三話 誰とラブコメしたんですかっ、直樹さんっ!
下鴨神社。
修学旅行一日目、最後の観光地だ。
夕方だからか、観光客はそこまで観光客は多くない。地元民もちらほらと目立つだろうか。
ある程度の自由行動が許され、クラスの各々は好き勝手にグループを作り、神社内を回っていた。
大輔たちは、最初、参拝を行った。
ウィオリナが隣を歩く大輔に尋ねる。
「ダイスケさんはさっきの参拝で何をお願いしたんです?」
「ああ、それは――」
答えようとした大輔は、杏の表情を見て、微妙に顔を顰めた。
「僕が何かお願いする事がおかしいの?」
杏は慌てる。
「いや、すまない。ただ、お前ほどの人物になると、何かを願うことはあるのか、と。自分の力で成し遂げると言いそうだしな」
「ああ、なるほど」
心当たりがあるのか、大輔は納得したように頷いた。
「まぁ、そうだね。杏の言う通り、何も願ってはないよ」
「けど、丁寧に二礼二拍手一礼? をしていましたです? それに何か強く思っていたような気がしたです」
「……そうだね」
大輔は少し考えた後、周囲を見渡す。探していた人物は見当たらない。
「まぁ、いいか。昔、直樹が言っていたんだけどね、神社は神さまに感謝を伝える場所なんだと」
「感謝だと?」
「うん。人は神さまや精霊、先祖……様々な存在によって生かされている。だから、その感謝を伝えるんだと」
「……アイツがか?」
「……ナオキさんがです?」
杏とウィオリナが意外そうな表情をする。それどころか、とてつもなく不信な表情を浮かべる。
大輔が苦笑する。
「分かる。僕も最初、それを聞いてそんな思いだったもん。信心深いようには見えないんだけどね……」
大輔たちは、みたらし団子を買う列に並ぶ。甘じょっぱい匂いが漂っていて、杏とウィオリナのお腹がグーとなる。
二人とも頬を赤くした。
大輔は気にせず話し続ける。
「こないだそれらしき存在にあったから何とも言えないけど、その時は、僕は神さまなんていないでしょ? って尋ねたんだよ。そしたら、いるかいないかの問題じゃないって言われた」
店員さんにお礼をいいながら買ったみたらし団子を受け取り、近くの朱の布が引いてある椅子に座る。三人仲良く揃って食べる。周りが羨ましそうに大輔を睨む。
「『神さまがいないって言ったのは、目に見えず感じ取れず、いた証拠もないからだろ? だが、目に見えず容易に感じ取れないのに、いやだからこそ俺たちは想いなんていう不確実なものを大事にしている。大切にしている。特に他人の想いなんて実際ところ、分かるはずもないのに』」
大輔は直樹の言葉を
「『神さまが実際にいるかどうかは知らん。ぶっちゃけ、信じてもいない。だが、ならばこそ、自分の都合のいいように解釈する。願いは
諳んじていた大輔がごちそうさまでした、と言った。杏とウィオリナも大輔の言葉に聞き入りながらも、ごちそうさま、と言った。
「『自分一人で全てを
「……含蓄があるというか、なんというか……」
「素敵です」
大輔は頷いた。
「まぁ、だから、僕もそれはいい考えだと思ってね、それ以来、こういう場所とかでは感謝とかを伝えるようにしてるんだ。そうすると、自然と自分の大切が見えてくるしね」
「当の本人は参拝なんてそっちのけで、
そして、杏とウィオリナは、
(忘れている大事な想い……か)
(わたしは何を大切にしているんです……?)
大輔の横顔を眺めていた。
因みに、水みくじは全員末吉だった。周りを見た感じ、たぶんここのおみくじは末吉が一番下なのだろう。
Φ
「で、何か用か?」
上品な旅館。時間は十時過ぎ。とっくに就寝時間なのだが、[薄没]を使っているのもあって誰にも気づかれない。
旅館備え付けの浴衣とその上に自前の年季の入ったコートを羽織っていた直樹は、エントランスの先の曲がったところにある椅子に座り、外を眺めながら電話をしていた。
夜散歩に出ようとしたのだが、電話がかかってきたのだ。
『あ、いえ、どうしているか気になって……』
『そうじゃ。二人でパジャマパーティーとやらをしておるのじゃがの、そっちは五人じゃろ? ズルいと思っての』
「いや、男女は分かれてるし、そもそもパジャマパーティーでもないっつうの。まぁ多少、トラブルはあったが」
『トラブルですか?』
電話の向こうは雪とティーガンだ。どうやら、雪の家でパジャマパーティーをしているらしい。
音量は小さいが、奥から
「ああ、いや。ラブコメというか、なんとい――」
『誰とラブコメしたんですかっ、直樹さんっ!』
「うおっ!」
雪の怒声が響き、スマホを耳から離す。バカになった片耳を抑えつつ、反対の耳にスマホを当てる。
「うるさい」
『す、すみません……』
「っつうか、俺なわけないだろ」
『い、いえ、なくはない……いえ……』
『……ナオキよ。お主は――まぁ、よい。それよりウィオリナたちが何かしたのじゃろ?』
ティーガンが呆れたような溜息が聞こえた。
それに首を傾げつつ、直樹は嘆息混じりに答える。
「右手に杏さん、左手にウィオリナさん。後ろに這いよる
『容易に想像できるの』
「しかも、杏さんはやっかみで大輔に突っかかってきた一部の男子をのした際に、着ていた浴衣がはだけたり……あと、ウィオリナさんが阿呆をやらかしていたりで」
『阿呆って……』
『……雪、聞いてやるな。想像がつく。浴衣と着物は違うと何度も言ったはずなのじゃが……』
「いや、そもそも着物もだろ。今は、専用のとかも普通に売られてるし、着るもんだろ」
『……あ、分かりました』
ティーガンの疲れた声音がスマホから響いてくる。
それを聞いて、直樹はあれって故意だったのでは……と若干の疑念が生まれたが、まぁ天然だろう、と納得しておく。
前にエクスィナがウィオリナをべた褒めしていたのをなんとなく思い出したが、勘違いだと首を振る。勘違いであって欲しいし……
まぁ自分には関係ない。困るのは大輔だ。なら、いいか。
と、
『ところで、直樹さん。なんで、そこまで詳しいんですか?』
一段と低くなった雪の声が響く。『何』を言わないが、だからこそ恐ろしく聞こえる。
しかし、直樹は落ち着いて答える。
「ミラとノアが着たいって言ってたんだ。だから、先とはいえ調査は必要だろ? それに異世界にも和服に似たような服はあったんだ」
『本当にですか?』
「逆にそれ以外に何があるんだ?」
『いえ、それはへれ……と……で……』
「あん? なんだって?」
あまりにごにょごにょと小さく話すもので、直樹は聞き逃す。決して、突発性難聴になったわけではない。
隣で聞いていたティーガンも聞こえなかったし。まぁ、ティーガンは雪の表情で何を言ったか容易に想像できていたが。
『い、いえ、何でもないです』
「……そうか。それで、他に何かあるか? ないなら、切るが……」
眠たそうに欠伸をした直樹はチラリと時計を見やる。
『そうじゃ、尋ねておきたいことがあったんじゃ』
「なんだ?」
ティーガンの声音があまりにも真剣だったため、直樹の視線が鋭くなる。
『過越しの結界についてじゃ。簡易の移動用小規模過越し結界は身に付けておるじゃろう?』
「ああ。四日ぐらいはいいかと思ったんだが、
『いや、なら、いいんじゃ。妾の勘違いのようじゃし』
「……数千年生きている
『うむ……』
ティーガンは頷く。
『過越しの結界に似た感覚を感じた』
「似た感覚? というか、感じた? どこで?」
『京都全域じゃ。簡易のが機能するか心配になっての。昼間に京都にちょっと行ってテストをしたんじゃ』
「……ちょっとでいける距離じゃ……いや、そもそもそれなら俺たちも呼んでくれ」
『ウィオリナやお主らにも純粋に楽しんでも貰いたかったからの。許しておくれ』
そう言われたら直樹も強く出れない。
「次から知らせるだけでも頼む。自分たちの事だしな」
『うむ。心得た。でじゃ、正常に過越しの結界が機能していると分かったから、帰ろうとしたんじゃ。そしたら、違和感というかの。過越しの結界ではない、けれど同系統の結界の気配を感じたんじゃ。ただ、あまりに微量じゃったもんで、お主らが動きまわり、過越しの結界の気配が残っただけじゃと思ったんじゃが……』
「……なるほどな」
と、雪が疑問を口にする。
『神和ぎ社ではないんですか? あれも京都にあるとか言っていませんでしたか? ほら、
「ああ、確かに。あれも京都のとある場所だった……が過越しの結界みたいなものを張っていたかといえば……いや、明日確かめてみる」
『……すまぬ。せっかくの修学旅行じゃのに』
「いや、いいんだ。俺の場合は下見みたいなもんだしな。他にはあるか?」
ふむ……とティーガンが少し悩み、
『再度伝えておくことがあった。過越しの結界は張った直後から効力を発する。つまり、張る前に会った事のある存在は、そのまま会い続けるんじゃ。あくまで両者が知り合わないようにするだけじゃからな』
「うん? それは聞いたぞ。だから、そういう存在は再び会わないように指定したし問題な――」
『妾たちが指定していない存在もいるかもしれないということじゃ。
「ああ、なるほど。分かった。大輔たちにも伝えておく」
『うむ。……それともう一つあるんじゃが、
少し戸惑ったような声音が聞こえ、直樹は首を傾げる。
「修学旅行もあってあまり調整できなかったが、何か不具合でも起こったのか?」
『いや、今のところ不具合は確認できておらんのじゃが、妾の経験上必要以上に強くすると、面倒な不具合が起きる可能性がある』
「それが一番引っ掛かってたのか」
『う、うむ……』
たぶん、京都で感じた気配や直樹たちが想定していない存在よりも、ティーガンが一番気になっていたのは、たぶんこれなのだろう。
「分かった。帰ってきてからだが、調査する。後で必要事項をメールするから、準備をお願いできるか?」
『うむ』
『私も手伝います!』
雪の元気いっぱいの声が聞こえた。ティーガンの申し訳なさそうな声音が伝わる。
『……すまないのじゃ』
「いや、そういう意見は大事だ。さっきも言ったが、俺の経験上、数千年長生きしている存在の勘や慎重さはバカにできない」
『それはなんというか少し嬉しくないのじゃが……』
ティーガンは不満な声音で文句をいう。直樹はすまんすまんと笑う。
「だが、これからも何か気になることがあったら、遠慮なく伝えてくれると助かる。……他に言い残した事はないか?」
『ないのじゃ』
『ありません』
雪とティーガンが頷き、優しく囁く。
『おやすみなさい、直樹さん』
『お休みじゃ、ナオキ』
「ああ、お休み」
直樹はフッと頬を緩め、電話を切った。
と、その時、
「不良少年。
白衣姿の郭がポケットに手を入れ、直樹を見下ろしていた。怒っているような、それでいて呆れたような表情だった。
「あ、烏丸先生」
「あ、ではない。あ、では。ったく、ギズィアといい、君といい……」
疲れたように溜息を吐いた郭の言葉に直樹は首を傾げる。
「
「夜歩きだ。ったく、私が見つけたからいいものの、他の教師たちが見つけていたらどうなっていたか……」
「それは、なんかすみません」
「何故、君が謝る。それよりも自分が自室にいないことを謝りなさい」
「すみません」
直樹は頭を下げる。郭ははぁ、と溜息を吐き、
「では、行くか」
白衣に手を入れ、歩き始める。直樹はなんとなくついていきながら、首を傾げた。
「へ、どこに?」
「お説教だ。不良少女も待たせている」
「いや、そっち、外なんですが……」
エントランスの方へ向かっていた郭は、直樹が浴衣の上から羽織っていた年季の入ったコートを見やる。
「どこで買ったのかはわからないが、今朝のトランクケースやバックパックといい、君は趣味がいいな。普通、高校生が重ねた歳では出せない味を身に付けると、違和感があるのだがな。よく似合っている」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
急にそんなことを言われ、直樹は少し照れながら、七年間も使い込みましたからね……と心の中で付け加える。
「……と、まぁ兎にも角にも、コートを着ているのだから、夜歩きする気だったのだろう?」
郭の鋭い瞳が直樹を射貫く。
このまま外でお説教の流れとか面倒だな……と思った直樹は渋る表情を見せる。
「いえ、今はその気はないですが……」
「つまり、最初はする気だったのだろう。なら、少し付き合いたまえ。奢るぞ」
「あ、なら、ついていきます」
渋っていた直樹は奢ると聞いて態度を反転させる。
「現金なやつめ」
「で、何を奢ってくれるんですか?」
「ラーメンだ」
「ラーメン……?」
「そうだ。この辺は意外といいラーメン屋が揃っていてな。それにラーメンは日本食だ。つい先月日本に来たギズィアは食ったことないだろう」
「……あ、そういえば、そうですね」
「そういえばって、君は……」
呆れ気味の郭はエントランスで待っていた
「ギズィア。言った通り、羽織ってきたか?」
「はい。これ、鍵です」
「ああ、確かに受け取った」
どうやら、
兎も角、郭は二人を連れて深夜の京都へと繰り出した。
そして、直樹たちはラーメンを食べた。
とても満足だった。
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