8話 お前、神じゃなくて悪霊じゃない?


「ひとまずお前は魚の怨みの化身で、神様?なんだな」


「そうだ!」


「……」


「さぁ崇めよ! 称えろ! 担ぎ上げよ!」


 そう言って少女はエッヘンと胸を張った。


「神様?」


「そうだ!」


「お前が?」


「お前が、ではない! ウオノカミ。気軽にウオちゃんと呼ぶがいい!」


「……」


 神様。神様ねぇ……。


「なあお前」


「お前ではないウオちゃんだ」


「どっちでも良いだろ」


「良くない! ウオちゃんと呼べ。呼ばなきゃ祟るぞ」


 ……。

 ……。

 魚の怨みの化身とか言う訳分らんものに祟るぞと言われてもなぁ……あまり恐怖というものが湧いてこない。

 いやだけどここで変な態度を取っても俺に良いことなんて全くなさそうだし、言う通りにしておくか。


「……えっとウオちゃん?」


「なんだ?」


 「ウオちゃん」と呼ばれたことが嬉しいのか、自称ウオノカミは幼子のように無邪気に笑いながら言葉を返した。


「ウオちゃんは魚の怨みの化身。魚が抱いた怨み?が集まって生まれた」


「そうなのだ!」


「えっとじゃあ……なんで【魚剣】から出てきたんだ?」


「む? そりゃ勿論お前のせいだぞ」


「は? えっとそれは?」


 そう尋ねるとウオちゃんは心底俺のことを馬鹿にしたような目で見ながらため息を漏らした。


「はぁ。さっきも説明したじゃないか。我は3年前、酔ったお前が飛び込んだ川の中で形を創っていた。それが突然飛び込んできたお前のせいで形の4割が崩れた。その結果我はこの肉体を創ることができず、妥協して【魚剣】を創り、その中で怨みポイントを貯め、形を創ることになったのだ」


「はぁ~」


 ふぅ~ん……つまり何から何まで俺のせいってことなんだなぁ。


「何だその気の抜けた声は。我の話を聞いて、そんな風に返すとは不遜だぞ!」


「いや……まぁ……何というか……」


「何だ」


 人外ではある。

 魔物とは違う存在ではある。

 俺の3年間の元凶(ただし発端は俺)である。


 なのだが。

 そうなのだが……。


「む? 何だ」


 この魚の怨みの化身というギャグみたいなことを知った後だと何故か笑いがこみ上げてくる。


「……ふっ」


「何だ貴様! 今我を見て笑ったな! なんだ! なんで笑った!」


「い、いや……笑ってない。笑ってない」


「いーや! 絶対笑った。神の目は決して誤魔化せないぞ!」


 ウオちゃんはそう言いながら俺の肩を叩いてきた。

 ポコスカという効果音が聞こえてきそうなほど力のこもっていない拳であった。


「そう言えば……さっきから怨みポイントって何回も言ってるよな」


「ああ、言ってるが。それがどうした」


「いや。どうしたも、こうしたもじゃなくて、その怨みポイントって何なんだよ」


「? 怨みポイントは怨みポイントだが?」


「いや、さも当然のことみたいに言うな。さっきの【魚剣】から出てきた話もそうだけど、説明が足りねえんだよ。絶妙に説明が足りなくて意味が分かんないんだよ。てか怨みポイントに関しては全く説明されてねぇし」


「全く……仕方がないなぁ。これだから人間は」


 なんか馬鹿にされている気がするが……ここは我慢だ……。


「一度しか説明しないから、心して聞くのだ。怨みポイントとは魚たちの抱いた怨み。それを我の権能によって使いやすい形に変換した、エネルギーなのだ」


 ふむ……。つまり人間で言う所の負の感情みたいなものを集めてエネルギーにしたモノってことか。


 う~ん……。


 これってなんか……


 やってることが……


 神様というより……


「悪霊じゃね?」


「は?」


「いやだって、要は負の感情を集めてんだろ。それを使って体を創り、さらになんかやったりする。それってどう考えても悪霊みたいなもんだろ!」


 確か俺の幼馴染曰く、悪霊というのは生物の負の感情を集めて形を創ったり、魔法を行使したりするらしい。

 そして今コイツの語った怨みポイント。これがまんま悪霊の性質に当て嵌まっていやがる。

 これで悪霊じゃないという方が無理がある。


「悪霊言うなッ! 我は神だぞッ! 悪霊なんかじゃないぞッ!」


「はっ、どうだかなぁ。そもそも神って信仰されなきゃ神って言わねぇんだよ。お前のことを信仰している奴なんているのかよ」


「いるわ!」


「何処にいんだよ! ウオノカミなんて名前、生まれてこの方聞いたこともねぇよ!」


「いるよ! いるんだよ……」


「えぇ……」


 俺は突如涙目になったウオちゃん(自称神様悪霊疑惑)に思わず呆れ声を漏らしてしまった。


 いやだってさっきまであんなに尊大な感じで威張っていたのに、急に涙目になるなんて誰が想像できるかよ。

 こんな打たれ弱いとは思わんよ!


「お、おい泣くなよ。ちょっと強く言い過ぎたのは謝るから」


「うぅ……信者いるもん。お魚がいっぱいいるもん……」


「分かった。分かったから。落ち着けって」


 「魚って信者になるのかぁ?」と思ったが、それは胸の内に留めた。


「悪霊……じゃないもん……神様だもん……」


「分かったから。お前は悪霊じゃなくて、神様。神様な」


「……お前じゃなくて」


 ウオちゃんは赤くなった瞳で俺のことを見ながらそう言った。


「ウオちゃんは悪霊じゃなくて神様です」


 俺は若干面倒臭さを感じながらそう言った。

 するとさっきまでの涙目が嘘みたいに消えた。


「ニヒヒ~。そうだ、我は神だ! ウオノカミのウオちゃんだ!」


 そしてそうやって笑いながらその場でスパッと言う感じにポーズを取った。


「は?」


 その手には小さなひょうたんがあり、そこからポタリと雫が落ちた。


 ……コイツ嘘泣きしやがった。


 本当に神様だということにしておこうかと思ったが、訂正だ。


 コイツは自称神様の悪霊もどき。……悪霊もどきなのは、こんな奴が悪霊だというのはなんだか悪霊に対して酷いと思ったからだ。

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