第2話
「他のメンバーのことも教えてよ」
「お前な……ちょっと素っ気なさすぎやしないか?——まあいい。メンバーは俺を含めて四人。まずは魔理衣メリープロジェクトの発起人、オーソンからだな。俺らと同い年の法学科二回生で、本名は
「オーソンの担当は?」
「担当というか、ほぼ全部だな。音楽とゲームとイラストと、あとは声以外のこと全部。企画して動画をとって編集して投稿するまで一人でやってるし、2Dモデルを動かしたり必要な機材を揃えたりとかもオーソンがやってる。オリジナル曲の作詞もだな。俺がオーソンと会ったのは入学したばかりの頃、英語コミュニケーションの講義でだった。ほら、英語は全学部共通だろ? んで、例によって英語で自己紹介やらされて、少し音楽のこと喋ったら食いついてきたのがオーソンだったんだ」
「よくあの頃の新垣に話しかけられたね」
当時の新垣は金髪でヤンキーのようないかつい見た目だったはずだ。その彼と積極的にコミュニケーションをとりにいけるオーソンなる人物は、よほど肝が据わっているか、もしくは相当な変人に違いない。
「聞き捨てならんな、まるで俺がからみにくいやつみたいな言い方は。俺は誰に対してもフレンドリーだぜ。……次、
新垣は湾曲したベンチの背にそっくり返った。
「性格がちょっとなあ……。いや、この話は後だ。愛理がプロジェクトに参加した経緯だけど、オーソンは受験の日にたまたま聞いた愛理の声が印象に残ってたんだとか言ってたな。それで入学後に構内で見かけるなり声をかけたらしいからもはや変態だよ。それで誘いに乗る愛理も愛理だが。——最後、日向さんな。たしか農学部で俺たちより一つ年上だ。フルネームは
「なるほど」僕は頷いて言った。「その四人で活動してきたわけだ。——三ヶ月前まで、ね。何か、揉め事とか仲間割れとか、そういうトラブルがあって解散したんじゃない?」
「え、なんで知ってんだ?」
僕は借りっぱなしのスマホの画面を新垣の方へ向けた。
「この動画の投稿が七月で、これを最後に更新が途絶えてるね。上井戸さんが亡くなったのが九月だから、その間二ヶ月も活動がなかったことになる。まあ解散か活動休止と考えるのが妥当でしょ。それに、その最後の動画がただの雑談配信なのが問題だよね。普通は『引退します』っていう動画をあげるものなんじゃないかな」
「なんだ、ほんとに探偵っぽいじゃん」
新垣は初めて感心したような態度をみせた。と、同時に、本当に謎を解いてくれるのでは、という期待を高めてしまったようだ。余計な口を挟まず聞くに徹していればよかったと後悔するも、時すでに遅し。
「名探偵様のおっしゃる通り、魔理衣メリープロジェクトは愛理が勝手にチームを抜けたことでやむなく解散になったんだ。去年の六月から活動開始して一年ちょっと、チャンネル登録者数が三万を突破し、企業案件も入ってくるようになったりと、ようやく軌道に乗り始めたところだったんだけどな。その最後の配信の二日後にも収録の予定があったんだが、あいつ、来なかったんだよ。来ないで何をしてたかっていうのがまた問題で——ちょっとそれ、一瞬返して」
スマホを手渡すと、新垣は同じ動画アプリで別のチャンネルを検索して、またすぐにこちらへ寄越した。今度は「
「愛理は俺たちと手を切ってソロ活動を始めたんだ。その2Dモデルは外注したらしい。藍藤エリィは、聞いてもらえばわかるように、魔理衣メリーと同じ声であることを隠す気がない。どころか、自分がメリーの中の人だったことや、『担当』がいたことを明かした上で活動してたんだ。俺たちの協力やキャラの設定がなくても、自分の力だけでやっていけると思ったんだろう。実際、たった二ヶ月の間にチャンネル登録者数一万までいってたみたいだし。にしても、メリーからエリィって、ファンをそのまま引き継ぐ気満々な名前なのがなんともな……」
「愛理さんはプロジェクトに何か不満があったのかな?」
「喋りたいことを喋らせてもらえない。自分の人格が無視されている。とか、そんなことを言ってたみたいだ。わからんでもないが、どう考えてもやり方が大人のやり方じゃないよな。俺は一年かけて作ってきた曲が、全部無駄になったんだから。音楽ってのは時間だけじゃなくて金もかかるんだよ。プロジェクトの曲を作るためだけに、新しいドラム音源やらシンセやら——」
「でも、メリーの曲として発表したにしろ、著作者は新垣になるんでしょ? だったら、別の場所で使うこともできるんじゃないかな」
「それは確かにそう。そもそも、俺がプロジェクトに参加したのは、曲の著作権は俺にあって、もし解散することになったら、その時は自分が作曲を担当していたと名乗り出ていいっていう、オーソンとの取り決めもあったからだ。なのに愛理のやつ、担当の存在を明かすだけに飽きたらず、あろうことか俺たちのことをさんざこき下ろしてくれたんだな。おかげで、俺がその作曲者だって言ってもマイナスの印象を持たれるだけ。全部の曲を無価値にされたんようなもんだ。故人のことをあまり悪くは言いたくないが、俺はまだ根に持ってるよ」
「なるほどね」僕はわざと意地悪く笑って言った。「新垣には動機があったわけだ」
新垣は少しの間、なんの話かわからないといった顔をしていたが、すぐに自分が事件の推理を依頼していたことを思い出したようだった。
「俺は容疑者なのか? いや、関係者が三人しかいないんだからそう考えるのも当然か。けど、俺にはアリバイってやつがあるんだぜ。そもそも殺人事件だなんて思っちゃいないがな。——ちょうどメンバーの関係も整理できたことだし、事件当日の話をするか。あの日は四人での話し合いの場を設けるために集まったんだ。愛理は俺たちとの関係を絶っていたが、オーソンとだけは繋がってた。というより、結局一人で活動するのは大変ですぐ泣きついたって感じらしいけど。それでオーソンが俺たちの仲を取り持つため家に呼んだってわけだ。オーソンは実家暮らしで、動画の収録なんかもそこでやってたから、いつもの場所に集合って感じで。めいめいで酒とか持ち寄って、始まったのが夜の八時頃。が、そんな話し合いが穏便に進むわけないんだな。約三十分後、俺と日向さんが少し熱くなりすぎた。愛理は泣いて部屋を飛び出し、収録部屋に鍵をかけて閉じこもっちまった」
「集まった部屋とその収録部屋ってのは?」
「話し合ってたのはオーソンの自室。収録部屋は動画をとったり編集したりレコーディングしたりするためにオーソンが用意した部屋。機材がいろいろ置いてあって、壁には防音材が貼られてる。この部屋、なんか趣味悪くて俺は苦手なんだよな。やたら赤いものが多いし……」
僕は新垣の頭に目をやった。
「どの口が言ってんだか」
「わかってないな。俺のはワンポイントだから映えるんだよ」
「はいはい、閑話休題。それで?」
「仕方がないから愛理のことは暫くそっとしておくことにして、男三人は部屋で時間を潰してたんだが、一時間半経っても愛理は出てこない。痺れを切らしたオーソンが出て行って、収録部屋のドアを叩いて呼びかけるが、返事がない。心配になった俺ら三人が鍵を使って開けてみると、愛理はソファの足元のあたりに倒れていた。そばにあった低いテーブルには空になったチューハイの缶とカフェイン錠、少し離れた床に画面がバキバキに割れたスマホが落ちていた。俺たちはすぐに救急車を呼んだんだが、搬送先の病院で死亡した。死因はカフェインのオーバードーズだ」
「カフェインか……」
実は、カフェインの過剰摂取で緊急搬送されるような事例は日本でも少なくない。死亡例も数件だがある。これは化学科の学生らしい純粋な好奇心から調べたことなのだが、カフェインの致死量は約五グラムからだそうだ。コーヒー一杯あたりの含有量を八十ミリグラムとすると、六十三杯も飲まなければならない計算になる。これは現実的ではない数字だが、カフェイン錠であれば、一錠あたり二百ミリグラムを超えるような商品もあるので、致死量を摂取するのはそう難しいことではない。
「そのカフェイン錠とチューハイの缶はどうしてそこに?」
「カフェイン錠はオーソンが普段から服用してたものだ。なんで収録部屋にあったのかは知らない。缶は愛理が部屋を出てくときに自分で持っていった。このチューハイでカフェイン錠を飲んだんだろうな、他に飲み物もなかったし」
「部屋の位置関係は?」
「えっと……。どっちの部屋も二階。廊下が南北にあって、南端の東側がオーソンの部屋、北の突き当たりが収録部屋だ。オーソンの部屋の向かいには弟くんの部屋があって、この日はその友達も来てた。ドアを開けっぱなしにしてたらしいから、部屋からの出入りは全部この弟くんと友達が証言してくれる。収録部屋の鍵なんだが、外からドアを開けられる鍵は一本だけあって、オーソンの部屋の机上に置いてあった。ただ、俺がずっと机の前の椅子に座ってたから、この鍵が一度も持ち出されなかったのは保証する」
「……なるほどね。鍵を持ち出せたのは新垣だけ、と」僕は自分のスマホを出して、大雑把な見取り図を描いてから、その横にメモをとった。「閉じこもったのが八時半、鍵を使ってドアを開けたのが十時だよね。その間にオーソンさんの部屋から出た人は?」
「九時前に日向さんがトイレに立って、戻ってくるまでに五分はかかったな。九時半頃に俺もトイレへ行ったが、俺は小の方だったから一分とかからず戻ったぜ。ちゃんと弟くんたちも見ていたし、そんな短時間では、こっそり持ってきた鍵を使ってドアを開けて、殺して、また鍵を閉めて戻ってくるなんて無理だろ?」
「錠剤を大量に飲ませるなんて簡単にできることじゃないだろうしね。——仮に愛理さんが自殺だとして、その動機に心当たりは?」
「それが分からんのだよな。俺達にちょっと責められたくらいで死ぬとは思えないし。もう一つ原因が考えられるとすればSNSだな。閉じこもった直後、藍藤エリィのアカウントでまた俺達の悪口を書いて、軽く炎上してたんだ。魔理衣メリーの熱狂的なファンだった人の中には脅迫紛いのことをするやつもいて。けど、それも今に始まったことじゃないって感じだったし、気に入らないやつはミュートなりブロックなりしときゃ良いだけのことだから、それでいきなり死のうとはならないと思うんだな」
「うーん……その投稿は間違いなく本人が打ったものなの?」
「収録部屋にあったスマホから送信されてて、そのスマホは指紋認証か本人しか知らないパスワードでしか起動できない。別の端末からなら、藍藤エリィのアカウントにログインすること自体はオーソンにもできたみたいだが、オーソンが過去に一度も投稿してないことは確認がとれてる。——事件の全容はこんなとこだな。どうだ、名探偵? 謎は解けそうか?」
「いや、まだなんとも」
「これがもし殺人なら、密室殺人ってことになるな」
「はあ、随分と杜撰な密室だね。——ほら、これは返すよ」
僕はずっと手元で藍藤エリィの動画を再生し続けていたスマホを新垣に返却した。
「ああ、どうも。って、充電めちゃくちゃ減ってんじゃん。通信量も結構いってそうだな……。ま、しょうがないか。他に何か聞きたいことはあるか?」
「どうでもいいことかもしれないけど、一つ気になってたことが。魔理衣メリープロジェクトでは、彼女の才能をメンバーで分担してたってことだけど、それって視聴者にはバレてなかったの? 特に後付けの実況動画なんてボロが出やすいと思うんだけど」
「俺もバレてたと思う。どう考えたって一人の人間にこなせる仕事の量じゃなかったからな。それでもチャンネル登録者は増えてくんだから、オタクのファン心理はわからん。そのへんは日向さんとかのが……。あ、なら日向さんに訊いてきたらいいじゃん。今日、午後の講義はないんだろ?」
言うや否や、新垣は電話をかけ始めた。僕は慌てて阻止しようと手を伸ばしたが、ひょいと立ってかわされてしまった。
「あ、もしもし、日向さん? 俺です、オレオレ。今どこにいます?……はい、ちょっとあの事件のこと訊きたいってやつがいて。……んじゃ、向かわせますね」
ほとんど畳みかけるようにそう告げると、新垣は一方的に通話を終了した。
「あのな、お前——」
「おっとお、もうこんな時間か。俺はそろそろバンドの練習に行かなきゃいけないな。日向さんは図書館の入り口で待ってるそうだから、あとはよろしくな、名探偵さん」
新垣は立てかけてあったハードケースを肩にかけ、颯爽と去っていった。まだ僕は昼食をとっていないというのに、完全にそのタイミングを失してしまった。
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