第十四章:終焉の旋律

【サキ視点】


「あぁ〜もうなくなっちゃった。」


 グワイの森から取っておいた、スイートプラントを食べながらお城に向かって歩き出す。みんなどこへ行ったのかしら。


「さきん、めいべるぅん、らーゔぁなぁ、ふぅ〜りん、んてきとうにかたづけたら、んしろまでこいん」


 メネル様から通信が入った。かわいいこのお人形が、もっと愛おしく思える。足元に転がる兵隊さん達を避けながら、お城を探す。


「お城ってどこ〜?」


「こっちでしゅ…」


「メイベル!…涎垂れてるよっ。」


 服がボロボロだけど、なんだかとっても嬉しそう。私はメイベルと手を繋いで、歩き出す。大きくて白い、素敵なお城。あんなお城に、メネル様と一緒に住めたら素敵だな。メネル様に言われた通り、魔力を温存していたから、私は元気いっぱい。


「メイベル、お城には何があるの?」


「ひゃい、最上階に玉座の間がありましゅ…」


「そこに王様がいるのね。」


 きっとそこにはメネル様もいるはず。私はメイベルを連れて、フライの魔法を行使した。見下ろした王都は、すっかり静まり返っていて、みんなかくれんぼしているみたい。お城の周りには衛兵さん達が、たくさんいそうだったから、私は一気に最上階に向かうことにした。お城のてっぺんの、小さなベランダに降り立つ。


「お邪魔しま〜す。」


 窓から入ると、おしゃれなお部屋に通じていた。ピンクのレースのカーテンに、真っ白なベッド。その上にはクマのぬいぐるみ。きっとお姫様のお部屋に違いない。私はスルスルした、シルクのシーツを手で撫でながら、想いをめぐらせる。お城の最上階の、こんな素敵なものに囲まれて、私もメネル様と…ムフフ。


 自然と足取りが早くなる。早く会いたい。部屋を出て階段を降りると、とても広い廊下に出た。私たちの愛の巣よりも、もうちょっと広いかもしれない。廊下の両端には、なんだかよくわからないけど、とても高そうな、壺とか絵が飾られている。う〜ん、もっとグロスオクトパスのお人形とか、キンモドラゴンの絵を飾ればいいのに…。


 歩いていると、コツコツと靴の音が廊下に響く。駆け足したり、スキップしたりして、いろんな音を出してみる。大きな扉の前まで来ると、ビシビシって変な音が聞こえた。隣にいるメイベルが、また涎を垂らしている。重い扉を開けると、ド派手なドレスに身を包んだ女の人が、縛られた男の人を鞭で叩いていた。メイベルの鼻息が今までになく荒くなった。


「アルンドミエル様…」


 メイベルが口を開いた。前にメイベルとお話した時に聞いた、女王様の名前だ。あの装飾のヒラヒラした部分だけで作ったような服を着ているのが、この国の女王なの?前に王都に来た時、この国にはヒラヒラしたかわいい服が売っていないと思ったら、あの人が独り占めしていたんだ。


「あら、あなた達がこの国の転覆を企む反逆者かしら?」


「そうですけど、メネル様はどこ?」


「メネル?誰のことかわからないけれど、勝手に入ってきてしまうなんて、いけない娘ね。」


 女王は私たちが立っている場所よりも、少し高い高台から見下す。一瞬、ボロボロの男の人に目を落とすと、次の瞬間思いっきり鞭を振り回した。


「ぎゅぅうぅううんんっっ///」


 私に向けて大きくしなり振り下ろされた鞭に、メイベルが自ら当たりに行った。


「メイベルっ!」


「あら、あたくしとしたことが、外してしまうなんて。それにしても聖騎士ともあろうあなたが、ここまで身を落とすなんて、恥を知りなさい。」


 メイベルは満足そうな笑みを浮かべながら、気を失ってしまった。強化魔法がかかっているメイベルを一撃で仕留めるなんて、あの鞭は危ない。


「いきなりひどいっ!」


「突然、人の部屋に入ってきたあなた達だってひどいじゃない。今、あたくしのお楽しみの時間なの。それを邪魔するなんて、罪な娘。」


 センスのないドレスに身を包んだ女王は、男の頬に手を触れる。


「人を痛ぶって何が楽しいのっ!」


「可哀想。あなたはまだ虐げられる悦びを知らないのね。みんなあたくしに虐められるのが大好きなのよ。そこに転がっている痴女だって、わざわざあたくしの愛の鞭を頂戴しにきたじゃない。あなたの言うそのメネルという殿方も、あたくしの前では盛りの兎のように、腰を振るでしょうねぇ。」


 プツン、と私の頭の中で、何かが断裂する音がした。目の前が真っ暗になり、拳が強く握られる感覚だけが、手のひらに伝わってきた。


「メネル様がお前のような下衆女に媚びへつらうですって?自惚れるのも大概にして。」


 私はできる限りあの女が苦しむように、怨念を込めた水魔法を放った。カースドアクアプリズン。水の牢獄で溺死して。そうしたらそのヒラヒラを全部ひっぺがして、魔王城の魚達の餌にしてあげる。


「哀れな娘。」


 女王は鞭を振ると、周りに渦巻いていた水が吹き飛んだ。生き物のようにうねりながら、私に向けて鞭が飛んでくる。ビュンビュンと風を切る音とともに、四方八方から鞭が迫る。私の水魔法を簡単にかき消した鞭だ、防御魔法で防げるかわからない。私は身を翻してかわした。避けきれないものは、魔法で作ったハイドロランスで受け流す。受け流しているはずなのに、ハイドロランスが悲鳴をあげている。まともに受けたら壊れてしまいそうだ。受け流した鞭が、いかにも高そうな絨毯を切り裂いた。


「ちょっと!その一枚ものの特注絨毯は、あなたが一生働いても稼ぎきれないほどの金がかかってるのよ!どうしてくれるの!」


「そんなにお金があるのなら、もう少しマシなドレスを買うことね。」


 女王の雰囲気が明らかに変わった。部屋に流れる空気がピリつく。


「あたくしのアイデンティティを馬鹿にしたわね。極刑に値するわ。」


「あなたこそ、メネル様を獣呼ばわりしたこと、後悔しながら召されなさい。」


「このアマぁぁあああああ!」


 振り下ろされる鞭が勢いを増す。怒りに任せて振われる鞭は、軌道が単調だ。私は女王の攻撃を悉く交わし、懐に入る。もらった!渾身の力を込めて突いたハイドロランスが、ヒラヒラドレスに弾かれ砕け散る。


「くっ!」


 女王は高速で回転し、周囲一帯に飛び道具が放たれる。女王から飛んできた無数の攻撃をいなし切れず、左腕に突き刺さる。痛いっ!


「あなた如き愚民が、このあたくしに逆らおうだなんて、身の程を弁えることね。あなたを嬲り殺して、メネルとかいうオスをあたくしの奴隷にして差し上げますわ!」


 私は腕に刺さったのが、女王の着ているドレスのヒラヒラだということに気がついた。ヒラヒラを抜いた感触で分かった。これは鱗だ。


「トカゲ風情が、調子に乗るんじゃないわよ!」


 思惑通り、私の言葉は女王の気分を著しく害したようだ。女王の顔が怒りでしわだらけになった。


「いいでしょう、あなたに見せてあげましょう。あたくしの絶対なる力を!」


 眩い光とともに、女王は部屋の天井までつきそうな程の、巨大なドラゴンに変身した。純白に輝く竜…ホーリーライトドラゴンだ。メネル様が前世で、たった一度だけ敗北した相手だ。こいつをメネル様のところに行かせるわけにはいかない。なんとしてもここで私が仕留める。


 私が亜空間からアクアブレードを取り出すと、ドラゴンは目も眩む光線を吐き出した。私はドラゴンの頭上にテレポートして、狩りの下拵えを始める。


「ウォーターファントム!」


 水魔法で13体の分身体を作り出す。まずは邪魔な尻尾と羽を切り落としてあげる!振り下ろした剣がまたも鱗に弾かれる。


「ちぃっ!堅いっ!」


 この龍に弱点はない。ただひたすら打撃で消耗させてから、魔法を叩き込むしか倒す方法なはい。再びドラゴンから放たれた閃光で、2体の分身が消滅する。


「早いっ!」


 私は2体の分身を背後から頭部目掛けて飛ばし、眼球に刃を突き立てる。1体は振り回された尻尾に巻き込まれて消滅してしまったが、もう一体が竜の左目を抉った。鼓膜が破れそうな咆哮とともに、360°竜の鱗が飛来する。逃げ場がない!近くの物陰に隠れられたのは、本体を含めて残り5体。


「マーメイドアロー、ポセイドンジャベリン、シーナックル、カリプソハンマー、マリンソード!」


 水魔法で武器を精製する。弓でもう片方の目を狙い、槍で羽を刺し、両サイドから頭部に打撃を入れ、邪魔な尻尾を切り落としにかかる。鱗の部分は堅くてなかなか切れないけれど、打撃は有効みたい。左、上、後ろ、さまざまな方向からそれぞれ武器を持ち替え攻撃を続ける。死角になった左側から渾身の打撃を前後の足に入れた。竜はその場に倒れ込んだ。いける!


 私は更なる打撃を叩き込もうと、踏み込んだ瞬間、目の前が真っ白になった。これは…何か来る!私は何も見えないまま後ろに飛び、距離をとった。が、攻撃は一向に襲ってこない。私は感覚を研ぎ澄まし、気配を探った。左腕にじんわりと鈍痛が伝わった時、私ははっと気がついた。


 毒だ!最初に喰らった鱗の攻撃には、毒が含まれていた。私は今、視覚を奪われたのだ。まずい!再びビュンビュンと風を切る音が聞こえ、次の瞬間に分身体がかき消された。音だけではどうしても反応が遅れてしまう。残り4体…3体……ついに本体を含めて2体になってしまった。


 私は音のする方に水魔法を放ったが、壁に当たった音がした。その後も、手探りで移動しながら水魔法を放ち続けたが一向に当たらない。あんなでかい図体なのに当たらないはずが…いや、人間の姿に変化しているのか!気がついた時には私は吹き飛ばされていた。


「かはっ!」


 壁に叩きつけられ、息ができない。私は気力を振り絞り、最後の分身体を気配のする方へ攻撃に向かわせる。攻撃範囲の広い水刃を四方に放ったけれど、水が弾ける音とともに、最後の分身体がやられてしまった。


「やっと見つけたわよ。あなたが本体ね。よくもあたくしの美しい顔に傷を…!傷をぉぉおおおお!!!」


 女王は鞭を振るい、焼けるような痛みが全身に打ち込まれる。


「あぁああぁああっ!」


 身が引き裂かれるような、激痛が走る。


「あなたは絶対に許さないっ!ただで死ねると思わないことねぇええ!!」


 女王はより一層の力を込めて私に鞭を振り下ろし続けた。


「うぅ…」


 強化魔法が解けてしまった。意識を保つだけで精一杯だ。女王は私の髪を掴み、壁に叩きつけた。


「がはぁっ!」

 女王の荒々しい息遣いが聞こえてくる。


「所詮、あなたには何もない。力も、魅力も、財力も全てあたくしの方が優っているのよ。さあて、あなたの大切なオスでもいたぶりに行きましょうかねぇ。あなたの目の前でそいつを調教して飼い慣らして差し上げますわ。」


 女王の足音が遠のいてゆく。追いかけようと手探りで地面を触ると、フニフニした感覚が手に伝わる。通信人形だ。


「メ…ネル…様…」


「んさきん!どうしたんっ!?」


 あぁ、この声を聞くのも最後になってしまう…。できることなら一生、1番近く…隣に寄り添って聞いていたかった。


「愛…しています…いつも…いつまでも…」


 私は幸せ者だ。命を賭しても、守りたいものがあるのだから。


「スケルツォディノッテ…」


 命を削って敵を滅殺する、最期の魔法。愛しい人を守る為、私の全てをかけて、敵を滅ぼす。女王が振り返る気配が伝わる。


「この…死に損ないがぁあああ!」


「ミストノティス…シーナックル…」


 触れると敵の動きを把握できる霧を部屋中に行き渡らせ、拳を握る。女王の位置が…分かる。力一杯踏み込み、距離を詰め、女王の顔面に思いっきり打撃を喰らわせる。


「ぐがぁっ!」


 逃がさない。立て続けに連撃を叩き込む。距離を取ろうとしても無駄。目が見えなくても、私には女王の位置が正確に伝わる。そして私の方が早い。女王が距離をとった後ろに回り込み、殴打する。


「調子に乗るなぁあああ!」


 女王が振り回す鞭の位置も、霧を割く時、視覚よりも早く正確に伝わってくる。鞭を避け、殴る。鞭を避け、蹴る。私の命が続く限り、攻撃は決して緩めない。死んでも守りたい。愛されなくても、そばに居られなくなっても、力になりたい。たとえ私が作られた偽物だとしても、こんなにも幸せな気持ちを、メネル様は教えてくれたのだから。


 勢いよく振りかざした拳に感覚がない。外したのか…いや、右腕がない。いつの間にか攻撃を受けたようで、私の腕があるはずの位置に、鞭がある。構わない。左拳を女王のみぞおちに叩き込む。


「ぐげぇっ!」


 足元がぐらつき、バランスを崩した。左腕と左足も失ってしまった。女王の動きはかなり鈍っている。


「あああぁぁあああああああああ!!!!!!」


 私は女王の喉元に食らいつき、全ての魔力を込めた魔法を放つ。


「死海っ!!!」


 当たった。女王の身体はみるみる液体と化し、私の口からも流れて落ちた。見上げると、真っ白な視界の果てに、メネル様の笑顔が浮かぶ。もう触れることもできないけれど、必死にない手を伸ばす。


 今なら認めてくれるかな…。よく頑張ったと、褒めてくれるかな…。一度でいいから…好きだと…言って欲しかったな…。ごめんなさい…メネル様…


ーーーーーーーーーーー


【メネルドール視点】


「サキ!どうした!?」


 サキからの通信が途絶えた。何かあったに違いない。


「おいエステル!通信人形に回復魔法をかけてくれ!」


 通信人形はうんともすんとも言わない。まさか、二人ともやられたのか!?いや、正直今のエステルは俺よりも強い。あいつがやられるはずがない。俺はサキを助けに向かうことにした。さっき、上からものすごい音がした。


「最上階か!」


 俺は無駄に長く広い階段を駆け上がった。数えきれない衛兵が、俺を迎え撃つ。


「邪魔だぁああああ!」

 

 今は手加減なんてしている余裕はない。爆裂魔法で敵を一気に吹き飛ばしながら上を目指す。途中で窓を見つけ、そこから飛び出し、フライで一気に最上階に降り立つ。25mプールがすっぽり収まりそうな、無駄にでかいベランダに降り立つと、窓が全部割れていた。魔法で壁ごと吹き飛ばして中に入ると、荒れ果てた大広間に散乱した美術品、ビリビリになった絨毯や瓦礫が転がっていた。


「サキ!いるか?!」


 返事はない、しかしここにいる。そんな気がしてならない。見つからないことが、次第に焦りに変わる。どうしようもない絶望感を無視して、俺はサキを探し続けた。物陰に変わり果てたサキを見つけた時、俺は膝から崩れ落ちた。


 自分の半身を失ったような、身を引き裂かれる思いに打ちひしがれた。何度呼びかけても、何度回復魔法をかけても、返事をしてくれない。息をしてくれない。どうしてそばにいるように言ってやれなかったんだろう。


 抱き寄せた身体には、真っ黒な液体が付着している。死海を使って誰かを倒したのか。しかし、サキの身体がだんだん色を失い、崩壊してゆく。スケルツォディノッテまで使わなければならない状況だったのか…。


 ここまでサキを追い込んでしまったのは…きっと俺のせいだ。サキはついに俺の手から崩れ落ち、風に乗って旅立ってしまった。悔やんでも悔やみきれない。大切な人の影を失った。いや、この世界では確かにサキは本物だった。俺は好きな人を、守れなかったのだ。


「…さま…んめねるさま…」


 通信人形が喋っているのに気がつかなかった。ラーヴァナからの通信だ。俺はサキのかけらを空間魔法で固定して、亜空間にしまった。


「どうした!?」


「んせいきしのはいじょが、かんりょうしましたん。」


 あれだけの数の聖騎士をよく相手してくれた。流石の俺も、トルモスと束になってかかられたら、どうなっていたかわからない。


「よくやった。王は城の地下だ、迎えるか?」


「んじこしゅうふくに、じかんがかかりますん。」


「わかった。無事で何よりだ。」


 もう誰も死なせない。傷つくところを見たくない。俺は入ってきた窓からベランダに出て、飛び降りた。地上に降り立つと、全校集会かと疑うほど大勢の衛兵たちが、整列して待機していた。


「地下への道はどこだ!」


 俺が叫んで問おうとも、衛兵たちはただ雄叫びを上げながら襲いかかってくる。一人一人を相手にしていたら、日が暮れてしまう。


「くそっ!ブラックホール!」


 圧縮され強いエネルギーを帯びた闇が、上空に現れ衛兵たちを一人残らず吸い込んだ。あとでエステルに酷く叱られるだろう。あの衛兵たちは命令されただけで、家で家族が待っているんだとか言われてな。知ったことか。俺はこれ以上大切な人を失うくらいなら、それこそ魔王にだってなってやる。


 城内を駆け回り、地下への階段を探したが、一向に見つからない。メイドを捕まえて道を聞いても、泣き叫ぶばかりでまともに答えない。


「おいエステル!無事なんだろうな!?」


 通信人形に話しかけても返事がない。魔法で起動しているのに、地下は圏外なんてあるのか?面倒臭い。俺は玄関前の2階に繋がる階段の前で、床に向かって爆裂魔法を放った。ものすごい爆音とともに、広い空間全体を土煙が覆った。


 7メートルは抉っただろうか、しかしまだ地下室は見えない。俺は2回、3回、4回と爆裂魔法を下に向けて放った。すると、見るからに土とは違う、かなり堅そうな鉱物でできた地面が見えた。


「あそこか!アシッドレイン!」


 強酸の雨が鉱物を溶かしてゆく。穴が空いて下を覗くと、かなり広い空間がある。俺は飛び降りてあたりを見渡し、驚愕した。


「なんだこれは…」


 明らかにこの世界のものではない、近代的な機械で埋め尽くされている。数えきれないモニターには、様々な都市や街、人が映し出されている。まるで監視カメラだ。そして奥の部屋に到達した俺は、さらに喫驚した。


「エステルっ!」


 俺の目に映し出されたのは、無惨にも無機質な床に横たえるエステルの姿だった。


「ようやくお出ましですか。」


 奥の高台に、髪の長いメガネの男が立っていた。シルバースライムの表皮を引き伸ばして作ったような、かなり可笑しな格好をしている。


「誰だっ!お前がエステルをやったのか!?」


「えぇ、襲われたので。私はサウロ。あなた方が探している王とは私のことです。」


 随分と印象が違う。それにこの男どこかで…


「イメージと違いましたか?無理もありませんね。この世界の設定とはかけ離れています。」設定だと?まるで別の世界を知っているような…あ!


「トシノリ…オオバ…?」


「おやおや、私の名前をご存知だとは驚きました。光栄ですねえ。」信じられない。ネオユニヴァースの開発者だ!俺がガキンチョの頃から、神と崇めるゲームクリエイターの一人ではないか!


「なんで…」


「なんでこんなところに、ですか?当然でしょう。ここは私が作った世界なのですから。」


 やっぱりここはネオユニヴァースだったんだ。リアリティを求めるあまり、ついにゲームを現実化させたのか!どうやったのかは知らないけど。


「さて、あなたもこの世界にとっては、邪魔な存在ですので、排除させていただきますよ。夏目優さん。」


 なんてことだ。アカウント情報を見られてしまった…。今すぐ消えてしまいたいくらい恥ずかしい。まさか匿名性を抹消する先制攻撃を喰らわされるとは。完全に予想外の不意打ちだ。もしや今までの行いの全てが監視されていたのか?あんなことやらこんなこと、霰もなく、情けない姿を晒してしまったというのか。初手からHPがレッドゲージの大ピンチだ。


「ちょっと待っ…!」


 対話の余地もなく、青白く光る二進法の数列が、サウロの手から放たれた。


「くっ!」


 間一髪で避けた俺に、更なる攻撃が降りかかる。


「ダークシールド!」


 闇の盾を張ったのは、防御のためではない。一瞬でいいから射線を切りたかったのだ。俺がカオスオーラをチャージした時、数列がシールドを突き破って俺に迫ってきた。上に飛んで避けた直後に、キツいの一発叩き込む。


「カオスオーラ!」


 闇の波動を放って、エステルを安全な端の方にテレポートさせる。


「おいエステル!いつまで寝てるんだ!」


「無駄ですよ。」


 俺が放った波動は、サウロを避けるようにして霧散した。


「エステルに何をした!」


 今、俺の攻撃をどうやって掻き消したんだ。呪文の詠唱はしていなかった。


「彼に物理攻撃が効かないことは承知でしたからねぇ。私が悪ふざけで作った装備で現れた時は驚きました。まさかあの獲得条件を達成する人がいるなんて思いませんでしたから、チートでも使ったんではないかとヒヤヒヤしましたよ。」


 あ、やっぱり悪ノリだったんだ。


「さっきから質問の答えになっていないな。」


「お気づきでしたか。あなたが知る必要はないので、特に答える義理もないかと。」


 サウロは全く取り合う気もなく、攻撃を続けてくる。面倒臭い雑魚敵を処理するくらいに投げやりだ。それにしてもあのエステルを倒すだなんて、信じられない。何をしたんだ。開発者だから弱点を知っていたのか。物理攻撃が効かない相手の弱点とは一体なんだ。精神攻撃か?何にしても、あの攻撃に当たるのはかなり危険だ。


 俺は魔法攻撃の弾幕を貼って、様子を見た。何か奴にも弱点があるはずだ。開発者の弱点てなんだ!?それにどれだけ魔法を打ち込んでも、全弾がサウロを避けるように弾かれる。


「無駄だと言っているでしょう。」


 サウロの声は先ほどよりも、イライラしているように感じた。あのエステルがただでやられるはずがない。何かあるはずだ。俺はサウロの攻略法を血眼で探した。魔法を打っても弾かれる、360°弾幕を張っても無傷…ん?


 避けた。よく見るとサウロの背中に傷がある。切り傷のようだ。エステルのやつ、一撃食らわせていたのだ。魔法攻撃よりも物理攻撃の方が有効ということなのか?そういえば、エステルのやつ倒れていた時、片目を閉じていた。なぜそんな不自然なことを…片目の方が見やすいのか?まさか…


「ジェノサイドライト!」


 闇の魔法を唱えて、エステルが倒れていたところに落ちていたレベルメーターを、俺の左目の前に固定する。わかった、あいつの視界に入るもののエネルギーの流れが変化している。だから俺が後ろから放った攻撃だけは避けたんだ。


 前にエステルが話していた難しい法則、観察者が対象に影響を与えるっていう…なんだっけ。二重スリップ?ネコディンガーのなんたら?とにかくやつが目で追えない、認識の外から攻撃すればいいんだな!


「これならどうだ!ディアデロスムエルトス!」


 それは目眩しで、神速の雷槍をサウロの背後にテレポートさせる。


「無駄だと言っているでしょう!」


 案の定、真正面から放った最大魔法は、サウロに当たらず弾かれ天井に大きな穴が空いた。外の光が差し込んでくるよりも前に、雷槍がサウロを貫いた。


「ぐがぁあああ!…くっ…こざかしぃぃいいいい!」


 サウロは見たこともない魔法攻撃をあたり構わず乱射してきた。そして俺はある作戦を思いついた。俺はサウロの攻撃を躱すのでもなく、防ぐでもなく、ただ魔法攻撃を放って応戦した。サウロが繰り出す魔法よりも多く、魔法の弾幕を張りまくる。


 まずい…もうすぐMPが尽きる。最後の力を振り絞って、3重に重ねた雷槍をテレポートの魔法陣に向けて放つ。出口のポータルはサウロの周り360°に張り巡らせた。どこから出るかはお楽しみ。サウロの周りを速すぎて目で追えない雷の光が、飛び回る。周りに置いたポータルから出ては、対角線上のポータルに飛び込み、別のポータルから襲いかかる。当たるまで無限ループだ。


「ぐおぉぉおおおお!」


 サウロは獣のような雄叫びを上げると、数列の魔法を全体に飛ばして、雷槍を転移の魔法陣ごと掻き消した。これはまずいな。俺はMPが尽きて膝をついた。


「それで終わりですか?」


 サウロは息荒く俺に近づき、胸ぐらを掴んで殴った。


「ぐっ!」


 えっ、めっちゃ痛いっ!親父にも殴られたことないのに!


「全く面倒をかけてくれますね!あなたも彼のように魂を破壊してあげましょう!」


「なるほどね、高い波動か…」


「この期に及んで、何を言っているのですかあなたは?」


「お前、もう終わりだよ。」


「なんだと?」


 突然、サウロは痙攣し吐血する。


「がはぁっ!」


 その場に崩れ落ちたサウロの手から解放された俺は、亜空間からエリクサーを取り出し、口に含む。


「一体…どういうことだ…?!」


 不可視化したポイズンサマエルを放っておいたのだ。エステルに教えてもらったこの技、確かにかなり応用が効く。


「答える義理はないかな。」


「このチーターがぁああああああ!」


 やはり多重魔法は不確定要素。開発者にとっては、バグのようなものだったのか。


「ヘルフレア!」


 闇の炎で火葬する。ポイズンサマエルをまともに食らった時点で長くはないけれど、確実にトドメを刺す。サウロの断末魔が地下に響き渡る。倒れて動かなくなったサウロを尻目に、俺はエステルに駆け寄った。あいつは魂を壊したと言っていた。ならば魂だけ復活させられる方法はないか。俺には思い当たる節がある。前に、精神だけ入れ替えたことがあるからだ。一か八か、やってみるしかない。


「パラレルジャック!」


 砂時計型の魔法陣がエステルを囲み、光が地下室を満たす。


「戻ってこいっ!」


 俺はエステルが戻ってくるまで魔力を込め続けた。そして信じられないことが起きた。起きてしまった。エステルが…消えた…。


「おい…嘘だろ…どこへいったんだ!?」


 まさかエステルが存在しない次元を引き当ててしまったのか?!そんなバカな話があるか!それから何度、虚空に向かってパラレルジャックを放ったかわからない。


 ついに俺は力つき、その場に倒れた。エステルを消してしまった。俺のせいだ。また、大切な人を失ってしまったのだ。俺はどうしたらいいかわからず、呆然としたまま、地下室の天井に空いた穴から空を眺めていた。これから俺はどうしたらいいのだ。外からも音が聞こえない、静まり返ったこの王都の中心で、時折外から流れ込む風が、無機質な空間を支配していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る