6話 問:サンマで魔物は斬れますか?


「どうしたのだ? さっさと糞ゴブリン共を倒さないのか?」


「いや……これでどうやって倒すっていうんだよ」


 俺はそう言いながら自分の握りしめる柄から生えた1匹のサンマを見た。


 それはそれは見事なサンマであった。

 身はかなり大きめであり、脂も結構乗ってそうだ。


 この3年間でサンマが生えてたことは一度もない。

 それに一日に3本以上生えたこともなかった。

 だからそういう意味では覚醒したと言えるのかもしれない。だが結局のところサンマになったところで魚は魚。これでどうやってゴブリンを倒せと言うんだ。


 はっきり言って攻撃力なんて全くない。

 なんだ? ひたすらにサンマをゴブリンに叩きつけて、倒せと?

 いや無理だろ!

 どう考えてもできるわけないし、てか1匹を殴っている間に残りの4匹に殺されるわ!


「どう?」


「どう? って不思議そうに返すな! どう考えても無理だろ。だってサンマだぞ。サンマ! サンマで戦う人なんているか? いやいない。絶対にいない!」


「「「「「ウギァウギャ」」」」」


「ほら。ゴブリンにまで頷かれてんだぞ! できるわけねぇだろ!」


 もうなんか悲しくなってきた。冒険者の癖に戦えなくて、魔物から逃げ隠れする日々。

 ほんの少しだけ期待したモノは見事なサンマ。

 ゴブリンには笑われ、しかも同情までされてしまってる。


「はぁ~。そんなに疑うならひとまず使ってみる」


「いや使うって……」


「ほらほら。1回スパっと」


「……」


「スパっとスパッと」


「「「「「ウギャットウギャット」」」」」


「なんでゴブリン共もノリノリなんだよ!」


「「「「「ウギャ?」」」」」


 ゴブリンたちは不思議そうに顔を傾けた。

 その表情には警戒心など一切ない。まぁどう考えても俺にはこのゴブリンを倒す術も、逃げる術もない。いわばすでに皿に乗せられたも同然の食材だ。

 そんなものに対して警戒をする必要なんてない。だからこんなにも余裕なんだろう。


 それにしてもスパッとやれって自分たちの方からやるのは流石に余裕を持ちすぎだとは思うが。


「もう訳が分からん……」


「さぁさぁ」


「「「「「ウギャァウギャァ」」」」」


 少女とゴブリン5匹は俺にそう促してくる。

 もうなんだかさっきまでの危機的状況とは場違いな状況である。


「あー!! もうやればいいんだろ。どうせ死ぬし!」


 俺は破れかぶれにサンマを振り上げながらゴブリンへ向かっていった。


「ギャァッギャ」


 ゴブリンは逃げず――むしろやってみろという感じに俺の目の前に一歩踏み出した。


「おらぁ!」


「ギャハッ――」


 俺がサンマを振り下ろすと共に鮮血が舞った。


「――ギャ……ギャァ……?」


 そしてサンマを振り下ろされたゴブリンは驚愕の表情のまま地面へ倒れた。


「「「「ギャギャッ?」」」」


「ありゃ?」


 思いもよらないその結果に俺も残ったゴブリンたちも開いた口が塞がらなかった。

 しかしこの場でただ一人。俺の背後に立つ青髪の少女は自信満々な態度であり、その現象を当たり前のように受け入れていた。


「ニヒッ。これが【魚剣】の真の力! どうだ凄いだろ! 嬉しさのあまり泣いて跪いても良いぞ」


「えぇ……?」


 サンマを見てみるとゴブリンの血がしっかり付いている。


「えぇ?」


 脳が理解を拒んでいた。てか理解したらいけない類の事象すぎて思考停止してた。


「さぁその調子で他の糞ゴブリンを倒すのだ」


「え。あっ」


「「「「ウギャ……」」」」


 少女の言葉で俺とゴブリンたちが見つめ合った。


「「「「ギャァー!!」」」」


「あー! もう訳分かんねぇ!」


 俺は飛びかかってくるゴブリンたちに向かってサンマを振るった。


 サンマの切れ味は恐ろしいほどよく、少し振るだけでゴブリンの手足を落としていった。


 鮮血は辺りに散っていき、サンマからは血がタラタラと地面に垂れる。


「ギャァァァー!!」


「ウギァッ!?」


「ギャハッ……」


「ウギャギャッ!?」


 そして5分も経たない内にゴブリンたちは全員地面に倒れた。


「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺はその光景を肩で息をしながら呆然と見ている。


「どうだ? 凄いだろ」


「……」


「感謝で我の足場になりたいと思っても良いんだぞ」


「そういう趣味はないので遠慮します」


「なんだ。釣れないなぁ~」


「……これは、なんなんだ?」


「うん? 【魚剣】に備わった怨み技【真打・秋刀魚】だよ」


 うん。意味が分からない。


「……」


 俺が意味不明な状況でこんがらがっていると少女が俺の隣に近づいてきた。

 ……こうして近くで見るとやはり可愛い。不本意だが。


「さてひとまず初陣おめでとう。これからもよろしく頼むぞ」


「は?」


「なんだその驚いた顔は? 当然だろ。お前は我と契約したんだから」


「契約って、いったい何のはなし、を…………あれっ?」


 俺は少女に詰め寄るようにそう話していたのだが、急に足から力が抜けた。


「な、んだ……? ち、から、が……はい、らない……?」


「う~む。怨みポイントを始めて使ったことで疲れたのかな? まっ。初陣だし仕方がないか」


「どう、いう……」


「要は疲労だな。ひとまず寝てろ」


「あ……」


 俺はギザ歯を見せながら笑う少女に顔を覗き込まれながら、そのまま意識を失った。

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