アクウェル

「こ、これが…その砂時計なのか…!?なんてデカさだ…!」


 砂時計といえば手のひらサイズ程度と固定観念があるものだが、まさに想像を絶するものだった。


「オリジンの言葉の後、地面から生えるようにこの巨大な砂時計が各国に現れました。」

「あれ……でも砂が落ちてないぞ……?」


 岩のようなもので作られている巨大な砂時計は静かに佇んでいる。上部には砂がいっぱいまで詰められているが、下部に向かって砂は落ちてはいなかった。


「あなたが《先導者》であることが分かった以上、この砂時計は動き始めるはずです。」

「…砂時計が落ちると、どうなるんだ?」


 ヨルコパは数枚の書類と、一冊の年期の入った本を取り出した。


「あの砂時計の根元には、文字が書かれていました。その内容はー」



一、《先導者》が現れし時、砂時計の時は動き出す。


二、砂時計の砂が全て落ちた時、 《先導者》は《巡礼の道》へ転移する。


三、 《巡礼の道》には三千の《執行者》が、《先導者》への罰を執行する。


四、罰を免れ、全ての《執行者》を払い除ける事が出来れば、人間は滅びを免れる。


五、《先導者》が死ねば、人間は滅びへと向かう。


六、《歯車の戦士》よ《先導者》たる覚悟を持て



「じゅんれいのみち…しっこうしゃ…なるほど……つまりどいうこと??」


 またも新しい言葉が出てきた。


「要するに……あの、簡単に言ってしまうとですね……」


 ヨルコパは急に歯切れが悪くなる。


「…あの砂時計が全て落ちた時、あなたは強制的に3000体のエレメントと戦う事になる…という事です…」


 なるほど!それなら俺でも理解でき……


「さ、3000!?俺一人で!?あれを!?」

「3000体のエレメントを倒せば我々は生き残る事が出来ます。しかし、それが出来なければ……」

「み、みんな死んじゃう……ってこと?」

「…そういう事になります。」


 いや、まさか、そんな……俺は、この歯車の力を理解し始め、自信を持ちはじめていた。あのエレメントのボスみたいなのをやっつければいいのかくらいに思っていた。自分に都合良く、甘く見ていた。


「なぜ記憶が無いお主が《先導者》として突然現れたのか、それもオリジンの導きなのか、それはわからん。しかし選ばれたはのお主なのだ。」


 王が俺に懇願する。


「これにお主の意志は汲まれない。選択肢も無い。そしてお主の命と我らの命をお主たった一人に背負わせてしまうのだ……全てはわしらの愚かな行いのせいだ。」


 そうだ。そういう事になる。俺が望むも望まないも関係無い。強制されたもので、逃げる事は出来ないのだ。


「………」

「おこがましいと思うだろう。しかし、お主は救世主なのだ。」

「救世主……」


 リエンディが俺の両手を握って、真剣な面持ちで俺を見つめて言った。


「お願いだ!私達を……いや、私達と戦ってくれ!」


 リプロザスも続く。


「お前独りに丸投げして傍観者になるつもりは無い。必ず勝つ。勝たせる。生きるも死ぬも我々次第でもあるのだ。そのためにも我々も死にもの狂いになる。」


 俺は、大きく息を吸って、吐いた。理解も、覚悟も、決意も……正直まだ追いついていない。でも、逃げられないなら、それらを腹に詰め込まないとならないんだよな。


「…それってさ。ヒーローって事かな?」

「え…ヒーロー?」


 思いがけない言葉に、リエンディはぽかんとする。


「ヒーロー?…無論だ。未来永劫語り継がれる英雄となるであろう。」


 王も笑顔で答えた。


「えへへへ…そっか〜!英雄か〜」


 空元気で白々しく聞こえたかもしれないが、こういう所から少しずつ腹を決めていこう。俺はそう思った。


「砂時計に書かれた《歯車の戦士》という部分を調べたところ、古文書に残されていました。もはや伝説と呼ばれる古代のものです。」


 ヨルコパが俺の歯車について調べた事を話した。


「分かった事の一つに、武器の問題があります。先程の通り、歯車の力は武器のためのもの。しかし、現状でその力に耐えうる武器がありません。早急に武器を作る必要があります。」


 確かに戦うっていっても、数秒で消える武器一つでは話にならない。


「そして、これは先程姫様が仰った通りだが、今のお前は弱い。」


 リプロザスがハッキリと言った。


「ぐ…!おっちゃんまで…!」

「お前はエレメントからの攻撃に耐性が高く、あの力で倒す事が出来る。だが、それでも3000もの相手では持たないだろう。」

「う……」


 確かに、素人のゴリ押しで何とかなるものではないだろう。


「時間の許す限り、お前には武術を徹底に叩き込む。剣でなく、槍、弓、ランスといったあらゆる武器だ。」

「ええっ!?」

「あなたの力は武器のためのもの。つまり、それはどんな状況でも対応出来る力でもあるのです。」


 ヨルコパが言った。歯車の力さえ通れば、どんなものでも必殺の武器になる。3000対1の状況下で剣一本では、確かに厳しいだろう。


「理解はしたよ…でも、俺にできるかな…」

「叩き込むと言っただろう。お前は身体能力は高い。きっとものに出来るはずだ。」

「ふん、せめて私に勝てる程度にはなってもらわんとな!」

「こんの…!……でも、俺、やるよ。俺は自分がなぜここに"生まれた"のか知りたい。知る前に死にたくない。そして、俺のせいで大勢が死ぬなんて嫌だ!」


 リエンディはそんな俺に続けて言った。


「……そうか…ところでだ。」

「ん?」

「いい加減、お前の名前を決めないか?呼び名がないと何かと不便だ。」

「名前?何の?……あ、俺のか。」

「安心しろ!すでに私が決めてある!」

「え゛!?」


 リエンディは自信満々だ。


「お前の名前は"アクゥエル"だ!」




ーその時だった。


 瞬きほどの瞬間


 見渡す全てが白い空間になった


 その中で、何か黒い物体が見えた気がしたー





「どうした?嫌……か?」


 リエンディの言葉にハッと我に返る。今のは何だ?


「あ、いや、そうじゃなくて…」

「アクゥエルとは、我が国の古くからある、水で重さを測る水の天秤の意味だ。水のエレメントと我ら人間。再び等しくあれという気持ちを込めたのだが……どうだ?」

「…へぇ。結構考える事が出来るんだな!剣振り回すだけかと思った。」

「そうだろうそうだろう!何せ一国の姫たる私が…って貴様ぁっ!!」

「いいな!アクゥエル!気に入ったよ!」


 緊張感が緩むやり取りをしている


「ヨルコパ様!砂時計が!」


 研究員の一人が叫ぶ。


「ついに……始まったのですね。」


 ヨルコパがそうつぶやく。全員が見つめるその巨大な砂時計の中の砂は、音もなく静かに落ちていた。


「砂が全て落ちるまでに、どのくらい猶予があるのだろうか。」


 王がヨルコパに聞く。


「すでに他国の《先導者》は現れており、我が国が最後です。最も早く現れた土の国ノームでおよそ3ヶ月前ですが、まだ落ち続けているようです。」

「最低でも3ヶ月ほどは猶予はあるか…」

「あの少年…いや、アクゥエルは成し遂げられるだろうか。」


 次に王はリプロザスに問いかけた。


「成し遂げさせるのが我々の使命です。厳しいものになると思いますが、彼を…アクゥエルを見ていると、あるいは、という期待感は強く感じます。」

「…確かに、そうだな。」

「ただ、唯一古文書にも書かれていない謎があります。」


 ヨルコパは、俺の拳にある"菱形の模様"を見た。


「歯車が現れた時、あの菱形模様と歯車は繫がっていた。何かしら関係があると思うのですが。それが何なのか…」

「…それもいずれ分かるかもしれん。希望に繋がるものであって欲しい。」



ーこうして、突如としてこの世界に現れた俺、アクゥエルの、自分自身と大勢の命のための3000の戦いが始まるのだった。


 この、歯車の力と、拳に刻まれた菱形模様と共にー




1人目のセカイ〜歯車は砂を落とす〜

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