1話 【魚剣】


「今日も今日とて薬草採取~毎日毎日薬草採取~毎日薬草~毎日魚~焼き魚~飽きても魚。飽きなくても魚。ずっとずっと、ずぅ~とお魚~お魚ライフぅ~。いつでも魚。昨日も魚。今日も魚。明日も魚。いつでも、昨日も、今日も、明日もお魚だぁ~」


「た、楽しそうですね」


 クエスト受注用の書類に必要事項を書きながら鼻歌を歌っていた俺に受付嬢の人が苦笑いをしながらそう話しかけてきた。


「え? 全く楽しくはないですよ」


 俺は書き終わった書類を受付嬢に渡しながらそう答えた。


「えっ? だけどずいぶん楽しそうに歌っていたじゃないですか」


「ああ、それは毎日魚食べるというのが、もうどうしようもないほど嫌になってただけです」


「あぁ……そうでしたか」


「そうなんだよ」


 書類の内容を確認し終わった受付嬢は疑問そうな顔をして、書類から視線を外した。


「その剣装備してから何年でしたっけ?」


「ちょうどピッタリ3年……」


「え、えっと、だけど魚も良いですよね。ほらっ、最近では魚をよく食べれば賢くなるとか言われてますし」


 受付嬢はそうやって俺を慰めるが、甘い。そんな話では甘すぎる。


「あはははは……だったらお姉さんも食べます? 3年間毎日3食焼き魚?」


「ああ~ちょっと遠慮させてもらいますね……」


 受付嬢はそう言いながら書き終わった書類を持ってカウンターの奥へと歩いていった。

 それを見ながら俺はため息を漏らした。


「はぁ……本当【魚剣】って何なんだよ……」


 そう言って俺は自分の腰にある青い鞘に収まった剣を見た。


 俺の腰にあの剣が引っ付き、装備させられてから3年が経った。ちょうど俺が冒険者として良い感じに稼げるようになったのと同じだけの月日が経過した。

 あの日以来この剣――【魚剣】とやらが俺の装備から外れるということは一度もなかった。ちょっと離れる。そのぐらいであればできるのだが、距離を離す、例えば5メートルぐらい離れると俺の腰に勢いよくぶつかってきて、そのまま俺の腰に収まるのだ。


 これがもし凄い剣。どんな魔物でも斬られる剣とか、劫火を操る剣とかみたいな魔剣であれば不満はないのだが、この【魚剣】。ものの見事に使えない。


 刀身部分に生えた魚は見事に魚。

何の変哲の無い普通の魚。

 ちょっと美味しいだけの魚なのだ。

 よって攻撃力などあるはずもなく、精々その魚身から漂うなんとも言えない生臭さで相手に不快感を当てる程度だ。


 だが、それでもだ。こんなに武器としては一切使えない【魚剣】ではあるが食用としては使える。

だからこれが装備として外せなくても、他の武器を装備すれば冒険者として戦うことができるのだ。

 できる――はず。


 できるはずだった。

 できると思っていた。


 だが結果はできなかった。

 俺は他の武器を使うことができなかった。


 剣。

 盾。

 棍棒。

 斧。

 大鎌。

 弓。


 なんでも試してみた。

 だがどの武器も持つことができず、魚の皮膚を触るかのように滑って地面に落ちていった。


 だがそれでもまだ希望はあった。


 それは魔法。


 しかしそれも結論から言うと無理であった。前までなら使えた魔法が全て使えなくなっていた。


 そうして俺は戦えない人間となった。嗚呼3年間の冒険者生活での苦労の末身に着けた技の数々、それらは見事に無駄となった。


 こんな状態では冒険者としてやっていけるわけがない。できる仕事と言えば精々薬草採取程度。そしてそんなものでは日々の生活費を稼ぐことなど到底不可能。

 俺は泣く泣く冒険者から他の職業に転職しようとした。


 しかしここでも邪魔をしてきたのがこの【魚剣】。


 俺から離すことができず、ほぼ常に帯刀した状態。そんな俺は傍から見ればいつでも剣を持っている危険な人間であり、そんな人間に接客業を任せるなんてことはとてもできない。

 もし俺が雇う立場だとしても雇わん。てかそもそも生臭さが常にある人間という時点で、あまり雇いたくない。


 だったら表に出ない仕事。例えば料理とか、荷物整理とかと思った。だがそっちでは剣から漂う生臭さのせいで勘弁してくれと言われる始末。


 結果転職失敗。


 本当に邪魔しかしない剣である。


 この剣の利点と言えば毎日3回魚を生やすことができるということぐらい。これにより辛うじて食に関しては維持できている。


 それでも毎日何かしら稼がなければ野菜などを食べることもできないし、火を起こすこともできない。

 なので俺は冒険者という職業のままであり、毎日全く胸は躍らず、興奮もしない薬草採取をして、コツコツ小金を稼ぐという日々を送る羽目になっていた。

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