2話 生臭冒険者


 少し待っていると受付嬢が戻って来た。


「クエストの受注が完了いたしました。では受付が閉まってしまうまでに帰ってきてくださいね。もし本日中にクエスト達成の報告がない場合は、自動的にクエスト失敗という扱いになりますので」


 別にクエストとして受注しなくても採取した薬草を冒険者ギルドに持ってくれば、換金してもらえるが、クエストとすることで、若干であるが報酬が上がるのだ。


「ああ、はい。了解です。ありがとうございます」


 俺はそう言ってカウンターを離れようとした。


「あ、そう言えばイサカさん」


「何ですか?」


「イサカさんがいつも使ってるあの山。最近ゴブリンがよく見られたりするので、気を付けてくださいね。もし何かあったらすぐに逃げるんですよ」


「了解です。まぁ逃げ足だけは速くなったんで、大丈夫ですよ」


 この【魚剣】とかいう呪いの装備で戦うことなんてできるわけがないので逃げ足だけはとても速くなった。

 おかげでこの3年間薬草採取のみを行ってきて、その間魔物と出会って怪我を取ったとことなど一度もない。


「えっと、それは何というか……」


「あははは。冒険者らしくないですよね」


 俺は自嘲気味に笑いながらカウンターを離れていった。


「はぁ……自分で言った事だけど、本当冒険者っぽくないよなぁ」


 毎日毎日薬草採取。

 こんなものが冒険者の姿なのか……。いやまぁ、別に薬草採取を馬鹿にしているわけではない。むしろ薬草採取だって重要なことだということはわかっている。


 だがこんなにも冒険とは程遠い仕事内容に、俺はこんなことのために冒険者になったんじゃないと嘆くのであった。



「お~い。生臭イサカ~。今日も生臭いなぁ。俺の剣に匂いを付けんなよ」


「ハハハハ。剣じゃなくて、この美味い肉にじゃないか?」


「そりゃそうか」


 朝っぱらから贅沢に肉にかぶりついている男たちは楽しそうに俺に言葉を飛ばしてきた。


「チッ」


 その姿に思わず舌打ちしてしまう。


 俺の収入ははっきり言って少ない。雀の涙かって言いたくなるほどに少ない。そのため金が溜まるなんてことはなく、食事も豪華になることなんてない。

 毎日3食焼き魚。

 たまにひねり出した金を使って野菜を買ったり、少量のお惣菜を買う程度。

 肉なんてここ3年の間食ったことなんてない。……今みたいに食っているのを見たことは何でもあったが。


「うるせぇぞ! そんなに美味いなら、この魚剣をお前の隣に置いてやろうか」


「はぁ!? そんなことされちゃあ肉が不味くなるだろうが!」


「だったらその肉を俺に見せびらかすなよ」


「そりゃ無理な話だ。肉をろくに食えないお前の前で肉を食うから、美味くなるんだろうが」


「悪趣味なことだなぁ……」


「ハハハハ。そんなに褒めんなよ」


「褒めてねぇわ!」


「「「ハハハハ!!」」」


 男たちは笑い声を上げながら肉を口の中に放り込んでいった。


 ギルドに長居しても金は稼げない。俺はさっさと薬草採取をしてこようと足早にその場を離れていった。


「お? もう行くのかよ」


「何だよ。もう少しだけ美味く食えると思ったのに」


「まぁ、長居されても生臭くなるだけだしな」


「そりゃそうか」


「「「ハハハハ!!」」」


 俺は男たちの言葉には何の反応も返さず、そのまま冒険者ギルドを出ていった。


「はぁ……肉が食いたい」


 本当にひもじい話だ。

 薬草採取の収入がもう少し多ければ、安い肉を買うことができたりしたかもしれないが、残念なことに薬草採取の収入は非常に安い。

 まぁ元々薬草採取は冒険者になったばかりの人用の簡単なクエスト。3年もメインでやり続けるような仕事ではない。


「昨日は魔石が切れたせいで、火も出せなかったしなぁ。はぁ。ホント、肉を食えるのはいつになるんだか……」


 俺の生活費のメイン。

 それは魔石代だ。


 魔法を使うことができなくなってしまった俺は魔石を使うことで何とか生活していた。

 しかしこの魔石というのもは消耗品な上に費用が馬鹿にならない。


 火を出すのには魔石がいるし、水を使うのにも魔石がいる。

 何をするにも魔石を使う必要がある。

 どんなに頑張ったところで魔石を使わんといけない。


 そのため俺の貯蓄が溜まることはなく、おかげで常に金欠。肉を食うなんて余裕はない。


「ママー。なんかくさーい」


「あぁ~それはね……生臭冒険者がいるからよ」


 俺の真横を一組の親子が通り過ぎた。


「……」


 その話している内容に俺は思わず黙り込んだ。


「なまぐさぼうけんしゃ?」


「えぇ。呪われた装備を付けてしまった哀れな人よ」


「そうなんだー」


「そうなのよ。貴方は絶対に怪しいモノは持って帰ったり、着けたりしちゃダメよ」


「は~い」


 子供の無邪気な返事がちょっとだけ胸に刺さる。


 少し周りを見渡すと、不自然なほどに俺の周りが空いている。

 さっき俺の横を通り過ぎた親子以上に近くを通る人はいない。


「はぁ……」


 過去に戻れるならあの酒を飲み過ぎて、酔いつぶれた状態で家に帰っているところに戻りたい。そしてこの【魚剣】とかいう意味不明な呪いの装備を家に持って帰る俺を止めたい。

 本当に。

 切実にだ。


「肉が食べたい」


 俺はそう呟いて薬草採取をしに街の外に出た。

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