3話 1対5は卑怯じゃないか?


 街を出て少し進むと結構大きめの山が見えてきた。

 3年間毎日通ってきたため、見慣れた山である。この山には魔物も生息してはいるものの、あまり狂暴でなく大人しかったり、整備されている道もあるため、よほどのことがなければ魔物に襲われるということはない比較的安全な森である。


 まぁそれでもさっき受付嬢が言っていた通り、たまに他所から来た魔物が人を襲ったりする。また元々生息していた魔物を襲ったりして、生態系が崩れることで、危険になったりもする。


「ひとまずあまり奥にはいかないようにするか」


 本当だったら今日はできるだけ薬草を採取して、魔石を多めに買い貯めしておこうかなと考えていたのだが、まぁ背に腹は代えられない。


「よし。始めるか」


 そうして俺は山の中に入っていった。


 初めは整備された道を歩いていき、少しだけ上った辺りで道を逸れる。そして木々や草が生えている方へと歩いていった。


「治癒ポーションに使うヤツなら高くなるんだけどなぁ。まぁあんま無いから高いんだけど」


 俺はそう言いながら草をかき分けていく。


「強化用……雑草。雑草。雑草。これも雑草……これは強化用。お、これも強化用」


 薬草には大きく分けて2種類ある。


 一つは治癒ポーションに使われる医療用の薬草。

これは一見ただの雑草であったり、あまり生えていなかったりするため流通が少なく、高く売れる。


 もう一つは魔力や力を増幅する強化ポーション用の薬草。

 これは結構特徴的な見た目をしていたり、たくさん生えているのであまり高く売れない。数十個見つけてようやく金になるというのもある。


 ちなみに毒草など高価であるのだが、それ専門の資格みたいなのを取っていないと採取してはいけない。もし金に目がくらんでそんなことをすれば一生監獄暮らしor鉱山生活となってしまう。


「治癒用は……あるかなぁ……」


 視界は緑で一杯であり、あまりじっと見つめすぎていると全部同じに見えてくるので、時折空を向いて瞬きをして、目を休める。


 緑という色は目に優しい色と言うが、流石に長時間集中して見つめ続ければ、優しいとかそんなこと関係なしに疲れてくる。


「はぁ……にしてもやっぱり生臭い」


 草に囲まれた中、自分の腰に付けられた【魚剣】から漂ってくる生臭さに思わずそんな声を漏らしながら俺は見つけた薬草を採取していく。



 *  *  *



「あぁ~疲れたぁ~」


 採取した薬草を入れたリュックを地面に下ろすと、俺は草の上に寝転がった。


 薬草採取を始めてから4時間ぐらい経過した。

 リュックの中を覗き込むとあまり薬草は入っていなかった。

 いつもであればもう少し取れるのだが、今日は未熟な薬草ばかり見つかり、ちゃんと成長したモノがあまり見つからず、こんな結果になっていた。


「最近魔王とかが暴れてるとかで結構薬草の需要が上がってるらしいからなぁ。他の奴らも自分のクエストついでに薬草取っていってんのかな?」


 魔王を倒す。


 冒険者であれば誰であれば一度は夢見ることであろう。

 俺だって夢見ていた。


 まぁ今ではこの生臭さの塊。3食を用意するぐらいしか利点がない呪いの装備のせいで魔王を倒すなんて夢のまた夢。この剣がある限り絶対にかなわぬ夢であろう。


「さてと。昼飯でも食うか」


 俺はその場に焚き火の準備をし始めた。

 リュックから赤い石――家に残った最後の魔石を取り出し、集めた薪の中心に置く。そしてその魔石に向かって思いっきり石をぶつけた。

 するとその衝撃により魔石内に含まれた魔力が変化を起こし、一気に活性化。魔石が砕け、そこから火が起きた。


「暖かぁ~」


 俺は思わずそんな言葉を漏らしながら【魚剣】を引き抜いた。


 刀身があるべきところには刃ではなく、魚が生えている。

 まるで釣りたてのような新鮮さ&生臭さだ。


「さっさと焼くか……」


 そう言って魚を火に入れようとしたそのとき。


 ガサッ。


「?」


 正面の方からそんな音が聞こえた。


「誰かいるのか?」


「ウギャ」


 俺の声に返ってきたのは人の声ではなかった。


「ウギャ」


「ギャギャギァア」


「ウギャ!」


「マジかよ……」


 俺の目の前に現れたのは4匹のゴブリンであった。確かに受付嬢がこの森でゴブリンの群れが見かけられたと言っていた。確かに言っていた。だがなんでこうも見事に出会うのかねぇ。しかも昼飯を食おうとしていたタイミングで……。


「ウギャウギャ」


「ウギャギャ?」


 ゴブリンたちは俺を――主に俺の持つ【魚剣】から生える魚を指さしながら、仲間内で話合うかのように声を上げる。


「ウギャ」


「ウッギャギャギャ!」


「ウギャッウギャ!」


「ウギャギャ!」


 そして何か決まったのか全員頷くと、俺の方へゆっくりとにじり寄って来た。


「えぇ~と、魚が欲しいのか?」


「ウギャ」


 ゴブリンの1匹が強く頷いた。


 俺はすぐさま【魚剣】から魚を抜き取り、ゴブリンたちへ投げつけた。

 するとゴブリンたちは一斉に魚に飛びかかった。俺はそれを横目に苦渋の思いで火を消し、リュックを持ってすぐさまその場から走り出した。


「ああ! もう最後の魔石だったのに!」


 最低限魔石を買う金を稼ぐことはできたと思うが、それでも貴重な魔石だ。点けたばっかりで、すぐに消してしまうなんて勿体ない。


「ギャギャ!!」


「はぁ!? なんで追いかけてくるんだよ!?」


 背後を見てみるとさっきのゴブリンが綺麗に分けられた魚を咥えながら追いかけてきていた。


「ウギャギャ~」


「ウギャッギャ~」


「ギャアギャア~」


「ギャアギャギャァ~~」


「何言ってんのか分かんねぇよ!」


 そう叫びながら俺は全力で走る。

 走りながら再び【魚剣】を抜いた。そこにはさっきと同じように魚が生えている。


「もう1匹やるから帰れッ!」


「「「「ギャギャ!」」」」


 俺の投げた魚に群がってるのを感じながら整備された道を目指して駆けていく。


 だがそのとき。


「ウギャ!!」


 正面から突然ゴブリンが現れた。


「は? ――ッ!?」


 そして俺は突如現れた5匹目のゴブリンに腹を殴られ、そのまま綺麗に吹っ飛んだ。


「うぐぅ……」


 地に転がった俺が顔を上げるとそこには5匹のゴブリンが立っていた。その内の4匹は2回目に投げた魚を美味そうに食べていた。


「はぁ、はぁ……1対5は卑怯だろ……」


「ウギャ?」


 ゴブリンは顔をコテンと傾けた。

 その姿はどこからどう見ても可愛くない。これが美少女であれば可愛いはずなのに、ゴブリンがやるだけで一気に可愛くない。


「魚はもうねぇよ。食いもんは無いから帰れ」


「ウギャウギャ」


「はっ。違うってか? 俺が食いもんか?」


「「「「「ウギャウギャ」」」」」


 ゴブリンたちは息の合った頷きをしながら指でグッドマークをした。


「はぁ……これも全部コイツのせいだよ……。何だよ【魚剣】って。毎日3回魚を生やすだけの呪いの装備が……」


 完全に万事休す。

 例えどれだけ逃げ足が速くてもこの状況は流石に無理だ。


「はぁ~。ホント、ろくでもない3年だったよ……」


「「「「「ウギァ!」」」」」


 ゴブリンたちが俺に飛びかかってきた。


が貯まりました』


 その瞬間、あの日ぶりに【魚剣】から声が聞こえた。

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