四話 ……羨ましい
魔力を原動力とするからくり人形の
食事はエネルギー補給という意味合いでも多少するのだが、それでもしなくても問題なかったりする。
そんな
「……
ポツリと呟き、
数秒か、はたまた一時間近くか。襖の向こう側の和室で寝ている杏やウィオリナ、穂乃果やなつの寝息だけが響き、他はすべて痛いほど静寂だった。
と、今まで一呼吸もしていなかった
「やはり昨夜の烏丸郭様の移動ルート。私が見つかるまで、特におかしな行動はありませんでした。あったとすれば、やけに多くの鳩と戯れていた事でしょうが、あれはただの鳩好きだと考えて問題ないでしょう……」
それは自己認識を確認するため。本来、頭の思考だけでも完結する
食事を楽しむのもその一環だったりする。
「ですが、それ以降がおかしい。まず、何故私が見つかったのでしょうか? 隠形は完璧。それこそ
トントンと座っている椅子の手すりを指先で叩きながら、「何より」と呟く。
「
大きく目立って怪しい様子はなかった。けれど、おかしな存在である
その不自然さは明らかに無視できないものなのに、けれど嘆息する。
「……ですが、魔力などといったエネルギーを宿している気配はありません。そういう道具も」
郭はその不自然さを形作る具体的な何かを持っているわけでもなかった。
ならば、
「龍安寺のあれ以降、電話をするようすも誰かに接触する様子もない。スマホの電話履歴を確かめ探っても、別に相手は普通の一般人でご友人だった様子」
直接記憶を読み取るなどをすることもできるが、郭の存在が不確定な以上下手な手は打ちたくない。
「まぁ緊急事態は起こっていませんし、監視で十分なのですが……」
ぼんやり呟いた時、
「なんの監視だ?」
広縁と和室を隔てていた襖が開かれ、眠たそうに目をこする杏が尋ねた。着ていた浴衣はずいぶんとはだけていて、下着が露わになっている。
「いえ、なんでもありません。それよりも起こしてしまい、すみません」
「……何の監視だと聞いている」
「……
「……そうか」
嘘は言っていない。直樹も監視はしている。まぁ、鬱陶しがられて、つい先ほどまかれてしまったが。
しかし、杏は少しだけ納得いかないように顔を顰め、モゾモゾとはだけていた浴衣を着直し、
「酷く顔色が悪いですが……昨晩は遅かったのですか?」
「深夜遅くまで外出していたお前ほどではない。どこに行っていたんだ?」
「
「……は? 何故?」
杏が呆けた。
「さぁ? 就寝時間を超えて外出していたからとしか。それよりも寝なくて大丈夫なのですか?」
「……問題ない。今ので目が覚めた」
覚めたように杏はつぶやく。
それから大きな蒼穹の瞳で靄がかかった暗い外を見やった杏は、何度か逡巡した後、力なく尋ねた。
「……雪は……雪の想いは
「
「………………ああ」
杏は神妙に頷いた。
「……どうでしょうか? 私には分かりませ――」
「私たちについてあれこれ画策しようとしているのにか?」
「……結局は本人たちです。私は
痛いところを突かれ、
杏は瞳を細めた後、溜息を吐きながら自嘲気味に笑う。
「さて、どうなんだろうな。この気持ちは……」
「どういう気持ちなのですか?」
「……どういう気持ちって……何なんだろうな。
「私はその一言を知らないのですが?」
杏は決まりの悪そうに顔を顰め、
「……まず
「恐怖でですか?」
「…………まぁ、ごく僅かだが、そんな気持ちがあるのかもしれないな。お前の話や大輔の表情を見ていれば、身近にいる人間は誰しも思うだろう。別に特別じゃない」
歯がゆく悲痛な想いを吐露するように顔を歪め、杏は頬杖を突いた。それから、自身の頬を少しだけつねった後、冗談を言うように愛想笑いをする。
「生まれてこの方、誰かを羨んだ事は殆どないんだ。恨んだ事はあるがな。だから、会ったこともない女性をズルいと思ったのは初めてだ。その時間は……アタシには想像もできないほど辛いことがあったはずだ。過酷だって聞いたしな。だが……それでもアタシはズルいと思う」
誰をズルいと言ったか、
「……そうですか」
「そうですかって……そう淡々に頷くな」
咎めるような視線を向けた杏に、
「では、どうすれば?」
「………………どうすればいいのだろうなぁ」
「……」
言葉に詰まり、悩み、そうぼやいた杏は深海の底でもがくかのごとく、切実に請い願う。
それは静寂に溶け、
それに気が付き、杏は「すまんすまん」と苦笑する。それから一転、小さく悲し気に「……ただただ辛い。苦しい」と呟く。
………………
何を言えばいいのか、
人工の瞳をさまよわせ、何度も言葉に詰まる
「魔法も役に立たないな。己の心一つ定義できないなど」
「……定義できない想いなのでは? 私にはわかりませんが」
「……それでも想いなのだろう? 信じたいじゃないか、その想いを。だが、結局は無茶苦茶でごちゃごちゃで不安定で、そもそもあるかどうかも分からない。何も信じきれない。……そういう苦しさは無理だ。もう散々なんだ」
魔法少女になってから母である芽衣が助かるまで、そんな確信を持てない苦しみに悩んでいた。もし、それを自力で乗り越えられたなら、これも耐えられたのかもしれない。
だが、あのときは大輔がいた。大輔がいくら言い訳しようとも、結果的に見れば、大輔が助けてくれたのだ。
杏は自分の判断ではなく、大輔の判断を信じたのだ。信じさせたのだ。
酷く甘い。沼に嵌って抜け出せず。
……されど隣に立ちたいと思ってしまう。
「……羨ましい。雪が、雪の魔法が羨ましい」
ああ、言ってしまった。こんな想いを抱くだけでも嫌なのに、口に出してしまった自分が本当に憎い。
杏は自嘲するように頬を引きつらせる。
そんな杏の内心に気付いているのか、いないのか、
「羨むものではないと思いますが」
「……分かってる。冗談だ」
苦笑した杏はキーホルダーサイズの大剣を懐にしまい、白み始めた空を見る。
蒼穹の瞳がゆっくりと細められた。
「ちょうどこんな感じか。うっすら見えているのに、結局先は分からない。辺りが照らされているのに、どこに光があるのか分からない」
フッと頬を緩ませた杏は立ち上がる。
「どこへ行かれるので?」
「シャワーを浴びる。お前はいいだろうが、ケアとかもしなくてはいけないしな」
「……そうですか」
そう言って杏は自身のキャリアケースから着替えと化粧品などを取り出した後、ウィオリナと穂乃果、なつが寝ている和室を通り抜け、玄関口に近い扉の中に入っていった。
Φ
漬物をカリカリと食べながら、大輔は溜息を吐く。
(結局いないじゃん、あの二人。
味噌汁を飲む。美味い。憂鬱な心に染み渡り落ち着く。
(っというか、
大輔はクラスメイトと会話をしながら食事をしている杏とウィオリナを
特にウィオリナは日本食が珍しいのか、目をキラキラ輝かせている。杏が「落ち着け」と言いながら、ウィオリナの頬っぺたについていた鮭の骨を取る。
口元を
思わず昨日の出来事が脳裏を
(……線引きはキチンとしてる。問題ない。それに僕には……)
大輔は小さく首を横に振り、そう自らの心を確認し、引き締める。
……ところで、大輔に直樹や杏たち以外に友達がいるかといえば、いないとしか言いようがない。
事故の件もだが、それよりも今は杏とウィオリナの事で
女子とはそもそも関わりがない。
まぁ、つまるところ、
(みんなと一緒に食べるのが一番だよな……)
騒がしくも異世界の皆と食べた朝食を思い出し、突き刺さる数々の視線に辟易していたのだった。
朝食が終わり、今夜は別のホテルに泊まるためバスに大荷物を積み込む。その後、最低限の荷物を持ち、旅館を出た。
制服姿の生徒たちが集まり、それぞれのグループとなっていた。
大輔は杏とウィオリナ、そして今はいない
明日は別のグループ編成となっている。結構面倒なのだ。何故、こんなに面倒なのかは分からないが。
「……直樹さんもいないんです?」
「そうなんだよ……たぶん、一人で色々と観光地を巡ってるんだろうけど……」
大輔は嘆息混じりに答える。しおりを見て、今日の予定を見直していた杏が顔を上げる。
「教師たちにはどう見えてるんだ?」
「普通に二人ともここにいるように見えてるよ。ほら、これ」
大輔は二枚の鋼鉄の羽根を手元から取り出す。
「……確か、
「うん。これで幻術を見せてるんだよ。まぁ、
「ああ、あの妙な認識操作か」
「うん」
生徒たちが全員集まり、教師たちが自由行動の注意点などを説明していく。
ウィオリナはふんふんと真剣に聞き、大輔はぼーっと空を見上げる。大輔の隣に座る杏は少しだけ落ち着かないのか、何度も体をよじらせ居住まいを正す。
そうして話が終わり、自由行動の号令を出された。
「行くぞ」
「アンさんっ?」
「え、あ」
と、杏はウィオリナと、一瞬ためらった後大輔の手を掴み引っ張って、その場を離れる。遅れて後ろから、男子だけの班の人たちが追いかけてくる。怨念らしきものさえ見える。
意図を読み取った大輔が二体の
大輔たちは脇道に入った。
「……なんか、面倒だな……」
「そうか? 喜ぶべきではないか?」
「何を喜ぶのさ」
と、
「早く行きましょうっ」
よほど楽しみなのか、茶髪のサイドテールをブンブンと揺らし、ウィオリナは二人の手を引く。
大輔と杏が顔を見合わせて苦笑し、小道を進んだ。
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いつも読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが読みたい、杏、面倒くさい子、と思いましたら、応援や★等々をお願いします。そうでなくともお願いします。モチベーションアップや投稿継続に繋がりますので。
にしても、ようやく兆しが見えてきたかもしれない……(たぶん)
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