、四台のスタンドアッパーが保持していた巨大な板の表と裏の向きを変えれば、たった今までスタンドアッパーが書き込んでいた文字がそこに現れる。

 原始的な木の板とペンキである。ちなみに木の板は今、黄色をしていて、それは先の組が黄色いペンキで回答を書き込んだからで、その時は板は青だった。今、黄色い板に黒い文字が書かれているので、これが終われば板は黒く塗り潰されて再利用される。

 板に書かれている単語の羅列は、つい二分前に出題されたお題への回答で、これは大喜利大会だった。

 ハッキンゲームにおける最も安全な競技にして、最も勝つのが難しい競技。

 何が難しいかといえば、スタンドアッパーで文字を書くという過程が外せないのが難しい。

 当然、参加者が先にお題を知ることはないので、即興で文字を書かなくてはいけない。しかし人間が文字を書くように、スタンドアッパーが自在に文字を書けるわけがない。

 無理やりに文字を一つ一つ覚えさせればいいが、いちいち一文字ずつ、あるいは単語ごとに操縦士が入力するのはこの大喜利大会では下の下となる。

 ここで求められるのは、回答としての「面白さ」と、板に書かれた文字の「芸術性」の二つなのだ。

 芸術性というのは文字が綺麗に書けているというところからスタートし、場合によっては凝った字体を描き出すことで高得点が得られる。

 面白さはそのまま、答えが面白いかどうかだ。

 審査は観客の中で抽選に当選した数十名。決勝トーナメントになると有名かどうかもわからない審査員が判定するが、今は予選なので、客の数が優劣を決める。

 これといった必勝法がないわけで、つまり純粋な、しかも二段階の即興での勝負になるのが、この競技の難点だった。

「やはりつまらん」

 ダルグスレーンが苦り切った声で言うとビールを飲み干し、次の一杯を買うべき、売り子を探し始めた。つまらないなら帰ればいいと思うが、まぁ、気にはなるのだろう。

「つまらないって、俺たちだって何年か前に出たじゃないか」

 無意識の、何気ない一言だったが、ダルグスレーンが鬼の形相でこちらを見た。

「思い出したくない。忘れておけ、オリオン」

「ダル、あれはあれで傑作だった」

「最悪な思い出だ。人生の汚点だ」

 そうでもないけどなぁ、と思っているが、言わないでおいた。俺だって分別はある。

 忘れてはやらないけど。

 ダルグスレーンがビールの売り子に手を振っているのを横目に、俺は自由に当時のことを思い出していた。


      ◆


 いいか、マオ。

 ダルグスレーンがやや強い口調で言う。

 場所は俺の家、整備屋のシュミット社の裏手だった。

 そこには預けられた車、農業機械から始まり、スタンドアッパーまでを試しに動かすためにやや広い空間が作られている。スタンドアッパーの試運転はとにかくスペースを必要とする。

 今、片膝をついた姿勢でダルグスレーン(の父親)所有のスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型が動きを止めている。

 腰のあたりにある入出力パネルの端子から長いコードが伸び、荷箱の上に腰掛けた仲間の一人、マオの小型端末にそれは接続されている。

 ダルグスレーンはうろうろと歩きながら、やや説教じみた様子で説明を続ける。

「大喜利のお題がわからない上、どんな場面でも使える言葉をインプットさせておいて、ついでに字体を工夫しよう。そうすれば短い時間で回答を書けるし、芸術点を取れるはずだ」

「しつもーん」

 マオが手を挙げ、俯き加減だったダルグスレーンが顔を上げる。

「なんだ?」

「答えを先に覚えさせればなるほど早く書けるし、字体もこだわれる。でもさ、長い単語を書くと自然、時間がかかる。字体もそう。凝った字体はそれだけでも時間を使うし、あまり複雑だと誤差のせいで読めなくなる」

 わかってるよ、とダルグスレーンがまたうつむき、歩みを再開。

 結局、一時間かけてこの日にマオは六つの単語をパワーウイングⅧ型に覚えさせ、俺はデモンストレーションのために回答を書き込む板を用意した。祖父が仕事で使う木材があるので、廃棄するものをもらってきたのだ。ただしちょうどいい大きさのものなどないので、数枚を組み合わせて張り合わせるのは意外な重労働だった。

 その間、ダルグスレーンが何をしてたか? 歩いていた。そして考えていた。

 仕事をしろよ、と思わなくもない。

 放課後なので、すでに日が暮れかかっている。その頃になって整備士役のシャンツォがやってきた。彼は補講を受けていていたのだ。実技はそれなりだが、意外に片手落ちな少年である。

 やっとダルグスレーンが機体に乗り込む。ゆっくりと立ちあがったパワーウイングⅧ型がそばにある巨大な筆を手に取ると地面にペンキの雫が落ちる。後で掃除しなくちゃな、というのが俺の第一感だった。

「じゃ、お題を出してくれ」

 マオの端末から音声が流れる。スタンドアッパーと無線接続しているのだ。

 マオが何か言うかと思ったが、彼女は俺を見ている。シャンツォもだ。

 仕方なく、俺は「こんなスタンドアッパーは嫌だ」とお題を出した。

「スタート」

 冷酷なほど淡々とマオが言って、キーの一つをタップする。二分のカウントダウンが始まる。

 しかし思いがけず滑らかに、パワーウイングⅧ型は片手に持った板に筆を走らせ始めた。

 おお、なかなか素早いじゃないか。

 二分はあっという間に過ぎて「ここまでー」とマオが告げると、心なしか、スタンドアッパーが自信ありげに背筋を逸らしたように見えた。

 板が裏返される。

 そこには「力が弱い」とだけ書かれている。シャンツォが小さく吹き出した以外、反応はなかった。いや、俺はマオを見たが、マオも俺を見て、彼女は微妙な顔をしている。

 どういうことだ? つまらないってことか?

「もっと長くても良いな」

 無線からの声に、オーケー、とマオが応じる。マオは淡々としているが、すでにダルグスレーンは満足げだ。

 結局、マオは数日をかけてパワーウイングⅧ型に三十通りほどの短文をインプットして、ダルグスレーンはそれを二分以内に板に書き込めるか、練習を繰り返した。俺はといえば、ひたすら板を用意していた。全身が痛んだが、体力作りだと思うよりなかった。シャンツォの奴は補講、追試、補講という時期だった。

 ハッキンゲーム、大喜利大会の当日。普段はつけない飾りなどをまとったパワーウイングⅧ型は軽快と言っていいステップで客席の前に進み出た。予選なので、他に三台が横に並んでいる。

 司会者がお題を出す。

「客席から悲鳴が! さて、何があった?」

 ブザーが鳴り、スタンドアッパーが板に答えを記入する。

 すぐに二分が終わり、板をそれぞれのスタンドアッパーが客に見せる。

 ダルグスレーンが乗るパワーウイングⅧ型の回答は「お腹が鳴った」だった。

 この時に一番多い得票で一ポイントを取った回答は「おふくろのカツラが飛んだ」だった。しかも結構、ユニークな丸文字で書かれていた。

 ……事前にどういう準備をしたんだ? というか、これは面白いのか?

 そんなこんなで大喜利は続く。最初に三ポイントを取ったチームが二次予選進出である。

 パワーウイングⅧ型が一ポイントも取れないうちに、二チームが二ポイントでリーチとなった。もう一チームも一ポイントは取っている。

 司会者がお題を口にする。

「こんなスタンドアッパーは嫌だ。さて、どんなスタンドアッパー?」

 さすがにこれには俺がぎょっとした。ステージの横手の控え室にいたが、一緒に様子を見ていたマオがすごい勢いでこちらに向き直った。

「未来を知っていた、ってわけじゃないよね?」

「もちろん。しかし、これで一ポイントは取れそうだな」

 俺の言葉に、マオが顔をしかめて「どうかしらね」とそっけなく応じる。

 二分はあっという間に終わった。スタンドアッパーが一斉に板をひっくり返す。

 どっと観客が笑った。

 パワーウイングⅧ型の回答は「力が弱い」だ。

 しかし別の一台が提示している板には「隣の奴」と書いてある。隣の奴とは、パワーウイングⅧ型だった。

 結局、「隣の奴」の回答がポイントを獲得し、それで三ポイント、この予選の勝者が決まった。

「なんだよ、マオ。お前こそ負けを知っていたみたいだな」

 変に足取り重く戻ってくるパワーウイングⅧ型を眺めつつ、俺は質問を向けてみる。

 マオは飄々と応じる。

「ただ単純に、ダルグスレーンに笑いのセンスがないって知っていただけ。私がここ何日もかけて入力したワードがどんな有様だったか、実際を知ったら、あなた、月まで吹っ飛んじゃうわよ。まったく笑えないんだから」

 ……辛辣だなぁ。

「隣の奴、っていうワードはうまいと思ったかな」

 そんな風に敵を評価するとは、余裕がある。

 膝を折った駐機姿勢でパワーウイングⅧ型の背中が割れ、ダルグスレーンが降りてくる。

 俺とマオを見て彼は言ったものだ。

「大喜利力が強くなるパーツ、あると思うか?」

 あるかよ、そんなもの。



(了)

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