第八章:水平線上の道化師
【エステル視点】
昼前から僕にへばり付いているビビアラを、やっとのことで引き剥がし、僕はメネルのいる宿に向かうことにした。ビビアラから授けられたミスリルの装備に袖を通すと、全身に不思議な力がみなぎるのを感じた。生地はしっかりしているのにとても軽くて動きやすい。
「太古の龍の炎が、あなたを守ってくれるわ。エステル、気をつけてね。」
この装備には龍人族の古代の魔術が応用されていて、詠唱なしに強力な炎の魔法が使えるとビビアラは教えてくれた。とてもありがたいが、道中これを使う機会がないことを祈るばかりだ。ビビアラと最後の抱擁を交わし、外に出るとメネルが家の前で待っていた。
「遅いぞエステル。なんだその服は?」
「ごめん、待たせてしまったね。これはビビアラからもらったんだよ。」
メネルは何やらソワソワしている。
「そうか。ほら、これをくれてやる。」
メネルは小瓶を差し出した。
「これは?」
「結婚祝いだ。渡していなかったからな。」
「そんな、いいのに。これはなに?」
「私が作ったの!超強力な強壮剤よっ!」
メネルの後ろにいた女性が話しかけてきた。
「この方は?」
「こいつはフーリン。さっき知り合ったのだが、エステルが求めている知識を持っていそうだったのでな。少しの間、ともに旅をしようと思うのだが。」
「私もちょうど里帰りしようと思っていたし、海の方から王都に向かうんでしょ?私はグワイの森までだけど、薬草とか回復魔法のことならちょっとは教えられると思うよっ!」
「メネル、また嫁を増やしたんじゃ…」
「そうなの〜!」
フーリンはメネルの腕にまとわりつく。
「違うだろっ!」
メネルはフーリンを振り解こうとするが、梃子でも離れない。
僕はこの女性についてあまり知らないので、気乗りはしないが回復魔法に関しては非常に興味がある。もしかすると薬草の品種改良や、子供でも使える簡易回復魔法のヒントを得られるかもしれない。ひとまず様子を見てみることにしよう。
「わかったよ。よろしくフーリン。メネル、お祝いありがとう。もう少し早く渡して欲しかったけどねw」
「それはどういう意味だ?」
「なんでもない、ちょっと待ってて。」
僕は一度家に戻り、ビビアラに結婚祝いの品を渡すと、大いに喜び早く帰ってきてねと抱きついてきた。帰ってきた時の鍛錬が一段と厳しくなりそうで、少し気が引ける。再び外に出て僕たちがこれから向かう方角に目をやると、太陽の光が雲の隙間から階段のように降り注いでいるのが見えた。
「お待たせ、それじゃあそろそろ行こうか。」
「おう、メイベル行くぞ!」
メネルが呼びかけると、噴水の池の中からメス豚が這い出てきた。
メネルが以前言っていたように、海には危険な魔獣がたくさん生息していると言われている。気を引き締めていかないと。
ーーーーーーーーーーー
【メネルドール視点】
知らなかった。山は登るよりも降る方がキツいなんて。足を一歩踏み出すたびに重力と全体重が片足の筋肉にのしかかり、もう俺の両足は随分前から大草原不可避状態だ。低空飛行フライを実行したいが、登りの時のような予想外の展開も考慮すると、無闇にエリクサーを消費できない。
そしてエステルとフーリンは龍人族の国を出てから、ずっと小難しい話をしていて何やら俺は部外者のような立ち位置になってしまった。微細エネルギーがどうだの電磁気がこうだのさっぱりわからん。
2人が隣り合って歩いているので、必然的に俺の隣はメイベルになるのだが、いつものごとくハァハァと呼吸を荒げ、モジモジしながら歩いているので、少し前にいても少し後ろにいても隣にいても気が散ってならない。
「まだつかないのか?」
海側のアイスロック山脈に繋がる山路には、貿易拠点となる小さな村があり、そこから海まで搬送用のトロッコがあるとフーリンが言っていたのだが、一向に村らしきものが見当たらない。
「あれよあれ、よく見て。」
フーリンは目の前を指さすが、岩肌と背の低い草木以外は何も見当たらない。
「どこだっ!?俺はもう疲れたぞっ!トロッコはまだかっ!」
「もうそこにあるじゃない。」
再びフーリンは目の前を指さした。目を凝らすと岩陰で見えなかった裏側に、犬小屋ほどの大きさの物置がポツンと置かれ、そこから周りの草木よりも低い位置にレールが敷かれているのが見えた。
「なんだこれは、小学生の卒業制作じゃあるまいし、こんなので貿易拠点と呼べるのか?」
「ショウガク…ソツ?とにかく、龍人族との貿易は検疫がものすごく厳しいから、あえて貿易を持ちかけようとする商人なんてほんのひと握りなのよ。」
フーリンは話しながら犬小屋、もとい倉庫からぼろ板を数枚取り出した。裏側には鉄の車輪がついている。
「はい、これで降りるわよ。ブレーキはないから、スピードが出過ぎたら風の魔法を使って風圧で対処してね。」
「この急勾配をこんなおもちゃで降りるのかっ!?」
「そうよ。まさかあなた風の魔法使えないの?」
「使えるわっ!エステルは大丈夫なのか?」
「うん、術式は知っているし、来る途中でフーリンに少し見せてもらったから大丈夫だと思う。」
メイベルはフーリンから板を受け取り、ムフンと嬉しそうだが、こいつは普通に走った方が早いのではないだろうか。板をレールに置き体重をかけると、ものすごいスピードで山を降り始めた。まだ心の準備ができていなかったので、あまりの速さに呪文の言葉が出てこないっ!
「いかん!なんだっけ?あれ…なんだっけ!?」
風の魔法の呪文が出てこない!しかしこのままでは前を走るエステルとフーリンに激突しかねない。俺は必死の思いでスピードを殺すことにした。
「ソーンウィップ!」
魔法陣から荊棘の蔓が伸び、レールの両端の岩を掴む。
「よしっ!これで…ぐっ??!」
背後からのものすごい衝撃とともに、メイベルが降ってきた。勢いを抑えた俺のおもちゃトロッコに、ノンブレーキのメイベルが突っ込んで来たのだ。魔法陣から生えていた荊棘は断裂し、2人分の重量になったトロッコはさらにスピードを増した。減速しようにもメイベルが上にのしかかっていて、うまく魔法が出せない。メイベルは先ほどからありがとうございましゅっ!と連呼するばかりで一向に退こうとしない。上にいるメイベルのせいで下が見えないが、気圧の変化でわかる。もう終点が近い。
「已むを得ない、パラエルティエン!」
範囲を限定し時間停止魔法を発動した。トロッコとメイベルだけが止まったが、上のメイベルまで止めてしまっているせいで簡単に動かせない。徐々に魔法を解除し、スローで動く最中、妙な視線を感じた。左側を見るとエステルとフーリンがこちらを見ているのに気がついた。エステルは虫でも見るような目つきだ。
「君も物好きだよね。」
「いや、違うんだっ!これはっ!」
「そんなことするなら私がメネルと一緒に乗ればよかった…」
「いやそれも誤解だしっ!」
気が抜けたら魔法が解けてトロッコとメイベルは前方に勢いよく吹き飛んでいった。もうやだ疲れた。
ーーーーーーーーー
【エステル視点】
運搬用のトロッコの終点付近には小さな集落がある。人口は数人程度で皆商人だ。宿もなくほとんどが倉庫なのだが、少しだけ飲食ができる出店が出ている。僕らはそこで小休止を取ることにした。
「それで、このあとはどうするのだ?」
メネルはご機嫌斜めのようだ。
「海沿いには大都市のアラニオンがあるから、そこを避けて海を突っ切っていこうと思うんだけど、ここの集落には船頭がいないみたいなんだ。」
「確かにアラニオンは第二の王都と言っても過言ではないからな。王の息がかかった貴族がうじゃうじゃいるし、間違いなく聖騎士団も配備されているだろう。」
「そう、最悪の場合、船を買って自力で海を渡るしかないね。」
僕たちの次の目的地である北の深森は、こちら側から海を挟んで向かい側に位置している。ちょうど真ん中の距離の海沿いに大都市アラニオンが位置している。
「エステル、お前は俺の城に来る時どんなルートできたのだ?」
もっともな質問だ。僕は最短ルートは通っていないし、かと言って今のように遠回りをしてきたわけではない。
「僕は往路でアラニオンを通っていない。東の深森を出た後は、アラニオンよりも南の小さな村に行き着いた。そこで出会ったハーピーに、アイスロック山脈の手前まで飛んで連れて行ってもらったんだよ。」
「ちょくちょくチートを挟んでくるよな。」
メネルはマリンゼリーを頬張りながら、これがエステルだと言わんばかりの目線をフーリンに送った。
「僕はゲームのルールに沿って生きているわけじゃあないからわからないけど、当時はそれが最善だと思ったんだよ。」
出店で食事を済ませた後に、海の方へ歩いていくと、小さな船着場を見つけることができた。小さな小舟が一隻あったが、人気が全くない。
「よし、これをいただいていこう。」
「だめだよメネル、持ち主が困ってしまうだろう。」
「何を言っているこんなボロ船、ここに捨てて行ったに違いない。」
「とにかく勝手に持っていくのは良くない。他の手を考えよう。」
メネルはいつものようにブーブー文句を言いながら、海の水を蹴り飛ばした。
「物質をコピーする魔法とかあれば便利なんだけどね。」
「その魔法は私は知らないけど、材料ならすぐに出せるわよ。」
フーリンが呪文を唱えると、海岸の砂浜から大きな木が生えた。
「私はドリアードとエルフのハーフだから、木属性の魔法は得意なの。」
フーリンは立て続けに風刃魔法を発動し、あっという間に材木の束を作り上げてしまった。
「すごいね!これなら僕たちで筏くらいなら作れそうだ。」
フーリンはポケットから植物の種を取り出し、砂浜に撒くと瞬時に蔓が伸び始めた。フーリンは慣れた様子でナイフで切り取り、その蔓で材木を固定し始めた。メネルは海を眺めて黄昏ている。
僕は手伝いながら何気なしにフーリンの素性を聞いてみた。フーリンはグワイの森で生まれて、若くして母親を亡くしている。独り立ちするためにあらゆるところを旅して周り、エルフの王国で貿易業を営む商人と縁があり、仕事を手伝ううちにアイスロック山脈の龍人族の国に行き着いたそうだ。
「大変だったね。」
「いいのよ、おかげでいろんな人と出逢えたし。たくさん面白い経験もできたから。」
フーリンは過去の記憶を思い返すように、少し上の遠くの空を眺めていた。きっと辛い経験もたくさんしてきたのだろう。さまざまな経験を最終的にポジティブに自分の糧にするには、ある程度の強さが必要になる。この娘は心の強い娘なんだな。筏の準備ができたので、メネルを呼び戻し手伝ってもらって、筏を海に浮かべる。
「この海は膝丈の浅瀬が果てしなく続いているから、最悪歩いて渡れるのだがな。」
「メネル、水の中を歩くのは山登りよりもきついと思うけど…」
「俺は楽な方法があるならそれでいい。」
僕たちは視界に小さく見える向こう岸に向けて、夏休みの自由研究で制作したような船を意気揚々と進めた。
ーーーーーーーーーーーー
【メネルドール視点】
この筏には帆はおろかオールもない。推進力となるものは、乗組員が時間交代制で発動する風の魔法だけだ。そして幻覚でなければ、召喚していないのにサキが蔓に繋がれた浮き輪に引っ張られて浮かんでいる。
「おい、いつの間に来たんだサキは?」
「え、気がついてなかったの?サキはこの旅の間ずっとメイベルの影に隠れてついてきてたんだよ?」
全く気が付かなかった。確かにエルラスでは宿に隠していたおやつの暗闇スフレがいつの間にかなくなっていたり、アイスロック山脈でも足元のメイベルの皿の隣に、不自然にグラスが2つ並んでいた。そしていつの間にあんな際どい水着を手に入れたのだ?
「私も〜!」
フーリンは木属性の魔法を発動し、不思議な形の木を筏から生やすと、大きくなった柔らかそうな果実をもぎ取り、ヘタに蔓を巻きつけ海に投げた。服を脱ぎ下着で海に飛び込むと、サキの隣に位置付けてぷかぷか浮きながら筏に引かれ始めた。前世ではホームに吹き荒れる神風に煽られ、稀にお目にかかれるパンチラですら、人生の一大イベントに感じていたのに、こうも日常で見せつけられては何も感じなくなってくる。何か大切なものを失ってしまったような、虚しい気持ちに陥りながら、俺は若干風の魔法の威力を強めた。
数十分もしないうちにサキとフーリンは筏に上がり、日向ぼっこをし始めた。奔放に振る舞うのは結構だが、そろそろ順番を代わってもらいたい。そう考えながら空をぼんやりみていると、エステルが代わるよと声をかけてくれた。さすがイケメンはこういう気遣いがそつない。俺はようやく解放され腰を下ろすと、フーリンがおかしな形の果実を手渡してきた。
「食べて、MP回復するから。」
ぷよぷよして水風船のような細長い形状の果実を一口齧ると、中の甘酸っぱい果汁が溢れ出し、身内に魔力が宿るのを感じた。微炭酸飲料のように弾けるフレッシュ感がたまらない。
「たくさんあるから、好きに飲んでね。」
フーリンが指さす方を見ると、小さな苗木に見合わない大きさの、先程の果実がたくさん成っていた。
「エステル、これ…」
「うん、僕もさっき頂いた。この木はフーリンが品種改良した苗木に、魔力結晶の粉末と聖霊の泉の水をかけて作ったらしいんだけど、常に大量の魔力を果実に取られてしまうから、すぐに枯れてしまうらしいんだ。特殊な肥料の開発か、あるいはさらなる品種改良が進めば、量産が可能になるかもしれないね。」
エステルは新たな発見で好奇心をくすぐられたのか、とても嬉しそうだった。暇さえあればフーリンと回復魔法の話をしているのだから、フーリンを連れてきてよかったと今なら思える。
「フーリン、ありが…」
振り返ると衝撃の光景が飛び込んできた。何者かがフーリンに飛びかかり、フーリンはそのばに倒れ込んだのだ。胸元の肉がえぐられ大量に出血している。フーリンに襲いかかってきた者の手には、フーリンが身につけていた首飾りが握られていた。
途端に嫌な予感が思考を掠めたが、その予感はどうやら的中したようだ。エステルが怒っている。俺は突然の出来事に少し冷静さを失っていたが、すぐさま最適解を見出した。
「エステル!フーリンを頼むっ!」
俺が叫ぶとエステルは我に帰ったのか、フーリンのそばに屈んで胸に手を押し当てた。
「おまっ、何やってんのっ?!」
「昔から手当っていう言葉があるでしょう、直接手を当てた方が回復が早いんだ。メネル、奴を頼んだよ。」
エステルは冷静に今、自分のやりべきことを悟ったようだ。この判断と切り替えの早さには驚かされた。エステルも図らずしもこの世界に慣れてきたといったところか。
「さて、何者かは知らないが、タダでは済まさんぞ!カオスオーラ!(神速の雷槍)」
ピエロのような仮面を被った不届きものは、後ろに飛びのき水面に佇む。俺は見た目はド派手なカオスオーラを唱え力を蓄えていると見せかけて、小声で同時に雷槍を発動し空間魔法で奴の斜め後ろ側に転移させた。俺が闇の波動を放つために右手をかざすと、仮面の賊は身構える。背後から雷槍が放たれた瞬間に、仮面の賊は反応し身を捩る。刺さった!急所は外したが雷槍が掠めた瞬間、手に持っていたフーリンの首飾りが宙を舞った。
「メイベルっ!」
俺が首飾りを指さすと、メイベルが首飾りを取って戻ってきた。
「よし!あとでご褒美をやろうっ!」
メイベルは鼻息を荒げる。俺は貯めていたカオスオーラを心置きなく目の前の賊に放った。背後から放たれる雷槍をかわすくらいだ、この程度では死ぬまい。俺はエステル達を戦闘に巻き込まないように水面に降り立って、次の魔法弾幕の準備を始めた。案の定水飛沫の晴れる頃には、賊は腰に刺した剣に手をかけて構えていた。剥がれ落ちた仮面の中からは、年端もいかない幼女が顔を覗かせていた。
「おいガキンチョ、ちょっとお痛が過ぎるんじゃないのか?」
「ゾーイよ、ガキンチョじゃない。ウチの縄張りで好き勝手やられちゃ示しがつかない。」
「海賊ごっこか?それともサーカスかな?」
「ゾーイ海賊団を知らないなんて、どこの田舎から流れ着いたのかしら?」
「ちびっこ1人じゃないか。」
「ちびっこじゃない、ゾーイ!あなた達なんてウチ一人で充分!もう許さない!」
「許さないのはこっちだ、挨拶もなしにウチの仲間に手を出しやがって!悪い子にはきついお仕置きが必要なようだな!」
「お仕置きっ///」
メイベルが反応する。
「メイベルは黙ってなさいっ!」
船も持っていないたった独りの自称海賊は、腰につけていたクマのぬいぐるみを大事そうに水面に浮かべた。次の瞬間、ナイフを上空の明後日の方向に放り投げた。
「おいおい、そんな出鱈目な攻撃でこの俺を倒せるとでも思ってるのか?」
「おじさん不愉快。消えて。」
このガキ、マジで泣かすっ!
ゾーイは腰の剣に手を添えて突っ込んでくる。直線的で非常に単調な動きだ。だが俺の正面にはすでにトラップが仕掛けられている。そこに足を踏み入れた瞬間、高出力魔法の弾幕が発動して一瞬でカタがつく。俺がニヤついて余裕でゾーイが間合いに入るのを待っていると、トラップの直前で引いて反転し空中に飛んだ。まさか…いやマグレだろう。空中から斬りかかって来ようがガードしてしまえば無防備になる。そこに速攻魔法をぶち込めば…と防御魔法を発動する構えを俺がとると、ゾーイは斬りかからずにそのまま俺を飛び越えた。なんだ…フェイクか?
「クロスチョップ!!」
ゾーイは技名を叫んで突進してくるが、手は柄に納められたままの剣に添えられている。物理攻撃主体で接近されるのは厄介だが、チョップなど間合いの高が知れている。ましてやこんな子供など…と軽いステップで後ろに飛ぶと、回し蹴りで足払いを試みてきた。剣を振ってくる保険で少し多めに距離を取っていたのが功を奏して当たらなかったがこいつは…
「ぐっ!!!!!」
背後からものすごい衝撃が…ぬいぐるみっ?!こいつぬいぐるみに物体操作魔法をかけて操ってやがった!しかしこの程度の攻撃なら致命的なダメージなど…
「がっ!」
脇腹に刺すような痛みが走り、目をやると先程ゾーイが投げていたナイフが空間魔法で固定されていた。まさか飛ばす距離と角度をあらかじめ計算して投げていたのか?!ありえないっ!下からはゾーイが構えたままこちらに飛んでくる。ヤバイ!思いの外ナイフが深く刺さっているので、このままフライで上に逃げることはできない。
ひとまずフライを唱えて後ろに引こうとすると、ゾーイは俺に到達する少し下で剣を抜いた。形状が完全に孫の手の奇妙な剣だ。通常戦闘なら舐めた武器を持ってきたこやつに制裁を下してやりたいところだが、今ならこの武器を選んだ理由がわかる。
俺がナイフと逆方向に飛ぼうとすると、ゾーイは剣を投げ俺に当たると同時に空間魔法で固定した。ナイフと逆方向に動こうとすると太腿に刺さった孫の手型の剣が深く食い込む。
「死んで。」
ゾーイは俺の背後から爆炎魔法を喰らわせてきた。全身に衝撃と痛みが走り、鼓膜が破れそうだ。久々にまともに魔法攻撃を受けた気がする。爆風で結構な距離を吹き飛ばされてしまった。起き上がって回復魔法をかけても、まだ耳鳴りがして物音が遠くで聞こえる。ゾーイの魔法攻撃自体の火力は大したことないようだが、今までの攻撃を全て計算して食らわせてきたとなると、侮れない相手ということになる。
「少し、本気で行くぞ。」
俺は亜空間から毒属性のアヌビスブレードを取り出した。剣はあまり振らないが、武器を持っているというだけで近接戦相手には牽制になる。
「ジェノサイドライト!」
無数の闇の閃光がゾーイに向かって放たれるが、くねくねとした奇妙な身のこなしで全弾避けている。ここまでは想定内。ジェノサイドライトは逃げ道の選択肢をふざぐ為に放ったものだ。俺が間合いを詰めて剣を振りかぶると、ゾーイは孫の手の剣で受ける防御の構えを取った。
「バカめ!その程度の防御で防げると…!?」
確かに防御体制に入っている、しかしこんなに距離が近かったか…いや、こいつが防御体制のまま間合いを詰めてきたのだ!一瞬で俺の半径85センチ以内に間合いを詰められ、剣を振れなくなった。そのままふざけた孫の手が俺の肋に食い込んだ。
「くっ!」
「防御は最大の攻撃って、人魚のおじさんが言っていた。」
それ意味ちょっと違う気もするんですけどぉお!装備も攻撃も大したことない格下には違いないが、こいつは戦いのセンスが半端じゃない。引きやフェイク、釣り行動や牽制の全てがこいつの計算で回収されている。野生の勘のせいか、俺のトラップには引っかかる気配すら見せない。誘導しようにも相手のトリッキーで手数が多い攻撃のせいで、まともに魔法が放てない。チクチク小賢しい攻撃が繰り返されるたびに、俺の怒りのバロメータが溜まっていく。
「あぁあぁぁぁあああ!!!めんどくさいっ!エステルっ!!!」
俺がエステルにアイコンタクト送ると、エステルはフーリンとサキを抱き抱えて、フライで天高く舞い上がった。俺のやりたいことを眴だけで理解するなんて、エステルも俺の性格がわかってきたようだ。きっちりメイベルを置いていってるところも抜け目ない。メイベルは目を閉じ内股で両手を広げている。メイベルへのご褒美に、俺の最強の広範囲攻撃魔法をくれてやろう。
「喰らえっ!ムーンドオスクロ!!」
俺の半径1200mは球体状に闇に包まれ、その中にあるすべての存在は反撃不可の大量の闇の化身に攻撃され続ける。ディアデロスムエルトスほどの全てを消し飛ばすような派手さはないが、広範囲で一気に大量の敵を叩くときには役に立つ。どれだけ回避が上手くても、一握りの光すら届かない暗闇の中で絶え間なく続く攻撃をかわし切ることは不可能だ。たった一人の敵にこの魔法を使うのはアホらしいが、これで決して逃げられない獄中に閉じ込められたということだ。
闇が晴れる時には、生意気な幼女は海面に力なく浮いていた。少し離れたところに浮いているメイベルは、とても満足そうな顔で気を失っていた。
「しまった、船まで壊してしまった…」
「メネル、大丈夫?」
エステルが空から降りてきた。
「あぁ、かたはついた。死なない程度に手加減したから、あとでたっぷり灸を据えてやろうと思っているのだが…」
「それはいい考えだね。だけどフーリンをゆっくり休ませたいから、一度アラニオンに行こうと思うんだ。ここからなら最短距離だから。」
「やむをえないな。船も壊れてしまったし、フライで飛んで行くか。ちょっと待ってろ。」
俺は水面に浮かぶゾーイの腕を持ち上げ、空間転移で魔王城に転移した。門にはラーヴァナが独り立っていた。
「お帰りなさいませ、メネル様。」
「あぁ、すまんがこいつを地下牢に叩き込んでおいてくれ。」
「かしこまりました。」
ラーヴァナはゾーイを腰から抱え上げ、魔王城の方へと歩いていった。少し休みたいところだが、そうも言っていられない。俺は再び空間転移で海上に転移した。
「待たせたな、それじゃあ行くか。サキ、メイベルの影に入ってろ。人数が多すぎる。」
「はぁ〜い。」
珍しく素直だが、しっかり空気を読んでくれて助かる。俺は気絶したびしょ濡れのメイベルを抱き抱えフライを唱えた。エステルの腕の中にいるフーリンの怪我は回復しているようだが、意識が戻っていない。ひとまず休ませることを第一に考えるとしよう。
俺たちは海上の中間地点から、大都市アラニオンへと向かった。
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