第九章:予期せぬ再開

【エステル視点】


 大都市アラニオンに降り立ち、やっとのことで宿屋に腰を落ち着けることができたが、問題は山積みだ。重体の患者がいるということで、一先ずフーリンは回復術師のいる教会近くの宿に連れてくることができたが、港から許可なく入国したことで、メネルは今検問で事情聴取されている。


 アラニオンは第二の王都と言っても過言ではない。こんなおかしななりをした団体が旅行でアラニオンに来て、何故か海上で襲われたなんて言おうものなら、余計な疑いをかけられかねない。メネルがうまいこと誤魔化してくれることを願うばかりだ。


 それにしても賑やかな街だ。王都に引けを取らない大きな都市であり、人口だけならアラニオンの方が多いようにも見える。もう陽が傾き始めているというのに、街中は屋台や催し物の灯りでとても明るい。街の中心には大聖堂があり、塔の頂上で輝くクリスタルの光が、灯台の役割をしている。僕はメネルの様子を見るために、検問のある東門へと足を進めた。


 街中はパッと視界に入るだけで3軒は同じ業態の店が立ち並び、観光客と買い物客でひしめいている。隣り合った魔道具店、向かい合った装備屋、同じような店なのに並んでいる商品は全然系統が違う。おそらくそれぞれ他の国から出稼ぎできた商人たちが、場所借りして出店しているのだろう。それにしても今回拠点とした教会近くの宿屋は、港からは近いものの東門からは少し離れている。人混みのせいで普通に歩くのも一苦労だ。繁華街を避けて通るべきだったか。


 少し歩くとひろかった道はさらに広くなり、遠くに大きな門が見え始めた。門の外側には多くの人が列をなし、門の脇にある大きな建物へとゾロゾロと入っていってる。あそこが検問に違いない。慣れない人混みで少し気疲れしたので、大通りの途中にあった噴水の縁に腰を下ろし休んでいると、街ゆく人通りの中に見慣れた顔が飛び込んできた。


「サキ!どうしたのこんなところで?」


 僕がサキを呼び止めるとサキはひどく驚いた様子でこちらに近づいてきた。


「ちょ…誰なのっ?!どうして私の名前を…!?」


「え…?また変な遊び考えたの?それよりメネルは?勝手にフラフラしているとまたメネルに怒られるよ?」


「あんた何を言ってるのよ、メネルって誰っ?」


 記憶喪失ごっこにしてはサキの芝居がリアル過ぎておかしい。それに身につけている装備品も衣服も今まで見たことがないものだ。まさかとは思うが、所謂ドッペルゲンガーというそっくりさんなのだろうか。しかしサキという名前まで同じのようだし…。


「すみません、どうやら人違いだったようです。僕の友人に驚くほど似ていたので。」


「そう、私も驚いたわ。面識のないあなたにいきなり昔の…」


 サキのそっくりさんがフリーズしたと思うと、突然奇声を発して僕の後ろを指さした。振り返るとメネルが同じく奇声を発してこちらを指差していた。メネルの少し後ろにはサキとメス豚がポカンとしていた。


「え…ちょ…あんたこんなところで何をして…してるのよっ!!!!」


「お前こそこんなところで…え…何事っ?!」


 メネルとこのそっくりさんは知り合いのようだ。


「その後ろにいるのっ!私じゃないっ!あんたまさか私に似せてMPC作ったのっ?!信っじられない!なんて格好させてるのよ!それにその尻尾!サキュバスじゃない!私に似せたMPCとヤラシイことしてるんじゃないでしょうね?!ほんっと信じられない!」


「しししししてねーしっ!そんなことしてねーしっ!」


「メネル様とヤラシイこと…」


 サキは先程、海で着ていた水着のままだ。


「おいぃぃぃいいいい!満更でもない顔するんじゃないっ!余計な疑念を与えかねんっ!」


「ちょっとやめてよ!私はこんな下衆野郎にそんな求めるような視線送ったりしないわよ!偽物のくせに私の変な噂立てるようなことしたらタダじゃおかないんだからね!」


 メネルとこのそっくりさんの態度から察するに、おそらくこの娘は以前メネルが話していた前世の幼馴染だろう。サキはメネルがゲームをしていたときにこの娘に似せて作られたプログラムだったのに、この世界に来て今確かに存在している分、なんとも奇妙な感覚だろうな。自分自身が二人同時に存在しているのだから。しかしオリジナルの言動からして、メネルが設定したサキは、多少美化された補正がかかっているようだ。


「お前ゲームなんてやらないって言ってたじゃん!どうしてここにいるんだよ!」


「知らないわよ!あんたが面白いっていうからたまたま弟がやってたゲームやってみたら、帰れなくなったのよ!全部あんたのせいだからねっ!」


 その言動に僕は少し動揺した。僕はここは死後の世界で、メネルはゲームのやりすぎで過労死したと仮定していたが、この娘はとてもそんなにストイックに自分を追い込むまでゲームをやり続けるとは思えない。他の原因で死んだのか、もしくは他にもここへ来る方法があったということだろうか。

 

 メネルとサキの元ネタが不毛な言い争いを続けていると、背が高くガタイのいい爽やかな騎士がこちらに近づいてきた。


「どうかなさいましたか?」


 彼が来て明らかに元ネタが動揺し慌て始めた。


「どちら様ですか?」


 僕はだんだんこの面白い展開を察し始めていた。


「これは失礼、申し遅れましたが私はナツメ様の身辺警護を任されています、ユウと申します。」


 男前の騎士が名乗ると同時に、元ネタは沸騰したヤカンのような声にならない叫びをあげて、レッドドラゴンよりも赤くなった。どうやらこの娘は前世での名前はサキだったが、今はナツメと名乗っているらしい。ふとメネルの方に目をやると、口を大きく開けてパクパクしている。なるほど僕は全て理解した…(笑)


「んきぃぃぃいいい!もう行くわよっ!!!」


 ナツメは頭から湯気をあげながら小走りで立ち去る。


「はい、姫。それでは我々はこれで失礼します。」


 僕は失笑に耐えるために必死で脇腹をつねった。あの娘は自分が作ったMPCに姫と呼ばせているのか。そしておそらく…


「メネル、あの娘が好きだったんでしょう?」


「な…そんなわけないだろう!」


「も〜隠したって無駄だよユウ君ぅ〜ん、白状しちゃえよ〜。」


「う…うるさいっ!俺は疲れているんだ!もう寝るっ!」


「あのボディガード、全然似てなかったね。」


「ぐぬぬぬぬ…」


 図星だな、メネルの前世の名前はナツメ ユウだ。メネルも好きな人に似せてアバターを作っちゃう黒歴史をお持ちだが、あの娘も相当恥をかいただろうな。なにせメネルの前世の苗字を勝手に名乗っているのだから。


 後に、他愛もない賭けに敗北したメネルに罰ゲームとして聞いた話では、彼女の名前は木崎咲で、予想通りメネルの幼馴染。メネルは僕に、賭け事で勝ったことがないのにあえて乗ってきたのは、若干聞いて欲しかった節があるのではないだろうか。僕が顔面の筋肉が無意識に弛緩しているのに気がついたのは、宿に戻って鏡に移る自分を目にしたときだった。



ーーーーーーーーーーー


【メネルドール視点】


 厄日だ。海では邪魔が入るわ、アラニオンでは検問に引っかかり拘束されるわ、咲がこっちに来ていてわけわからんしもううんざりだ。何よりけしからんのはエステルがそれをネタにいじってくることだ。よほど先刻の珍事を気に入ったのか、隙あらば俺をユウと呼ぶわ、やたらサキを連れて来て姫様扱いさせようとするわで一大事だ。このままでは末代までの沽券に関わる。一刻も早くこの状況を打開せねば。


 俺はフーリンがいる隣の部屋に来た。部屋ではエステルが看病している。扉を開けるとフーリンはまだ目が覚めていないようだ。ベッドの横の机ではエステルが薬草を調合していた。


「やあ、お疲れ。どうしたんだい?」


「フーリンは大丈夫なのか?」


「うん、顔色もだいぶよくなってきたから、あとはこれだけで大丈夫かな。」


 回復薬を霧状にする魔道具をベッドの枕元に置いて、エステルはこちらに向き直った。


「さて、一時はどうなることかと思ったけど、これからのことを考えないとね。」


「そうだな、メイベルとサキをこの街で彷徨かせるのはやめた方が良さそうだ。目立ちすぎる。」


「うん、メス豚は一応元聖騎士だし、サキは君の幼馴染のおかげで出歩けないね。宿の人に聞いたら、あの娘はこの街に住んで結構長いみたいだから、知り合いに声をかけられるかもしれないし。」


「あぁ、それと…」


「うん、そうだね。あの娘がどうやってこの世界に来たのか、詳しく聞いておきたいところではあるけど、それはまたの機会にしようと思う。」


「いいのか?」


「警戒しすぎかもしれないけど、今日の一連の騒動があったことで、聖騎士団や王都軍が僕たちの動きに感づく可能性が上がってしまった。ましてやここにはどちらの雑兵も配備されているから、下手したらこの街で戦闘になりかねない。僕はフーリンが目が覚めたらすぐにここを発つべきだと考えている。」


「あぁ、その意見には俺も賛成だ。この人混みの多い街よりも、北の森の方がいくらかマシだろう。」


「ところでメネル、君はどうやって検問をくぐり抜けてきたんだい?」


「あぁ、この地に来た目的を尋ねられたから、王を抹殺するためだと言ってやった。」


「えっ!?」


「落ち着け、こんな話本気にする奴なんていない。衛兵も冗談と捉えてくれたようで、ぜひぶっ殺してきてくれと頼まれた。どうやらここアラニオンは王都に多額の税金を巻き上げられているようで、民衆も王に反感を抱いているものが少なくないそうだ。」


「王都では王を侮辱するような言動が確認された時点で拘束されてしまうのに。」


「ここは多民族国家だから色々な思想がある。全てを支配下に置くことはできまいよ。」


 俺たちが話をしていると、ようやくフーリンが目を覚ました。


「ようやくお目覚めか。」


「フーリン、気分はどうだい?」


 フーリンは目を開けて遠くを眺め、しばらくぼーっとしていたが、次第にことの顛末を思い出してきたらしい。


「私…海で…」


「うん、無事でよかったよ。はいこれ、メネルが取り戻してくれたんだよ。」


 エステルはフーリンの首飾りを手渡すと、フーリンは突然泣き崩れた。


「うぅ…ありがとう…本当にありがとう…」


「やはり大切なものだったのか。」


「…ええ、母の形見なの…。」


 フーリンは首飾りを大事そうに抱きしめた。


「フーリンが無事に目覚めたことだし、今夜にでもここを離れるか。」


「そうだね、深夜に出発して北の森に急ごう。それとメネル、フーリンの装備を買ってきてくれないか?」


「何っ!?」


「服やら道具が入っていた荷物、船と一緒に吹き飛ばしてしまっただろう?」


「ぐ…やむおえん。必要なものはなんだ?」


「え…と、調合用の道具一式と小さいナイフ…あとは空き瓶が3つあればいいかな…」


「エステルは行かないのか?」


「僕の羽と円光はこの街では目立つし人混みを歩くのには邪魔なんだ。それにこの装備、夜は模様が光るし。頼むよメネル。」


「仕方ないな。お前たちは準備を進めておけ。」


 一人で買い物か、面倒だな。


「了解。気をつけてね。」


 そうだな、俺もこれ以上の面倒はごめんだ。極力気配を消して歩くことにしよう。聖騎士団との戦闘フラグ回収はなんとしても避けなければ。


 宿を出て繁華街に入ると、街を彩るクリスタルライトで夜なのにも関わらず昼のように明るい。人通りも昼からほとんど変わらず賑わっている。俺は回復薬や魔道具、食料品を一通り買い集めて街を散策し始めた。聖騎士団たちはおそらく街の中心の大聖堂に集まっているのだろう。緊急時には飛んでくるらしいが、見渡す限り巡回などはしていないようだ。


 俺は帰り道、なるべく尾行を避けるため、裏通りからタイムアクセラレータを発動し、走って帰ってきた。宿に着くと、フーリンの部屋にはエステルだけでなく、サキとメイベルも集まっていた。いよいよ旅の再開という感じだな。


ーーーーーーーーーーーーー


【エステル視点】


「おかえりメネル。」


「おう、ほらフーリン、これで足りるか?」


 メネルは買い物袋をフーリンに手渡した。


「これ…ミズリムスの…!こんなにいいもの貰えないよ!」


「貰っておきなよ、メネルがフーリンの大切な道具全部壊しちゃったんだもんね〜。」


「ミズ…何?よくわからんがそれなら充分なのだろう?店主に1番いい一式を頼んだからな。」


「これなら最高位の回復魔法の負荷にも耐えられるし、劇薬とされる薬草も扱えるけど…こんなハイブランド所持しているの、王室付きの神官くらいしか聞いたことない…。」


「だったらよかったじゃないか。これでエステルと心置きなく実験ごっこできるだろう。」


「…まず私がこれに見合う実力をつけないとね…。ありがとうメネル。」


 フーリンは笑顔だ。フーリンが買い物袋から次々と魔道具を取り出すと、そこの方に装備も入っていた。広げてみると、フーリンが以前着ていたローブよりも、かなり露出が多い仕様のようだ。


「メネルの趣味が出たね。」


「愚か者っ!この装備がどれほどの防御力を持つか知らぬだろう!これなら突然賊に襲われようが、逆に返り討ちにできる優れものだぞっ!」


 とてもそうは見えない。

ともあれこれでフーリンも準備ができたことだし、僕たちもそろそろここを出ることにしよう。メネルはメス豚とサキに餌付けしている。この街ではスイーツが有名なのか、所々で甘い匂いが漂っている。メネルが今フーリンに手渡したモチモチしたものからも、かなり甘い香りがする。


「エステルも腹ごしらえしておけ、甘いものは苦手だったな?」


 メネルは小さなパンを手渡してくれた。


「ありがとうメネル。」


 小さなパンを丸ごと口に頬張ると、ザリっとした食感と共に今まで感じたことのないほどの甘味が口内を占拠した。表向きは普通のパンなのに、中身は砂糖をそのままこれでもかと捻じ込んだような…もはやこれは砂糖菓子だ!やられた。


「ざまあみろ。これに懲りたら人を馬鹿にするのも大概にするんだな。」


 メネルを貶める新たな悪戯を考えついたが、好機を伺い今は控えることにしよう。甘んじてこの屈辱を味わうのは、警戒を怠った自分を戒めるいい機会となった。油断禁物。僕は口の中に居座るザラザラした砂糖を回復薬で流し込み荷物をまとめた。


「そろそろ出発しようか。」


 僕たちは北の森に向けて、深夜の宿を飛び出した。出入国管理されている各門は、深夜の間は閉じている。僕たちはここに来た時と同じように港からフライで海の上を低空で飛んだ。


「最初から夜に飛んでいれば歩かなくて済んだではないか。」


「いや、これは最終手段だよ。基本的に各国の衛兵は空を警戒しているからね。」


「それにしてもあのアラニオンという都市は案外警備がズボラだったな。」


「うん、ちょっと不自然なくらい街の警戒がなかったね。」


 もしやとは思ったが、今は無事に森まで辿り着くことだけを考えよう。新月ならよかったのだが、今夜は満月で月明かりが海に反射して、飛んでいると結構目立つ。僕が抱えているフーリンは海上のお月見を楽しんで、ご満悦の様子だ。そういえばメネルのやつ、捕まえたゾーイとかいう賊をどうするつもりなのだろう。まさかまた嫁を増やしたりしないだろうな。この世界には結婚に年齢が定められていないからって、いくらなんでもあんな幼女に手を出したら倫理的に…。


 ふと思った、この世界での倫理や道徳とはどういうものなのだろう。前にいた世界とは社会のルールや価値観が大きく異なっている。当然倫理的な解釈も変わってくるはずだ。僕は何が正しい行いなのか、よくわからなくなってきているのかも知れない。あれこれと考えているうちに、海岸に近づいた。低空のまま森に近づき、海岸沿から少し森に入った開けたところに、今夜は野営することにした。


「ここをキャンプ地としよう。」


「外か…ひとまず薪を集めてくる。」


「うん、お願いメネル。」


 フーリンは徐に薬草を調合し始めた。


「どうしたの?」


「私…虫が苦手だから、森で野営するときは虫除けの薬草を魔法で調合するの。」


「ドリアードのハーフなのに…。」


「虫は葉っぱを食べるのよっ!私も食べられちゃうっ!」


「え…フーリンて葉っぱでできてたの?」


「違うけど…とにかく嫌なのっ!」


 殺虫魔法などがあるのなら興味がある。大抵5大魔法以外の魔法は何かしらの混合術式が展開される。虫に効く薬草は文献で見たことがあるが、魔法は聞いたことがない。フーリンが調合する薬草にヒントがあるかもしれない。


 僕はフーリンを手伝う代わりに、レシピを教えてもらった。フーリンは普段は蔓でハンモックを編んで寝ているらしいのだが、植物の種子が入った荷物をメネルが消しとばしてしまったので、今回は地面に木葉を敷き詰めて寝るらしい。

 

 僕は低めの大木の枝の上で幹に寄りかかり眠ることにした。バランスを取るのが難しいが、地面からは多少距離がある分、獣か何かが来ても対応できるだろう。


 メネルは魔王城に帰るというと思ったが、案外野宿を楽しんでいるようだった。明日は朝早くから森を歩く。僕は亜空間からアイスロック山脈の麓の海沿いの集落で仕入れてきた、シーソルトアイスを取り出して食べた。森の先に覗く海の上には満月がぽっかりと浮かんでいる。もうすぐ僕たちの旅も終着点にたどり着く。僕は現実味を増しつつある旅の目的を、心に噛み締めながら、この森のように深い眠りについた。

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