砂時計

 俺とリプロザス、ヨルコパ、そして王とリエンディに加えて兵士数人が城内の研究施設へ集まった。ニーギア大臣は怪我の治療のため医務室へ運ばれたそうだ。

 ここは先程の巨大なエレメントが発生した場所だった。壁には見事な大穴が空いている。


「あ、あぁ〜研究所が……」


 ヨルコパは、風穴が空いた壁の瓦礫と共に床に散乱している、破壊された様々な不思議な機械や薬品などを見て肩を落とす。

 ここは武器や防具の開発から、薬の調合、果ては錬金術などといった様々な知的研究、技術研鑽を行う施設だという。謁見の間にも劣らぬ広さだが、研究材料なのかガラクタなのか分からない異質なものがあちこちにある。ヨルコパは、この施設を取り仕切る人間だそうだ。


「う、うわぁ…見事に破壊されてますね……」


 ヨルコパは、床に転がっていた食い破られたように穴が空いた透明の箱を手に取り、眺める。


「希少な高硬度のダハルカタン鉱石で作られた箱なのですけどね……いやぁ、なんとも想像を絶する力です。」

「感心するのは結構だが、後にしてくれんか?ヨルコパよ。」

「あ、あああ!も、申し訳ありません!」


 王のチクリとした一言で、ヨルコパは慌てて何かの準備をし始めた。


「少年よ。これまでの非礼、まことに申し訳なかった。許して欲しい。」


 先程の戦いで少し火傷した右腕を治療し、包帯で巻かれている俺に対し、王は謝罪した。


「え?ああ……別にいいよ。ちょっとイラっとしたけど、まあ、結果オーライってことで!」


 俺はあっけらかんと笑顔でそう答える。実際、あのバケモノを倒した事でスッキリしていた。


「そう言ってくれると助かるが…ほれ、お前も何か言う事があるだろう?」


 リエンディはやっぱりか…というばつの悪い顔をしていた。


「え、あ、そ…そうだな。た、大義であった!」

「なんじゃそれは。」

「…フン!」


 俺はどやぁっと分かりやすい顔で見てやった。ちょっとした仕返しだ。


「むぐ…!…しかし!いくら力があっても、あの剣の腕では持ち腐れもいいところだぞっ!」


 逆に痛いところを突かれてしまった。


「ぐ……!な、なんだとぉ!?」

「ん…ごほん!い、いいでしょうか?」


 また口喧嘩が起こりそうだったところで、ヨルコパが割って入った。いろいろ抱えて持ってきている。

 

「で、ですね。いったん整理致しましょう。分かった事は幾つかあります。まず最初に、あなたは、間違いなく《先導者》です。」


 聞き慣れない言葉が出てきた。


「センドーシャ?」


「はい。あなたは"火の恩恵を与える"事が出来る唯一の人間です。先程のように、火の力を宿し、また、触れたものにその恩恵を与える力を持っています。」

「恩恵…あの剣か…」


 炎に包まれ、あっという間に消し炭になった剣を思い出す。


「まずはこれを見てください。」


 ヨルコパはテーブルに大きめの地図を開いた。そこにはひとつの大陸が描かれており、中央に円形のエリア、それをピザを切り分けるように4つのエリアに区分けされていた。


「私達のいるこの大陸は、4つの国に分かれています。北は土の国ノーム、西は火の国サラマンド、東は風の国ジン。そして南は水の国ウンディーネ、私達の国です。」


 彼が説明する、この世界の成り立ちと現在までの経緯はこうだった。



 ーこの世界は、火、水、土、風の4つの自然を司る精霊"エレメント"が存在し、それらによって水や空気、火と大地といった、人間達が生きていくのに必要な自然が保たれ、そのエレメントを守護する形で、これら4つの国が作られていた。


 そして、大陸中央にある円形のエリアにはオリジンと呼ばれ、エレメントを統括し、自然の根源となる存在、いわば神とも言える《精霊王》がいる場所である。


 かつて、人間は"魔法"を使うことが出来た。それはエレメントから力を借り、火、水、土、風を操る事で豊かな生活を営むための力である。そうして人間はエレメントと共に長い年月生きてきた。


 しかし、やがて人間の持つ一部の愚かな性は、やはり出てしまうのだった。その"力"の意味を誤り始め、欲望を奪う"手段"としたのだ。それは大陸全土に及ぶ魔法戦争に発展するまで時間はかからなかった。エレメントの力は乱用され、大勢が死に、自然も破壊されていった。


 だがある時、異変が起きる。全ての人間が魔法を一切使えなくなったのだ。そして、エレメントは自然の恵みで生を与えるものから、生を奪うものになった。


 オリジン、《精霊王》の怒りを買ってしまったのだ。大陸中央にある精霊王の塔から、オリジンの声が大陸全土に響き渡る。



ー人間は我ら自然との共存を拒否した


孤独に朽ち果てる道を選んだのだー



 化け物と化したエレメントは人々を襲い、生きる場所を奪っていった。反撃を試みるも、どんな攻撃も一切通用せず、オリジンの言葉通り、為す術もなくただ自然の力から孤立し、滅びを迎えるしかなかった。


 各国はこの事態を重く受け止め、休戦し、精霊王に謝罪と赦しを懇願した。それに対し、オリジンは答える。



ー慈悲として最後の赦しの機会を与える


《先導者》が謝罪への道を開き


《執行者》への赦しを求めよー



 そう告げると、それぞれの国に巨大な"砂時計"が出現したのだったー



「砂時計?」

「はい。…あれが、その砂時計です。」


 ヨルコパは、研究施設の窓の一つを指さした。その窓は城の後ろ側方向を向いており、テラスへの扉にもなっているものだ。俺は窓を開け、テラスから外を見る。そして、目に映る光景に驚愕した。


「こ…これ……!?これがその砂時計!?」

 

 そのテラスから見えたのは、城と同等程の大きさの、巨大な砂時計だった。

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