歯車
「それは……!!」
ようやくこちらまでたどり着いたリプロザスは、俺の手にあらわれた歯車を見て驚きの声を上げた。
俺は、右手の歯車を左手で触れてみた。
「さ、触れるぞ……?」
そのまま力を少し入れると、歯車は人差し指を貫いている状態のまま、カチカチと回った。右手にほんのり熱を感じる。
「…と!やべ!」
歯車に気を取られているうちに、たじろいでいた《水の塊》が再び動き出し、こちらに向かってきた。
立ち上がり逃げようとすると、突如ナイフが飛んできて、俺と《水の塊》の間の地面に刺さった。リプロザスが投げたのだ。
「そうではない!その歯車を勢いをもって回せ!」
リプロザスがそう叫ぶ。
「え!?勢いよく…?って、これをか!?」
俺は言われるがまま、右手を正面にかざし、左腕全体を使ってマッチを擦るように歯車を反時計回りに勢いよく回してみた。ギュララララ!という回転音と共に、右手が紅く染まり、そして所々から種火のような火が発せられた。
「うわっ!火が出た!!あっちい!!……あれ…?」
「それで攻撃するのだ!」
右手が熱い。だが、火で火傷をするような熱さとは違う。身体の中心から右手にかけて、エネルギーが流れて内側から煮えたぎるような感覚だ。恐怖は無く、逆に少しずつワクワクとした高揚感と闘争心が湧いてきている。俺は無自覚に笑みを出していた。
「もうワケわかんねえのが一周して、面白くなってきたって感じ……!それに、この熱さを感じると、不思議と"これならやれる!"って気がしてくるんだよね……!」
俺は《水の塊》に向かって走り出す。《水の塊》の腕が攻撃しようと伸びるよりも早く飛びかかり、燃える右手で大振りのパンチを放った。
「どぅりゃああぁ!!」
ドパァァァン!!と爆音が鳴り響く。いくつかの小さな火をまとった紅い右手のその一撃が決まると、《水の塊》は激しく爆ぜ、蒸発して消えていった。
「どうだぁっ!!…って、あぁわわわわぶばっ!」
俺の体は勢い余り転がり、再び川に飛び込んでしまった。
「お、おい…!何が起きた!?」
「まさか、倒したのか・・・!?」
「素手で!?あんな子供が!?」
「一体何を見ているんだ我々は!?」
橋の上の兵士達がざわつく。リエンディも呆気に取られながら、再び川の中でもがく俺を見つめていた。
(あいつは…!本当にあいつが、"そう"なのか…!?)
リプロザスが馬を降り、俺を引っ張り上げてくれた。
「……こんな事が起こるとはな…」
「ぷっはっ!はぁ、はぁ……や、やっつけたのかな!?」
「ああ、お前が倒したのだ。」
《水の塊》の姿は無く、そこにあるのはた立ち昇るわずかな湯気のみだ。
「あ…手が……」
右手の赤みと火は徐々に消え、やがて拳の菱形模様だけが残っていた。
「少年。貴様は一体…」
「よっと。ありがと!おっちゃん。」
俺は引っ張り上げてくれたリプロザスに礼を言い、上着を脱いで絞った。また濡れちゃったよ……ホントに風邪ひきそうだ…
リプロザスは先程自分が投げたナイフを見つめた。
(ナイフで攻撃しろという意味だったのだがな…まさか素手で倒してしまうとは…)
リプロザスは馬に乗り、俺を見下ろして言う。
「…自身の事も、名前すらも分からんという事だったな。」
「え?…うん、そうなんだよ。俺も何が起こってんだかさっぱりなんだ。」
ため息を付きながら絞ったボロ服を着ると、リプロザスは今度は馬の上から手を差し伸べた。
「城へ来るか?」
「へ?」
「お前の事について調べよう。今回の討伐の礼もある。その方がお前にも都合が良いと思うが、行く当てもあるまい?」
「ほんと!?それは願ったり叶ったりだ!寒いし!腹も減ってきたし!」
「そうか。ならば共に行こう。」
「やった!行く行く!!」
俺はリプロザスの後ろに乗せてもらった。
「これを羽織るがいい。」
リプロザスはマントを外し、俺に渡してくれた。俺はそのマントで体を包む。暖かい!
「ありがと!おっちゃん良い人だな!!」
笑顔で礼を言ったが、彼は特に反応を示さず、黙って馬を操っていた。
(あの力…間違いあるまい。先程は咄嗟の事でああ言ったが、まさか本当に現れるとはな…凄まじい力だ。)
リプロザスの馬が橋の上の隊列に戻り、城への帰投を再開した。
「ん?」
道中、一人の兵士が並走して近づいてきた。兜を上げると、それはリエンディだった。
ここで女の子の顔が出てくるのは予想外だったので驚いた。…そして、ちょっとドキっとしてしまった。
「お前、凄いな。」
「え?あ、いや…俺自身成り行きの勢いだけでって言うか、よく分かってないんだけどな。」
「それでもあの力は本物で、アレを倒したんだ。誇って良いと思うぞ。私も期待している。」
(なんだかやけに偉そうなのがちょっと気になるけど…可愛い子だな…同い年くらいか…?)
かくして、俺はリプロザス一行に連れられ、その後は何事も無く、日も暮れた頃にウンディーネ王国に到着したのだった。
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