第十三章:氷帝

【エステル視点】


 朝日が照らすこの世界で1番大きな都市、白く高い城壁に囲まれた王の都に、僕たちは今から攻め入る。


「それにしても多いなぁ〜、一人当たり何千人だ?」


 メネルは課題を抱えすぎた学生のように頭を抱えながら、軍勢を指差し概算を求め始めた。


「目算で7万人だとすると、一人あたり1万4千人てとこかな。」


「ちょっと、私は戦闘向きじゃないって言ってるでしょ!」


 フーリンはメネルの後ろに隠れた。


「一応、戦闘になる前に交渉できないか試してみる。もし戦うしかなくなったら、あの軍勢は僕が相手をする。メネルは聞き分けのなさそうな、聖騎士たちを相手してくれるかい?」


「強いのを押し付けるなよ。まあ、雑魚を一掃してくれるなら任されよう。」


 僕たちが王都に向かって歩き出そうとしたその時、上空にあたり一帯が夜になったかと錯覚するほど厚く暗い雲が覆った。


「まずい!」


 メネルが防御魔法を唱えた直後に、空間を覆い尽くす大量の氷柱が僕たちめがけて降ってきた。


「あっぶね!いきなりかよっ!エステルこれ交渉の余地ないんじゃね?!」


 メネルが防御魔法を解く頃には、僕たちのいる森林限界地点は氷柱の森になっていた。


「随分正確で射程距離のある技だね。おまけに範囲も広い。」


「あぁ、ここまで正確に打てるやつはそういない。手強いな。」


 メネルも気を引き締めたようだ。軍勢はまだ豆粒程度の大きさにしか視認できないのに、遠隔透視でもしているのだろうか。


「あぁ〜多分あいつだね〜。」


 サキが手を翳している魔法陣の中心には、敵陣の兵士のマツゲまではっきり映し出されていた。


「遠隔透視できるんかいっ!」


 メネルが僕の言いたいことを言ってくれた。


「この人やばくない?めっちゃ強そうなんですけど。」


 サキが指さした兵士は明らかに王都軍の中でも飛び抜けて強い。レベルメーターでもオーラの質量ともに桁違いだ。遠隔透視に映る巨漢の兵士は、堅そうな青い鎧に、半畳分はあるかという大剣を持ち、腰には一升瓶が刺さっている。


「メネル、任せた。」


「おう。」


「僕が先行して話をしてくる。ダメだったら光を放つから、そうしたら来てくれる?」


「あぁ、捕まるなよ。」


 僕は一度剣をしまい、フライの魔法で敵陣に向かい飛んだ。攻撃だと思われたら厄介なので、山を降りた先の平原の真ん中あたりから、ゆっくり歩いて行くことにした。


 遮蔽物がない見通しのいい平原なので、迎え撃つには絶好の環境といったところか。まだまだ遠い、声は届かない距離だ。両手をあげて近づいていくと、きっちり整列している軍隊の中から1人、ものすごいスピードで飛び出してきた。


 純白の鎧を装備しているから、おそらく聖騎士の一人だろう。ここからでも殺すっ!殺すぅううう!と叫んでいるのが聞こえる。戦闘狂なのは構わないが、話のできない輩は御免被りたい。


「こんにちは!こちらに戦闘の意思は…」


「殺すぅうぅぅうううう!」


 こちらの話を聞く気は一切なさそうだ。僕は切り掛かってきた聖騎士をかわして、タイムアクセラレータを発動し、フライで一気に敵陣中央に向かった。レベルメーターに数え切れないトラップの魔法陣が映っている。山頂にいる僕たちの存在を把握した時点で大挙して攻めてこなかったのは、僕たちを迎え撃つ算段だったからか。


 トラップを全て避けて飛んでいると、上空と目の前から雨のように魔法攻撃が飛んできた。だけどこの程度なら避けられる。メネルとの訓練の方が避け切れない弾幕を張られていた。全ての攻撃を避け、サキの魔法陣で確認した大将らしき人物の近くの空に留まり叫んだ。


「こちらに戦闘の意思はありません!話を聞いてくれませんか!」


 巨漢の豪傑はこちらをジロリと見上げて動かない。品定めでもされているような感覚だ。僕は更なる弾幕を避けながらなおも続けた。


「戦う気はありません!話を聞いて!」


「残念ながらあなた方の処刑は決定しています。罪状は王への不敬罪です。」


 下にいる如何にも陰険そうな雰囲気の男が、仰々しい羊皮紙を広げて会話を打ち切った。ローブの紋章からして執政官か何かだろう。僕はさらに説得を試みようとしたが、大将らしき男が剣を構えた瞬間に、オーラの量が跳ね上がるのを感じて、刹那に諦めがついた。


 剣が振り下される前に、僕はペーパーナイフを思いっきり後ろに投げて、光を放った。瞬間移動する前の僕がいた位置には、巨大な氷の塊が地面から生えていた。移動したここまで冷気が伝わってくる。


「んえすてるぅ〜ん、だいじょぶかぁ〜ん?」


 通信人形が喋りだした。


「あぁ、どうやら戦闘は避けられそうにない。」


「むふふ〜ん、わかったぁん。」


 後方の山から黒い閃光が放たれて、氷の塊が砕け散った。僕も剣を抜いて戦いに備える。


「全く、僕たちだけなのに随分と豪華な処刑だな。まるで戦争じゃないか。」


 そう、僕たちはたった5人で王都軍に挑む。


ーーーーーーーーーーーーーーー


【メネルドール視点】


「おお!当たった!やるじゃないかサキ!」


「うへへ///」

 

 サキにジェノサイドライトを撃たせたら、正確に射抜いてくれた。あの氷が邪魔だったのだ。


「シャドウドラゴン!」


 翼を広げると山の端まで届く、巨大なドラゴンを召喚して座標を命じる。


「エステル!上昇しろ!」


 このドラゴンの攻撃範囲もかなり広い。ドラゴンが黒いブレスを吹くと、王都軍全域が黒い炎で包まれた。敵軍の大将は巨大な氷で防壁を張り、何人かの魔道士が魔法防壁を発動したようだが、無駄だ。シャドウドラゴンのブレスは物理攻撃を防ぐ術式では防げない。この黒い炎は呪いなのだ。もう奴らは影の中でしか動けない。陽の下にあるものは立っていられないほどの苦しみを味わうことになる。

 

 日向にいる軍勢の動きが、著しく鈍くなるのが、ここからでも見て取れる。残りはあの氷の陰にいる奴らだけだな。まずはあの邪魔な氷塊を砕こう。あんな巨大な氷塊があったら、相手の行動範囲を広げてしまう。


 テレポートでシャドウドラゴンを王都の上空に転送し、俺は呪文の詠唱に入った。エステルはあの大群を一人で翻弄しているようだ。エステルの振るう剣からは、虹色の閃光が無数に放たれ、当たった敵は眠ってしまうようだ。


 …?!剣の色が黄色く変色した!切った相手はその場に倒れ込んで痙攣している。どうやら込めた魔法によって効果が変化するようだ。それにしてもエステルのやつ、立ち回りもあんなに強かったのか。


 取り囲まれて魔法を放たれても、剣をドーム型の盾に変化させて全方位からの攻撃を防いでいる。便利な剣だな…しかも盾状にしても効果が付与されるのか。エステルの盾に触れた敵軍がどんどん倒れていく。そういえばラーヴァナに殺すなと言い忘れてしまった。まだ後ろの方で呪文詠唱してるし。


「はじまったのね。回復は私に任せて!」


 フーリンが俺の後ろで、とんでもない量のエーテルとポーションを抱えている。そんなに飲んだら水風船になっちゃうよ俺。


「カースドゴースト」


 続けて弱体化の魔法を、極限まで範囲拡大して放つ。フーリンはすかさず俺にエーテルを渡してくる。最大魔法打ち放題の大サービスだ!


 俺の弱体化魔法が相手陣地に届いた頃、ようやくラーヴァナの魔法が発動し、空が再び暗い雲に覆われた。パーガトリレインじゃん。あいつ本当に王都を壊滅させる気かっ!?


 止める間もなく、空から漆黒の亡骸が降り注いだ。ゆっくり雪のように舞い落ちる、さまざまな生物の骸に触れると、命を吸い取られてしまう。命を吸った黒い無機物は、恐ろしい異形に姿を変え、無差別にあたりを攻撃する傀儡と化す。ラーヴァナは本当に容赦ないな。


「エステル、あの黒いのに触れるなよ!」


「んわかったぁん」


 この人形、普通に喋ないのか。

サキは得意の水魔法を行使しているようだ。魔力消費を抑えるために、コップ一杯分の水を喉に詰まらせて、気絶させるように言ってある。普通に洪水レベルの水魔法を喰らうよりもキツそうだ。


 メイベルは雨のように降り注ぐ敵の魔法攻撃に、自ら当たりに行っている。魔法耐性のある強化魔法をかけてあるから、普段よりも数倍タフになっている。おかげでかなりの攻撃を防いでくれている。時折、通信人形から喘ぎ声が聞こえてくるのが気になる。


「さて、そろそろ仕事にかかるか。フーリン、両サイドに展開してきている奴らを止められる?」


「随分と無茶振りしてくれるわね。いいわ、やってあげる。」


 フーリンはポケットから毒々しい色の液体が入った小瓶を取り出して、一気に飲み干した。


「ふぉおおぉぉぉう!」


 フーリンが奇声を発しながら魔法を放った。一体何を飲んだんだ…。左右に広がる平原に、隙間なく大木が敷き詰められ、敵軍の侵攻を阻んだ。


「上出来だ。」


 俺は敵軍大将の首を討ち取るべく、フライで敵陣へと飛び立った。流石にシャドウドラゴンの呪いに気がついた魔道士たちが、浄化魔法フィールドを展開し始めている。俺が魔導士たちに、更なる攻撃を仕掛けようとすると、鋭い氷柱が勢いよく飛んできた。


「うわっ!」

 

 魔力反射の魔法を発動していなかったら直撃だった。相手の攻撃はかなり早い。下を見ると、特大の氷結魔法の魔法陣が展開されている。久々の戦闘だ、真っ向から受けて立とう。俺は事前に貯めておいた魔力を解放して、最大魔法を放った。


「ディアデロスムエルトス!」


 全てを消しとばす闇の魔法だ、エステルには悪いが俺もラーヴァナ同様、細かい加減はできない。最大魔法を放った直後に急加速して敵陣の後ろ側、王都の城壁に降り立った。一瞬、目を疑ったが俺の攻撃と、あいつの氷結魔法が相殺していた。


 と、ここまでは想定内。亜空間からアヌビスブレードを取り出し、転移魔法で大将の背後までテレポートして後ろをとる。もらった。俺は毒々しいアヌビスブレードを、大将に向けて勢いよく振り下ろした。次の瞬間、アヌビスブレードが砕け散った。


「くっ!?」


 確認せず突っ込んだ俺が悪い。あいつの周りには防御魔法が張られていた。アヌビスブレードは一瞬にして凍ってしまったのだ。柄の部分まで冷たい。俺は後ろに飛びのき、一旦体制を整えた。大将は振り返り、背骨まで響くようなドスの聞いた声で叫んだ。


「段取り8割っ!すでに勝敗は決している!」


 準備万端ってわけね。


「うちの仲間が王様に話があるだけってのに、随分な対応じゃあないか。」


「悪いな、俺も仕事なんでな。」


「事情も聞いていないのにいきなり攻撃なんて、王都軍ってのは粋な礼節を弁えているじゃないか。」


「これは失礼した。我名はトルモス。王都軍防衛部隊長だ。」


「俺はメネルドール。話のわからない奴を叩きのめせてと言われている。」


「残念ながら話し合いの余地はない。王が決定されたことだ。」


「その王ってのはどうにも理不尽だとは思わないのか?俺たちはまだ何もしていないんだけど。」


「ん黙れこの不届き者どもめ!」


 トルモスの隣にいる、見るからに性根が腐っていそうな高官が、俺を指差し叫んだ。


「貴様らの思惑など筒抜けなのだ。大予言者ウイルグロス様にかかれば、お前らが謀反を企んでいることくらいすぐにわかるのだ!」


「それでこんな大群引き連れて来たって?大掛かりすぎじゃないのか?」


「ふん!王都に終焉を齎すものに、数など関係ない!」


「あぁ〜、俺たちそんなつもりじゃなかったんだけど、そっちがやるって言うなら本当に滅ぼしちゃうよ?」


 俺が挑発すると、生け簀かない高官はほれ見たことかという表情で、トルモスの肩を叩いた。


「ぬかせ。」


 トルモスはバカでかい剣に手をかけた。その瞬間、トルモスの魔力が跳ね上がった。俺がフライで距離を取ろうとした時、決定的なミスに絶望した。足が凍って身動きが取れない!しかもどんどん氷が足を侵食していく。その一瞬の間が、生死を分つ時がある。俺は無意識に防御魔法を発動したが…間に合わないっ!目の前がトルモスの放った氷で埋め尽くされる。終わった…。


 流石の俺も最期を覚悟して目を閉じた。なんとあっけなく、なんと情けない最期か。前世に引き続き、これといって魅せ場のないまま終わってしまった。来世では、猫になって美人のお姉さんにでも飼われたい。…冷たくない。ゆっくり目を開くと、目の前には天使が微笑んでいた。あぁ、ついにお迎えが来たのか。俺はこれからどこに連れて行かれるのだろう。


「メネル、大丈夫?」


 この天使エステルに似ている。とても似ている。と言うより本人だ。エステルは俺の危機を察して、助けに来てくれたのだ。


「エステル…どうして…」


「友人が困っていたら、助けるのが当たり前だろう?」


 どこまでイケメンなんだこいつは…。ともあれ助かった。


「いつの間に防御魔法なんて覚えたんだ?」


「え、これは…」


 周りを見ると、青い炎で包まれている。龍人族の炎を剣に宿して防いだのか。


「その炎…貴様ら龍人族の手先か!」


 トルモスの影に隠れている高官が、尻尾を掴んだと言わんばかりの、気色悪い笑みを浮かべている。まずいことになった。


「すまない、エステル。」


「友の命には変えられないさ。あとでビビアラには僕から謝っておくよ。」


「あいつには手加減できそうにないが、構わないな?」


「…やむおえないね。」


 エステルは歯に噛んだ。しかし悲しい気持ちなのは俺にも伝わってくる。エステルは左手を俺の足にかざし、炎で氷を溶かす。不思議と熱くない。俺はフーリンからもらったポーションを一気飲みした。


「さて、仕切り直しだ!」


 俺は自分自身に最強の強化魔法をかけた。漆黒の羽とツノが生える。見るからに悪魔のような様相だ。


「まさに魔王って感じだね。」


「そうだな。役目は果たすさ。」


「うん、お願い。」


 エステルは再び軍勢が犇く戦地へと飛んでいった。


「続きだっ!」


 俺は今までに貯めていた魔力を全て解放し、一点に集中した。弾ける闇のエネルギーが、圧縮されていく。


「ブラックオーバル!」


 禍々しい波動がトルモスに向かって伸びる。直後にテレポートで背後に回り込む。


「ヘルフレア!」


 トルモスの背後を、黒い炎が覆う。トルモスは防御魔法に相当な自信があるようだ。ならばどこまで持つか試してやろうじゃないか。今度は真上にテレポートして魔法を放つ。


「アシッドレイン!ダークジャベリン!アースサージ!」


 強酸と槍の雨が降り、地面が割れる。全ての業を放った時、防御魔法が割れる音が鳴り響いた。間髪入れずに魔法を叩き込む。


「サンダーストーム!」


 流石にこれは防げまい。土煙がだんだん晴れていく。俺が目にしたのは、黒焦げになって倒れている憎たらしい高官と、仁王立ちしているトルモスだ。


 あれを食らってまだ生きていたのか。俺はエーテルで魔力を補給しながら、トルモスの次の動きを警戒する。


「ホーリーブリザード。」


 トルモスは手をかざし、巨大な氷塊を放った。俺は魔力反射を最大出力まで上げて迎え撃つ。反射しても、次から次へと氷が俺を目掛けて飛んでくる。次第に前からだけでなく横から、上から、後ろからも勢いを増した氷が襲う。あらゆる方向に跳ね返った氷塊が、城壁、敵陣、平原に突き刺さる。まるで花火のように、俺を中心として戦火が広まってゆく。ドーンと大きな音とともに、王都内の建物が崩れる音が聞こえてきた。民衆の悲鳴が、遠くこの平原にまで伝わる。


「おい!大人しくしないと関係ない人にまで危害が加わるぞ!」


「ちっ!だからあれほど言ったのだ!王都の近くで陣を張るなと!」


 あ、防衛部隊長にも事情があったようだ。真に恐るべきは有能な敵ではなく、無能な味方だと言う言葉通りだ。あの高官なら、戦局に関わらず無茶振りをしそう。それでも一向に攻撃の手を緩めようとしない、トルモスの対応に追われている俺は、なぜか劣勢を覆すのを肌で感じていた。


 彗星の如きスピードで、王都に飛んでゆくエステルが視界に飛び込んできたのだ。あれほどいた王都軍は、トルモスと一部の聖騎士を除いて、完全に無力化されていた。


 聖騎士はラーヴァナとサキが相手をしている。トルモスはエステルに気付き、吹雪の煙幕を張ると、俺との戦闘を差し置いてエステルを追った。王様最優先てことね。


「やべ。」


 俺は急いでトルモスを追った。エステルの邪魔だてはさせない。王都の街並みは相変わらず無駄に荘厳というか、町中の壁が大理石を積み上げられて作られているせいで、見渡す限り全部白い。


 俺がトルモスを追跡していると、トルモスよりも前を行くエステルが、平原から飛んできた氷塊で決壊した建物のそばにいるのを見つけた。エステルは素手で瓦礫を持ち上げ、下には女の子が埋もれている。その後ろから、王都の壁内を守る2人の衛兵に斬りかかられているまさにその時だった。


「エステルっ!」


 まずい、トルモスが向かっている。


「パラエルティエ…」


 俺が時間停止魔法を唱える前に、衝撃の光景を目にした。


「ぬぅうううん!」


 トルモスが衛兵二人を殴り倒したのだ。エステルは振り向きもしない。


「お前…何やって…」


「人命優先っ!人助けしている奴を後ろから斬りつける奴があるかっ!」


 トルモスはエステルと一緒になって瓦礫を持ち上げ、女の子を引っ張り出した。


「シルビアっ!しっかりしてっ!」


 エステルはトルモスを気にも止めていない。回復魔法をかけて施術を始める。トルモスは他の被害者がいないか探すように、衛兵たちに指示を出した。女の子の意識はないが、呼吸はしている。


「助かったのか?」


「うん、なんとか間に合ったみたい。」


 エステルは切迫した表情から一転、笑顔を見せた。


「お前たちは一体何者なんだ。」


 トルモスが語りかけてきた。


「さっきから言っている通り、王に用があるだけ。戦う気はなかったんだけど。」


「命を狙っているのではあるまいな。」


「それは場合による。お前だって王の所業を知らないわけではないだろう。」


「なんのことだ?」


「僕たちは王が裏で成す悪行を止めるためにここにきたんだ。」


 エステルは簡潔にトルモスに事情を説明し出した。


「なるほどな。しかし王には昔助けてもらった恩義がある。お前たちをおいそれと謁見させるわけにはいかない。」


「その大層な忠義のためなら、他の村の犠牲者達がどうなってもいいと?」


 俺が畳み掛けると、トルモスはしばらく黙って、続けた。


「わかった。お前たちを王に会わせてやろう。」


「いけませんねぇ。」


 俺たちが話している後ろから、銀髪の小ズルそうな男が横槍を入れてきた。


「この神聖なる王都に戦争をふっかけてきた上に、王に会おうなど冒涜が過ぎますねぇ。」


「クルニア…」


 トルモスが嫌な顔をして呟いた。対峙する男の声色から、性格の悪さが滲み出ている。


「誰あれ?」


「聖騎士団長だよ。」


 エステルが答えた。メイベルに尋問したときに、聖騎士団のメンバーの名前を知ったのだろう。


「トルモスさん、あなたともあろうお方が、軍を壊滅され挙げ句の果てには敵に寝返るなんて、失望しましたよ。」


「勘違いするな、正しいと思うことをしているだけだ。」


「強いものには巻かれろと言ったところですか。感心しませんねぇ、王都最強の私がいるというのに。」


「何を勘違いしてやがる。思い上がるのも大概にしておけよ。」


 トルモスがクルニアを嗜めると、クルニアが奇声を発して斬りかかってきた。次の瞬間、クルニアの足元が凍りついて動きが止まった。


「ぐ…貴様っ!本当に裏切る気かっ!」


「行け。」


 トルモスはエステルに目で合図した。


「でも…」


「どのみち俺は軍を壊滅させた罪に問われて身を追われる。だったら自分が思うまま行動するさ。」


「トルモスぅぅうううううう!!!」


 怒り狂ったクルニアが、足元の氷を破壊して飛びかかってきた。トルモスが背負っていた大剣を抜いて応戦する。俺はエステルの手を引いてその場から離れた。俺たちは王の待つ城へと飛んだ。


ーーーーーーーーーーーーーー


【エステル視点】


 極力、街には被害を出したくなかった。予想以上に預言者の占いが正確で、大幅に計画が狂ってしまった。僕たちのメンバーはみんな無事なようで何よりだけれど、これ以上双方とも傷つくのは見たくない。


「急ごう、メネル。」


「あぁ、わかってる。」


 僕たちは王の城の2階の窓に降り立った。


「サキ、メイベル、ラーヴァナ、フーリン、適当に片付けたら城まで来い。」


 メネルは通信人形に強化魔法をかけて、城の中へと入っていった。僕はフーリンから教えてもらった、索敵の呪文を唱えた。魔法陣を発動すると、目標の位置が光るようになっている。上の階には…いない…。僕は隈なく探してみたが、王の存在が見当たらない。


「どこだ…。」


 まさかと思い下を覗くと、1階よりも下に反応がある。先に行ったメネルは階段で上の階に登っていってしまった。


「メネル、王は地下だ。」


「んえ〜ん?まじかぁ〜ん。おれはじゃまなやつたおしていくよぉ〜ん」


 通信人形が答える。


「わかった、僕は先に王を見つけるよ。」


 僕は急いで地下に降りる道を探した。1階に降りると、衛兵が巡回しているのを見つけた。隠れてこっそり睡眠魔法を放つ。その場に倒れて眠る衛兵の脇を進むと、部屋に行き着いた。扉を開けると、高級そうなポットや、茶器が並んでいる。給仕室のようだ。人の気配がしたので、身を隠す。小粋な鼻歌が部屋に漂う。メイドがお茶を淹れているところだった。


「すみません。」


「きゃっ!びっくりした。あら、お客様かしら?ごめんなさいね、お茶はもうすぐはいりますから。」


「いえ、お構いなく。それより、ここの人に地下に来るように言われたんですけど、どこから降りられますか?」


「え、この城に地下なんて無いですけど…」


「おかしいですね、僕の聞き間違いだったかもしれません。」


「そう…誰に言われたのかしら?」


「王様ですよ。」


 僕は小声で睡眠魔法をかけた。メイドははらりとその場に崩れて眠ってしまった。どうやら地下にある部屋は、どこかにある隠し通路を通らないと行けないらしい。厄介だな。僕は一呼吸おいて、淹れたての紅茶を啜った。


 どうしたものかと考えていると、眠っているはずのメイドが起き上がった。びっくりして様子を見ていると、こちらです。と道案内を始めた。一体どこに連れて行く気なのだろう。そもそも僕の魔法は効いていなかったのか?いや、少し様子がおかしい。普通に覚醒している風でもなく、かといって夢遊病という感じでもない。誰かに操られているような雰囲気だ。


 ゆらゆらと歩きながら、回廊を進んでゆく。メイドは部屋の扉を開けて、手招きする。古びた本が、本棚に横向きで飾られている。普通に納めたら5倍は収納できそうだ。メイドが本を一つ手に取ると、広げて呪文を詠唱し始めた。すると転移の魔法陣が開き、一瞬で別の空間に移動した。


 厳かな雰囲気の、宮廷風の城の内装とは一転して、近未来的な機器がところ犇めいている。明らかにこの世界のものではない。部屋は薄暗く、ひんやりした空気が肌を伝う。CPUファンのような機械音だけが、この広い部屋に響いている。奥にも別の部屋へと続く扉が見える。振り返ると、メイドの姿がどこにもない。


「消えた…」


 メイドは隠れたのか、もしくは僕だけが送られたのかもしれない。正確には、招かれたというべきか。僕は警戒しながら、奥の部屋の扉の前にたった。ドアノブがない。ドアに手を触れようとすると、自動で開いた。


 さらに奥へと進むと、オペレーションシステムのようなモニターと、機械がずらりと並んでいる。魔法が発達したこの世界で、これほどまでに進化したテクノロジーを見るのは初めてだ。部屋にコツコツと誰かが歩く音が響き、僕は剣を抜いた。


「あなたがここに来ることは分かっていましたよ。エステル…いや、藤巻大志さん。」


 僕は本名を呼ばれて、正直かなり驚いた。この世界で僕の本当の、前世の名前を知っているのはメネルだけだったからだ。眼鏡をかけた長髪の男が目の前に現れた。この世界では見たことのない服を身に纏っている。前世でも映画でしか見たことがない、近未来ファンタジーのような、機能性を重視しすぎてファッション性が失われたような服だ。


「あなたが王様ですか?」


「えぇ、正確にはこの世界を作った製作者です。」


 男は新しいおもちゃを自慢する少年のような口調で、眼鏡をくいっと押し上げた。


「私はサウロ。またの名を大葉俊典と申します。このネオユニバースを創造し、人々に新たな世界を提供した者です。」

 

 丁寧な言葉遣いとは裏腹に、傲慢な態度が見え隠れする。


「あなたがここへきたのは、私を倒すため。そうですね?」


「事情が大きく異なったので、一部の行いに対して説得を試みるつもりです。国家転覆はあくまで最終手段のつもりでした。あとはこの世界についてお伺いしたいことが…」


「説得とは、どのようなことに対してでしょうか?」


 僕の話を遮って、サウロは質問を挟んだ。僕にはわかる。彼が説得に応じることは決してない。


「お分かりでしょう。裏での奴隷制度を黙認し、周辺国家に甚大な物資の枯渇を招き、侵略した国では好き放題。とても許容できません。」


 サウロは説教を嫌う子供のように、眉間に皺を寄せ語りだした。


「許容できないとは、ずいぶん上からものを言いますね。私がこの世界を作り上げた、謂わば神なのです。侵略も蛮行も全て、私があえて行なっていることなのです。」


「自分が良ければそれでいいとおっしゃるのですか。」


「誰かが徳をするとき、誰かが損をするのが世の常なのです。それに私が作った世界だ。どうしようと私の勝手でしょう。」


 サウロはそれがさも当たり前のことのように、ニヤリと笑った。


「自分の支配欲を満たすために、他人を傷つけるなんて、許せない!」


「あなたの許可など求めていません。私の私による私のためだけの世界なのです。あなた方は勝手に侵入してきた異物。ここで消えていただきます。」


 戦闘は避けられない。僕は覚悟を決めて、最後の戦いに身を投じた。

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