条件

 「よし。準備はOKだ!」


 リエンディは稽古着に着替え、訓練用の木剣を手にやってきた。城の外れに位置する訓練施設はかなり大きく、馬小屋が隣接され、様々な訓練用の器具が置いてある立派なものだった。

 そして、俺も彼女と同じ格好と剣を持たされていた。

 

「なぁ、これやんなきゃダメなの?」

「お前がだらしないから、私が発破をかけてやろうと言ってるのだ!まったく…肝心な時に力が出ないなんて、父上の前で恥をかかす気か!?」

「そんなこと言われてもなぁ…」

「言っておくが、私は幼少の頃から剣術の指南を受けている。そこいらの雑兵なんて相手にならない自信はある。遠慮せず来い!」


 リエンディは剣を構える。目が本気だ。王と王妃、ニーギア大臣にヨルコパ、その他多くの兵士達と勢揃いで見物している。リプロザスが立会いの役割をするため二人の間に立っていた。


「な、何でこんな大事になってんの!…?」


 もはやこれはもう、やるしかない状況だった。


「これは仕合ではあるが、あくまでこの少年の力を見定めるためのもの、互いに危険があると判断したら私が止める。よろしいな?」

「エレメントを素手で倒し、攻撃を受けても無事。その力は私も目の当たりにしている。私では力不足かもしれないが、舐めてかかれるほど甘く見るなよ!」

「い、いや別にそんな事思っちゃないけどさあ。」

「どうした!構えぬか!!」

「わ、分かったよ!」


 仕方なく、俺は剣を両手で持って構えた。


「………」


 ん……?


「………」


 んん…?何か空気が変だぞ?


 奇妙な静寂の後、少しずつざわつきが起こり始めた。え、なに?どうしたの?


 リエンディは苛立った顔で訪ねた。


「おい…!ふざけているのか!?それとも、私を馬鹿にしているのか!?」

「え、なんで!?」


 俺は特にふざけている気はないんだけど…


「よ、ようし。そんなら俺から行くぞ!怪我すんなよ!!」

「む……!」


 リエンディは改めて構え、迎え撃つ。俺は彼女に向かって駆け出す。その様子はさらにその場のどよめきを起こした。


「こいつ…!いや、こう見えて実は……!」

「せぃりゃあっ!」


 俺は大きな縦振りを繰り出す。当たれば訓練用の木剣でもひとたまりもあるまい。だが勝負を仕掛けたのはそっちだ。女の子だからって情けをかけるのは失礼であろう。許せ!


 そしてリエンディは、ほんのワンステップでかわした。


「おぉっ!?」


 俺は勢い余って剣で思い切り地面を叩きつけた。衝撃で剣は跳ね跳び、手は電撃が走るほどに痺れる。


「いぢい゛い゛!!」


 それはあまりにもみっともない姿だった。


「お、お前……」


 リエンディはまさかという顔で俺を見る。王もヨルコパも、その場にいる兵士達も皆、あ然としていた。リプロザスだけは表情を変えずに見守っている。すでに見抜いているようだ。

 そう、俺は剣をろくに握った事もない、素人そのものだったのだ。


「それみたことか。何かの間違いだったのだ。侮辱罪として牢にでもぶち込んでおくがいい。」


 大臣のニーギアがやれやれという顔でその場を立ち去ろうとする。一方で、俺はリエンディの攻撃を必死に受け続ける状況であった。


「おとっ!わっ!ちょっ!」

「お前!それが!本気なのか!?」

「いや!そんな事!言ってもよ!」


 二人の会話と同期してカンカンと木剣がぶつかる音が鳴り響く。


「ついに希望が!見えたと!思ったのだ!なのにお前は!!」

「この…!?偉そうに!!お前みたいなお嬢ちゃんに!俺の気持ちが!分かるかよ!!」

「なんだと!?この無礼者が!お前より大人だ!」

「そうは!見えねえな!怒り方がガキんちょなんだよ!」

「こんのおおぉ!」


 もはや子供の喧嘩だ。リエンディの蹴りが俺の腹に見事にヒットした。


「ぐうぅっ!」


 俺は剣を落とし、その場にうずくまる。


「私の蹴りでこれだぞ?エレメントからの攻撃を無傷で受けたアレは何だったのだ……!」


 リエンディは剣を俺に向け、悔しさと哀しさが入り混じった表情で見下した。


「ちくしょう……!知るかよ…!!」


 王は大きく溜息をついた。


「むう…これではもはや意味が無いな。リプロザスよ。」


 王はリプロザスに手を上げ一瞥する。


「そこまで!」


 リプロザスの声で二人はピタリと止まる。


「リエンディよ、もうよいだろう。」

「父上!しかし!」


 王は俺を見て厳しい口調で言った。


「少年よ、残念だがいくらリエンディやリプロザスが見たと言ってもこの目で見なければ信用はできん。」

「……」


 俺は、さすがに腹が立ってきた。


「本当に偽りなら我らを謀った罪を問うところだが。どうなのだ?」

「くそ……!勝手な事ばっかり言いやがって……!」


 その時だった。轟音と共に城の三階ほどの高さの壁が吹き飛び、大穴が空いた。


 なっ……!?


「ひいいっ!!」

「な、何事だ!」


 王が驚き、とっさに王妃を庇うように言う。ヨルコパが破壊された壁を見て驚愕した。

 

「あ……あそこは……!!」

「ヨルコパ様!大変です!エレメントが!」


 破壊された壁から、ザバーっと水が滝のように流れてきた。


「うわああっ!!」

「エレメントだ!!」

「そ……そんなバカな……!何だあの大きさは……!」


 流れ出した水は不自然に一点に集まり、そして手足と頭のようなものを形作り、やがて巨大なカエルのような形になった。2階建ての建物ほど大きさで、昨日の比ではなかった。


「キャアアッ!」

「なんということだ…!!姫!お逃げください!」


 リプロザスはリエンディを庇うように手を引きその場を離れる。


「おい!おっちゃん!!何だよこれ!!」

「あれは、我が国で唯一捕獲出来たエレメントの一部だ。このために十二名の兵士が犠牲になった。」

「一部といっても、ほんのコップ一杯程度ですよ!?研究するために厳重に保管していたはずなのに、こんなこと初めてです!」

 

 ヨルコパも見を隠しながらそう言った。


 昨日の事といい、まるで……


「俺目当てなのか…?」


 右手が疼くのを感じた。


 「なんか……分かってきたよ……!」


 恐怖はあるが、さっきの怒りと、右手の疼きが心を高揚させ、それを上回って。笑みがこぼれる。


「王サマ、お姫サマ、ようやく見せてやれるよ……!」


 そして、俺の人差し指に歯車が現れた。

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