五話 英語か、面倒な。
少し時間は巻き戻る。
シャワーの水音が微かに聞こえる中、
「はぁ」
溜息が漏れる。
だが、今、自身の胸中を占めているこの感情は、
(……なんなのでしょう、この無性に駆り立てる気持ちは……それに自らが自らでなくなるような……)
そもそも自らを確立していない己に、何故自らでなくなるという感覚が出てくるのか。
思考を切り替える。
「郭様の事もですが、まずは杏様について考え……」
人間臭く自身を冷静にさせるために状況を述べようとして、
そうして数秒の沈黙を保った後、
「ッ!」
それから自身に無音の魔法を使い、音を消す。ウィオリナたちが寝ている和室を素早く通り抜ける。
そして靴を履き、焦るように、それでいてゆっくりと玄関のドアノブに手を掛けて、旅館の廊下に出た。
走る。
姿も音も気配も何もかもを消して、階段を降り、旅館のエントランスに行く。
エントランスには二人の人影があった。
一人は外国人男性。肌は白く、赤に近い茶髪。ラフなTシャツにジーパン。大き目のバックパックを背負っている。歳は三十くらいか。
片手に観光用のガイド紙を持っているのも合わせれば、観光客だと容易に推測できる。また、話している英語に少しだけドイツ訛りがあることから、ドイツ系の人なのだろう。
そしてもう一人は郭。朝に一服しようとしたのか、タバコ……というより、
「I would like to go to this Make shrine, how do I get there?」
「まけ? 京都観光でそこ選ぶ? というか、何でこんな時間に……まぁいいが」
白衣から取り出したスマホを操作して、郭はふんふん、と頷く。それから喉の調子を整えるように咳払いする。
「こほん。ええっと、その――あ、違う。英語か、面倒な。……ごほん。Can I borrow that travel brochure?(その観光パンフレットを貸してくれ)」
「Why?(あ、何でだ?)」
「Because it's faster to write it down than to talk about it. Besides, you don't want to keep asking.(書いた方が早い。それに、何度も聞き直す必要もないだろ?)」
「That's true.(確かにその通りだな)」
流暢だ。
多少オーバーな仕草はあるものの、郭の発音は流暢だった。
そのことに
「Are there any other sights you plan to stop by besides the Make Shrine?(途中で寄るところはあるか?)」
「I plan to go there first.(最初にそこに行く予定だが)」
「I see.(分かった)」
スマホでポチポチ調べながら、郭はガイド紙に色々と書く。
「I want to send a picture to your phone. Let me share your phone with mine.(写真を送りたい。共有できるか?)」
「Well……Ok.(ああ……分かった)」
それからSNSで調べたであろう駅の写真などを外国人男性のスマホに送る。共に欠けたリンゴのスマホだ。
そのあとも少しだけガイド紙に何か書き込んだ後、外国人男性に返す。
「This should be no problem.(これで問題ないと思う)」
「Oh, thank you(おお、助かった)」
外国人男性は郭に手を差し出す。郭は差し出された手を握り返し、それから去ろうとする外国人男性に
「Have a good trip.(良い旅を)」
「Have a good day, kind teacher.(良い一日を、親切な先生さんよ)」
そして外国人男性は旅館を出て行った。
郭はエントランスの時計を見る。
「一服する時間はないな。既に会議の時間だ」
やれやれ、と溜息をついて少し体を伸ばした郭は
そして郭が完全にいなくなったのを確認して
「あれ、
「ッ、
エントランスに置いてある自販機で飲み物を買いに来たのか、大輔は小銭を入れたがま口財布を弄んでいた。
「うん? どうした?」
大輔に胡乱な瞳を向けられ、
つまり、ここで嘘を吐くことは背信にはならない。
自らに
「いえ、それよりもこれから私は限定スイーツを入手すべく外出して参ります。ですので、今日はご一緒できません」
「限定スイーツ? 直樹がそんなの頼んだの? っというか、今日はって昨日も一緒にいなかったじゃん」
責めるような大輔の言葉を
「……それより、一つ頼みが」
「え、何?」
あまりに真剣な
「杏様とウィオリナ様の想いを、どうかできるだけでいいので尊重してください。では、私は限定スイーツを買いに行ってまいります」
「あ、ちょ。その恰好で外に出るのっ? ってか、どこのスイーツを――」
大輔が制止をする間もなく、
隠蔽されてたとはいえ、魔力を宿していた外国人男性を追うために。
Φ
二時間半ほどだろうか。
既に多くの学生や社会人はそれぞれの本分に力を入れ始める頃だろう。
魔力を持った外国人男性を追って京都を横断した
視線の先には外国人男性がいる。
傍目から見れば観光を楽しんでいる様子だが、足や重心の移動、視線の動きが一般人ではなかった。
外国人男性は適当に参拝する。一般の観光客ならそのまま踵を返すだろうが、やはりそうではなかった。
キョロキョロと間断なく鋭い瞳で辺りを見まわし、人がいないことや防犯カメラの位置を把握した外国人男性は、とても身軽な動きで神社の裏に回る。
そのまま、草木の塀を乗り越え、奥の山へと足を踏み入れた。
そうして外国人男性が山を駆けること数分、少し開けた場所にたどり着いた。円状に木々が
その岩には護符のような札が何枚も貼り付けられていて、しめ縄が巻かれていた。
故に、自身が地図のどこにいるかも緯度と経度で正確に言えるほど把握していたのに、この場所は知らない。
と、外国人男性は辺りを見渡し、何度か岩の周りをぐるぐると回った後、岩に背を預けて座り込んだ。
背負っていたバックパックを脇に置き、瞑目する。
(……誰かを待っているのでしょうか? まぁ、関係ないことです。
そう
「ッ」
空から矢を象った火が岩の周囲一帯に降り注いだ。
外国人男性は慌てない。
「〝魔導・グリモワール――四。属性指定――水。状態――結界。範囲――二から十三。展開実行っ!〟」
英語ではない。日本語でもない。この世界にはない言語。
魔術陣が上空を覆ったかと思うと、水の壁が出現。降り注ぐ火の矢を防ぐ。
が、水の壁は蒸発し、辺り一帯が水蒸気に包まれてしまう。ちょうど太陽が雲に隠れてしまったこともあり、濃霧に入ってしまったかのように視界が悪くなる。
水蒸気にまぎれて上空から落ちてきたのは外国人の女性。スレンダーで、黒装束を纏う。フードを被っているせいでハッキリとはしないが、チョコレート色の肌とくすんだ金髪なのは分かる。
猫のごとくしなやかに着地した外国人女性は、一寸先も見えない視界の中迷わず岩に向かって一直線に跳ぶ。
が、
「〝魔導・グリモワール――三。属性指定――木。状態――拘束。範囲――四から六。展開実行っ!〟」
「Fuck.(クソッ)」
視界を悪くしたのはわざとだ。いくら目的の岩の位置を把握していようと、周りに仕込んだ罠には気付かない。
そう言わんばかりに、濃霧の中、しなやかなツルが地面から伸び、外国人女性を拘束する。
水蒸気が晴れる。
「Hello, Emerada.(久しぶりだな、エメラダ)」
「……」
外国人男性はツルに拘束され地面に縫いつけられている外国人女性――エメラダを見下ろす。
唇を噛み覚悟を決めた様子のエメラダはキッと外国人男性を睨み、
「〝喰らえ、喰らえ、喰らいたまえっ! 罪なる我が身の糧としてっ! 魔導・グリモワール――零っ!〟」
「ッ!」
瞬間、どす黒い魔力がエメラダから立ち上り、包み込む。
慌てて飛びのいた外国人男性はジリっと冷や汗をかいて、腰を落とす。岩を守るように拳を構える。
そして、エメラダを覆っていたどす黒い魔力が晴れる。
「燃えろっ!」
「ッ! 〝魔導・グリモワール――二。属性指定――氷っ。展開実行っ!〟」
エメラダの言葉に魔力が反応して、業火が
外国人男性は頬を引きつらせながら、脇においていたバックパックからペットボトルを取り出し、中身の水をぶちまける。
瞬間、その水が凍り、巨大な壁を作り出す。業火を防ぐ。
外国人男性がエメラダを見据える。黒炎を足元に纏ったエメラダは、不敵な笑みを浮かべて一歩、一歩と歩みを進める。
「You've degraded yourself in the monster.(魔法に身を落としたか)」
「Yes. And die.(そうよ。そして死ね)」
狂気に染まった絶叫が響く。エメラダだ。
体のどこからそんな絶叫が出せるのか。優雅に
「ッッ!!」
黒炎が滝のごとく降り注いだ。外国人男性は対応する前に飲み込まれた。
エメラダはそれを冷徹な瞳で眺めていた。
そして、十秒近く経った後、再び無造作に右手を振るった。
黒炎が晴れ――
「ッ」
「Thank y――いや、感謝する。助かったぜ、芦屋さん」
「いや、こちらも遅れてすまぬ。グスタフ殿」
中肉中背の黒髪黒目。右手に白き炎を宿した
左手にはお札を持っていた。
影に隠れていた
======================================
いつも読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが読みたい、うっわ、英語だ、と思いましたら、応援や★等々をお願いします。そうでなくともお願いします。モチベーションアップや投稿継続に繋がりますので。
英語を出すか最後まで悩んだのですが、一応出すことにしました。
が、私の英語力はゴミクソなので多分、間違いが多いと思います。もし詳しい方がいらしたら、教えてくださると助かります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます