4話 怨みポイントが溜まり、美少女が顕現しました


『怨みポイントが貯まりました』


「ウギャ?」


「ウギャギャ?」


 その場に突然響いた女性の声にゴブリンたちは足を止めた。そして若干鼻息を荒くしながら周りをキョロキョロと見回している。


 しかし俺はその声の発生源を知っている。

 3年前のあの日。俺がこの【魚剣】とかいう意味不明の呪いの武器を装備してしまったそのときに聞こえた声。それと全く同じであったからだ。


『怨みポイントを使用しますか?』


「は? 怨みポイント……? なんだそりゃ?」


 俺はろくな返事は期待せずにそう返しながら、ゴブリンたちに気づかれないように後ろへ下がった。


『怨みポイントは怨みポイントです。我が信者たちの怨み。それをポイントと化したモノ。それが怨みポイントなのです』


 ちょっと胸を張って威張っているような物言いであった。


 しかし、それにしてもだ。さっぱり意味が分からん。結局怨みポイントって何なんだ? 信者たちの怨みってことは、神様? いや流石にそれはないか……。


 そう思いながら後ろへ下がっているとゴブリンの1匹が俺のほうを向いた。


「!?」


「ギャアギャ?」


 そのゴブリンはまるで「お前この声の人どこにいるか知らん?」と尋ねているようであった。


「えぇ……と。た、多分……あっちの方じゃないかなぁ……」


 俺は冷や汗をかきまくりながら、これに一縷の望みを託してそう言いながら適当なところを指さした。


「……」


「……」


 俺とゴブリンが静かに見つめ合う。


 どうだ? 

そっちに行ってくれないかぁ……?


「……」


 俺は心臓をバクバクとさせながら苦笑いをした。

 するとゴブリンは他4匹の方へ顔を戻し、何か喋り始めた。


「――ッ!!」


 俺はその瞬間一目散に立ち上がって駆けだした。


「ギャッ!!」


「ギャアギャギャッ!!」


「ギャギャッ!」


「ギャアー!!」


「ウギャッギャッギャ!」


 すぐにゴブリンたちは俺を追いかけてくるが、その数は2匹。残り3匹はさっき俺が指さした所に向かって走っていた。


「3匹かッ! あーもう! 逃げれるかぁ? 逃げれんのかぁ? いや逃げんだよッ!」


 俺は全力疾走。


 大地を思いっきり踏みしめて、ゴブリンから逃げていく。


『怨みポイントが貯まりました』


「うるせぇ! 今忙しいんだッ!」


『怨みポイントが貯まりました』


「だからうるせぇって!」


『怨みポイントが貯まりました』


「やっと声を出したかと思ったら、なんでこんなタイミングなんだよ!」


 俺は【魚剣】から聞こえる声にそう叫び声を上げた。


 本当にこいつのせいでこの3年間はろくな目に遭わなかった。


 折角冒険者として良い感じに稼げるようになっていたのに、そこから地の底へ。

 全く稼げなくなり、その上毎日3食焼き魚。肉なんて食う余裕がないほどの金欠に。しかも【魚剣】から匂う生臭さのせいで巷じゃあ生臭冒険者って呼ばれる始末。


 みんなが俺に気づくとき、何で気づくか分かるか!

 生臭さでだよ!

 畜生めー!


「絶対この場を生き延びて、今までの文句を叩き込んでやるんだからなッ!」


『ピンチなのですか?』


「そりゃ見れば分かるだろ! ピンチもピンチ。大ピンチだ!」


『では怨みポイントを消費して、ウオノカミを顕現させてください』


「はぁ!? なんだそりゃ。どう言うことだよ!?」


『そうすればあなたはこの危機を脱出できる力を得られます』


「いやいや。答えになってねぇーから」


「ウギャッ」


「!? あ、あっぶねぇ! おいコラ糞ゴブリン! 多数対1の癖に武器も使うとか卑怯だろ!」


 俺は頬を掠めて地面に刺さった不格好なナイフを見ながらそう叫んだ。


「ギャッギャッ?」


「ギァギャッギャ」


「「「ギャギャ―!」」」


「うるせぇ! 何言ってるか分かんねぇんだよ!」


『何言ってるか分からない? 怨みポイントを消費して、Let‘s超パワーです』


「いやお前には言ってねぇし。てか言ってる意味が分かんねぇよッ!」


『……』


「分かったらちょっと黙ってろ! 後で徹底的に問い詰めてやるから!」


『……はぁ』


 【魚剣】はまるで呆れかえったかのようにそうやってため息を吐いた。


『――うじうじ言ってねぇでさっさと怨みポイント消費するって言えよ。そうすりゃお前を助けてやるから』


「はぁ!? なんでこんな目に遭ってるって」


『人間ごときがどうなろうと知ったこっちゃねぇのだ!』


「なんだその物言い! 絶対お前、悪霊だ! 悪霊に決まってる! 今度幼馴染が帰って来た時、絶対除霊してやる!」


『はっ。あの女か? あの程度でどうにかできるわけねぇだろ。てか我は神だから、そもそも除霊なんて意味ないし』


「お前みたいな呪いの剣に宿ってる奴が神なわけがあるか!」


「「ギャギャ!」」


「『糞等は黙ってろ!』」


 俺は不本意ながらも【魚剣】から聞こえる声とハモリながら後ろを振り向いた。


「げっ。5匹に戻ってやがる!」


「「「「「ギャギャギャー!」」」」」


 なんだか若干起こり気味になっているゴブリン5匹が俺に向かって猛突進。このままでは20秒も経たない内に捕まってしまう。


『さぁさぁ。もう後がないぞ。さっさと怨みポイントを使うって言うがいい』


「信用できるか!」


『ふん。別に我はそれでも良いが、このままだとお前死ぬぞ』


「ぐぅ……」


 俺は思わず歯を噛みしめた。


「さぁ。どうする? どうする?」


 【魚剣】からはそれはもうウザったく感じる煽り声が響いてくる。


 はっきり言って信用できない。

 かと言ってこのままではゴブリンに捕まり、そのまま美味しく食われる。


 3年間。

 3年間お肉断食生活の末、ゴブリンに食われ死ぬ。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


『さぁ? さぁ? どうす「あー! もう分かった!」』


「使ってやるよ! この状況が打破できるなら怨霊の言葉だろうが、忌々しい【魚剣】の言葉だろうが、聞いてやる!」


『ニヒッ。それはつまり?』


「怨みポイントを使うって言ってんだよ!! だからさっさとどうにかさせろ!!」


『――了解した』


 【魚剣】からそんな声が聞こえたと思ったら、辺りが急に暗くなった。


「!?」


「「「「「!?」」」」」


『全怨みポイント中9割使用。――ウオノカミ顕現準備開始』


 そしてそれに合わさるように周りの気温も一気に寒くなっていく。それはまるで水の中にいるかのような寒さであった。


『神格出力。肉体出力。精神出力。全出力準備完了。ウオノカミ顕現』


 そのときであった。突如俺の真横に青白い光が出現した。


「ギャギャア?」


 ゴブリンたちは俺を追う足を止め、その光に見入っていた。そしてそれは俺も例外ではなかった。


『万物の始まり――即ち海。即ち水。即ち川。その中で産まれ、育ち、生きてゆくが魚。彼らは嘆いた。どうして殺すのか? どうして適当に食うのか? 美味しく食べてくれないのか? どうして捨てるのか? どうして水を大事にしないのか?』


 光は人の形を成していき、輪郭が出来ていくにつれて光は少しずつ収まっていく。


『その思いが我を呼んだ! 

 その願いが我を創った! 

 その嘆きが我を顕現させた!』


 シュパッという感じで光の中から手が飛び出た。


「魚たちの怨みの化身!」


 パサッと綺麗な青色の髪が宙を舞う。


「ウオノカミ。略してウオちゃん。ここに顕現!!」


 そして光が晴れ、天に向かって腕を掲げる美少女が現れた。

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